メティスの採集へ
翌日、起きたのも束の間、リディオノーレの部屋にはグレイザックが勝手に入っていて、朝食をとると寝かされた。
睡眠魔法で問答無用にである。
「昨日の首尾を聞こう」
グレイザックがリディオノーレの部屋で主のように椅子に座り、控えるフェルバールとバルデミアンに尋ねる。
彼らはとりあえずどんなことを聞かれたのか、どういう風に彼女が答えたのか、を事細かく尋ねられ、全てを話す。
「差異はないか?」
同じように控えていたサムエルにグレイザックは尋ねた。
「はい」
「ふむ。……思っているより、価値が見込まれているようだな」
グレイザックは腕組みをしながら言う。
無防備に寝ているリディオノーレをちらりと見た。
「ここまでとなると、義兄上のところに正式に書状が届いているかもな」
「可能性は高いですね」
サムエルが同意する。
恐らく書状とは縁談だろう。
「グレイザック様の首尾はどうだったのですか?」
サムエルが話題を変える。
「同じようなものだ」
「グレイザック様自身もかなりお話が来たのでは?」
「そんなもの無視に決まってるだろう」
グレイザックはため息をつく。
「思い出しただけで吐き気がする」
「……本当にリディだけ大丈夫なのですね」
バルデミアンが呟いた。
「既婚でもたまに言い寄ってくるからな。油断ならん。特に旦那に敵視されると面倒だろうが」
そこまで女性嫌いになった理由を聞きたいが、流石に聞けないフェルバール。
「リディはなーーんにも考えてないだろう」
グレイザックの言葉に皆は苦笑いだ。
「まあとりあえず俺の縁談はどうとでもなる。選ぶ立場だしな。気にせんでいい」
グレイザックはそう言うが、そんな簡単な問題ではない。だが、さも簡単なことに言うので、もうこれ以上は突っ込めない。
「とりあえず対策は講じてあるだろうが、採集に関しての情報共有をしたい」
そのグレイザックの言葉にサムエルがサッと動き、どこからともなく椅子を並べる。
その椅子に皆が腰を下ろしたのを確認し、口を開く。
「幻覚に対応出来る術があったか?」
サムエル達3人は首を振る。
「どこで調べてもそうなんだな。なるほど。精神力でどうにかしろ、っていう記述だな?」
「そうですね。幻覚に引っかかるのが悪い、って感じでした」
「メティスが何の幻覚を見せるのか分からんのだ。恐らく幻覚にかかった奴は恥ずかしくて記述を残してないんだろう」
「だから手掛かりが少ないんですね…」
フェルバールは呟く。後世のことを思って羞恥など捨て、歴史として残してくれたらいいものを。
「となるとだな、恐らく自分の中で思い出したくもない記憶かそれに似た幻覚を見せるのだろう」
その推論にフェルバール達は苦い顔をする。
どうやら思い当たる記憶があるようだ。
「お前たちは自分で対応しろ。体の何処かに剣をぶっ刺してでも正気を取り戻せ。問題はこいつだ」
寝台に寝ているリディオノーレを親指で指すグレイザック。
優先順位がとてもハッキリしているグレイザックである。
「思い出したくない記憶って何か想像つくだろう」
「……粛清の件ですか?」
バルデミアンが呟く。
「そうだな。それもひとつ。あとは兄が生きてるような幻覚を見せて話しかけてくるとか、な」
「……それは、厄介ですね」
サムエルが苦々しい顔になる。
「もう懸念事項がありすぎて、考えたくないです」
フェルバールが投げ出したくなる。
その言葉にサムエルは苦笑いだ。
「あらゆることを想定した上で行かないと、こいつは元々想定外の行動を取る故、これ以上想定外が起こるとお前たちが困るだろう?」
完全にその通りである。
「お前たちが思いつかないことをするものだと思っておけ。策はいつ何時でも複数は用意しておくように」
フェルバールとバルデミアンはこくりと頷いた。
「お前たちも幻覚の対処を考えておくように。そして、メティスの花の蜜を入れる瓶を各々で持っておけ。出来るだけたくさん取ってくれ」
「しょうもないことなんですが、聞いてもいいですか?」
フェルバールが恐る恐る発言した。
「?」
グレイザックは片眉を上げたが、続きを促した。
「……メティスの蜜をどうするつもり、なのですか?使うときなんてないですよね?」
老化防止作用のあるものなんていらないだろう。というより、使えない。
「………秘密を知りたいのか?」
グレイザックは唇の端を上げながら尋ね返した。
「覚悟があるんだな?」
脅すグレイザック。
ごくりと唾を飲み込んだフェルバールはゆっくりと首を振った。
「いえ、大丈夫です」
「なら良い」
グレイザックは頷くと椅子に背を預けもたれる。
「昼食のちお前たちも仮眠をとるように。俺も休む」
「かしこまりました。ご飯はこちらで?」
サムエルが尋ねる。
「ああ。頼めるか?サムエルも必ず休めよ」
「ええ、分かっています」
「お前たちも部屋で休んでおけ。ああ、グレークにも休むよう言っておいてくれ。天馬の調整も終わっている頃だろう」
ムナグレークは今夜の採集のため、天馬の調子を確認しに行っている。
「かしこまりました」
バルデミアンが返事して先に部屋を出た。フェルバールもそれに続き、気配が消えるとサムエルが口を開いた。
「グレイザック様も休むんですよ?」
「……分かってる」
グレイザックは少し睨む。流石、彼の行動をよく理解している。
「分かってないから言ってるんですよ。何か気になることでも?」
「………いや」
グレイザックは首を振った。
その顔は完全に何かある顔だ、とサムエルは眉を寄せる。
「当分……、いや、軽く6年は気を引き締める必要がある」
彼には何が見えているのか。
長年一緒にいてもそれだけはサムエルには分からない。
「あまり1人で抱えこまないようにして下さい」
サムエルはそう言って、昼食の時間にまた来ます、と告げると部屋を出て行った。
完全に気配がなくなったあと、グレイザックは長い長い息を吐いた。
メティスが咲くということはグリュルもこの数年の間に咲くはずである。何処で咲くか検討もついているから厄介なことになるのは目に見えている。
だってもう厄介なことが起こっているのだから。
もう1つの条件である〝あの雨″は降ったはずだから。あの雨が降ったからこそ、あの毒が横行していたのだ。
ナックルンドでしか採れない素材だと言い切ったが、あれはある条件下で降った雨によって生える草の毒である。
カルムクラインを殺したあの毒を手に入れたということは、〝あの雨″が降ったという証拠である。
精霊師を見つけた後にそう色々とあると必然なような気がしてならない。
リディオノーレの人生は波乱で、苦労の連続だろう。
そして必然的にグレイザックも巻き込まれているので、最悪を回避しようと色々予測は立てている。
「ふぅ……」
とまた息を吐き、グレイザックは肘をついて目を閉じた。
皆が仮眠を取り、体調も万全に整えたのを確認し、消灯の鐘が鳴り響いたのち、6人はそろりとアラウィリア城を出た。
空を見上げると月が真紅になっていた。
グレイザックは神秘的と言っていたが、リディオノーレはやっぱり怖い、と思った。
それぞれが天馬に跨り、採集場所へ駆け出す。先導するのはムナグレーク。アラウィリア出身ということで場所に関しては1番詳しいからだ。
採集場所に近付くにつれ、月がどんどん迫ってくる。
その代わりにアラウィリア城が小さくなっていく。
なかなか遠くまでやってきた。
「ここには魔獣が出ないのか?」
今は高山のてっぺんに近い少し開けた所で降り立ち、グレイザックはムナグレークに尋ねる。
「少しくらい出てきそうなものなのですが……鷹や鷲、狼もいたはずです」
ムナグレークは周囲を見渡しながら答える。
だが、気配が全くない。
「出てこないならその方が楽だ。ではここから、頂上まで徒歩でのぼる。そこまで遠くはないはずだ。森の中を進むため、天馬はここに置いていく」
グレイザックがそう指示して、杖をかざし、先端に火を灯した。明かり代わりである。
そのまま先頭にグレイザック、後ろにリディオノーレとフェルバール。
火を灯したサムエルが間に入り、ムナグレークとバルデミアンが続く。
月明かりと杖の火を頼りにグレイザックについて歩いて行く。頂上近くに来ると、樹々も次第に減って、視界が開けてきた。
樹々の間を抜けると、そこは幻想的な世界が広がっていた。
真紅の月明かりに照らされた花がそこかしこに咲いている。
ふくらはぎくらいの丈でその花びらも真紅だった。
だが、何故か咲いている周辺だけ靄がかかっている。靄は花と同じくらいの高さまでしかかかっていない。
今皆が立っているのはギリギリ靄にかかるかかからないかのところである。
だが、この靄の範囲内に入ったら恐らく幻覚にかかるのだろうと何となく察せられた。
「まずムナグレークとバルデミアンが行く。その後、俺とサムエル。俺が許可したのち、お前とフェルバールが来い」
グレイザックの指示に皆が静かにこくりと頷く。
ムナグレークとバルデミアンが一歩、靄の中に足を踏み入れた。途端、靄が一斉に視界に広がり、何も見えなくなった。皆が立っていたところまで靄がかかる。
「!!!」
急な出来事に驚いてリディオノーレは一歩下がり、近くにいた人の服を握った。
するとその服の主が、彼女の手を服から離し握りしめる。
誰か分からないが、その手に引っ張られて足を進めていく。
少し歩くとくしゃりと何かを踏んだのが分かった。
恐らく花なんだろうけれど、ずっと手を引っ張られているので止まれない。
「止まってくださいっ!」
彼女は声を上げる。
それでも手の主は止まらない。引きずられるようにして彼女は引っ張られる。
するとある程度行ったところで、急に立ち止まり、手を離された。
急なことでリディオノーレは少し前につんのめる。
「ど、どうしたんですか」
尋ねるけど何も返事が返ってこない。
リディオノーレは気味が悪くなって後ろに下がる。
もしや自分は今、幻覚にかかっているのではないかと。
「リディルレーネ」
そんなことを思っているときに静かに誰かが彼女の名を呼んだ。
しかも前の名前を。
彼女は声がする方に目を向ける。
そこには腰まである銀色の髪をなびかせながら、静かに、でも厳かな雰囲気で佇む青年がいた。




