騎士団との会食
フェルバールとバルデミアンが忠誠を誓っていることなんて露知らず、リディオノーレは図書室でひたすら本を読みあさっていた。
「幻覚に対応できる魔法って何ですか」
「んーーー。その範囲内にさえ入らなければいいんじゃないですか?」
ムナグレークが言う。
「じゃあ採集できないじゃないですか」
むーー、と頬を膨らます。
「一体何の幻覚を見せるんですかね。それによって対処法も変わると思いますが」
サムエルも唸りながら案を出す。
「例えばその人の嫌な記憶を呼び起こすとか。道を迷わすとか。色々あるかと思います」
パッと出てくるものを並べるサムエル。
「じゃあ、全てに対応できるようにしておきましょう。使えそうな魔法があったら書き写しておきましょう」
3人はそれぞれ本を探し始めた。
調べて分かったのが、幻覚に対応するには精神力を保つこと。大体がそんな感じで書いてある。
死んだ人が現れて話しかけてくる例もある。最愛の人に唆されるとついていってしまい、そのまま足を踏み外して崖から落下し死亡とか洒落にならない最期である。
これは幻覚だ、と思うことが大事らしい。
普通、幻覚だと分からないのだろうか?
リディオノーレは疑問に思ってしまう。
(とりあえず一見、必要のなさそうなことも全て書き写しておこう)
そうこう3人で没頭している内に、グレイザック達も図書室にやってきた。
「進んだか?」
グレイザックが尋ねる。
「まあまあですかね。とりあえず、幻覚魔法関係は色々書き写してはいますが」
サムエルが持っていた本を見せる。
「そのまま続けてくれ。フェルバールとバルデミアンも頼む。俺も少し調べ物をする」
グレイザックは命じると、本棚と本棚の間でぶつぶつ呟いているリディオノーレに近付いた。
そろりと気配を消して近付き覗いてみると、彼女が持っているのは魔獣の本だった。
読み終えると次の本を手にする。
一応時間を気にしているのか、かなりの速度で流し読みしている。
あとはアラウィリア特産の素材本など、気になる物を片っ端から読みあさっている。
しまいには、攻撃魔法の本まで手にし始めた。天馬合戦の延長戦上が魔獣狩りである。
色んな武器を使う者たちで連携を取りながら、魔法班も含め魔獣狩りを行うのだ。
前衛では槍班、剣班、盾班、そして後衛をつとめる弓矢班や魔法班、回復班もいる。
なので、1人で複数のことをする者はいない。もし騎士団に所属したら、自分に適する班で腕を磨くのみだ。色んな武器を使う者はグレイザック以外にいないだろう。
そして、学院の上級生の授業で魔獣狩りの基礎授業があるが下級の魔獣を倒すくらいだ。
天馬合戦は盛んに行われるが、大体が剣を使う。剣で倒せるような下級魔獣で狩りの練習をするのだ。
基礎だけは学院で教えるが、それ以降は騎士団等に所属したのちに教わることになっている。
どうやら何か色々考えながら本を読んでいるようだが、どうせ夢中なので聞こえないのは分かっているため、彼は彼で調べ物を始める。
ここアラウィリアの魔獣の特性を知っておきたい。大体は同じ攻撃で倒せるのだが、領地で違いがあったら困るため念の為に。
グレイザックもアラウィリア城の図書室は今回の招待で初めて入室したので、気になる本や文献がたくさんある。
そうして、グレイザックもリディオノーレも調べ物という名の読書に没頭してしまった。
夕の鐘が鳴り響く1時間前、グレイザックとリディオノーレは4人の従者たちに現実に引き戻された。
「リディは絶対に気付かないので本を奪ってください!」
サムエルがフェルバールに指示する。
指示通り、フェルバールは彼女が立ち読みしている本をぶん取った。
「!!!!」
目を瞬いて彼女は顔を上げた。
「ほら、グレイザック様も時間です!騎士団との会食なのですから準備しませんと!」
サムエルに言われ、グレイザックも顔を上げた。
「……あぁ?もうそんな時間か?」
グレイザックは伸びをしながら腰を上げた。
「リディ、行くぞ」
グレイザックは欠伸をしながら彼女に声をかける。
「……はぁい」
リディオノーレはフェルバールを見て少し唇を尖らせるとグレイザックの後ろについていく。
ぴょこぴょこと後ろをついていく様は子ガモのようであった。
サムエル達も素早く彼らが読んでいた本を片付けると図書室をあとにした。
今回の騎士団たちとの会食では、リディオノーレは前に着た軽装の女性向けの騎士服。
後頭部で左右に半分ずつ分けて編み込みしてもらい、うなじで結ぶ。
これもまたグレイザックがやってくれた。相変わらず器用である。
「2つに結ぶと雰囲気が全然違いますね」
フェルバールが微笑みながら褒めてくれる。
「あまりこういった髪型しないので、なんか照れますね」
成人するまで髪を上げられないので、あまり結んだりもしないし凝った髪型も出来ない。
今回は髪飾りではなく、髪紐を金色にしている。外見に無頓着なリディオノーレの代わりにそういう小物はシャーリネーヴェ達が色々用意してくれていたようだ。
「さあ、行くぞ」
グレイザックが先頭で、騎士団たちが集合している広間に足を踏み入れた。
「待ってました!」
広間に入った瞬間に騎士たちに一斉に囲まれる。
グレイザックもそうだが、今回はリディオノーレもだ。
フェルバールやバルデミアンにも騎士たちが群がり、そして領主と和解したことが知れ渡ったことによりムナグレークが女性騎士たちに囲まれた。
ムナグレークはとても困惑している。
「リディ、フェルバール達から離れるな」
グレイザックはそれだけ言うと自ら騎士たちを引き連れて離れていく。
彼女は言われた通りに護衛騎士の2人から離れずに騎士たちの対応をする。
因みにサムエルは軽食や飲み物を持って控えてくれている。
殆どの応対をフェルバールがしてくれて、リディオノーレは食事に少しずつありつきながら、近くで女性騎士の対応に困惑しているムナグレークの話に耳を傾ける。
聞いている限り、ムナグレークを狙っている人たちのようだ。和解したのもあって、領主子息であるムナグレークは結婚相手として申し分ない。
あとはムナグレークが天馬に乗っているところを初めて見て、その手綱捌きに惚れ惚れして是非教えてほしいと懇願する者も多数。なかなかの人気ぶりである。
「………大丈夫か?」
アブストールが近付いてきて、リディオノーレに尋ねた。
彼が歩いてくると騎士たちは綺麗に脇に避ける。
「何とか大丈夫です」
「あの天馬合戦のあと、騎士たちの興奮がやまなくてな」
アブストールが苦笑いで話す。
「団長!私にもきちんと紹介してください」
確か副団長だったはず。天馬合戦のときに鈴を渡してくれた人が寄ってきた。
「アラウィリア騎士団副団長、ライムグートだ」
アブストールが紹介してくれる。
アブストールより年上に見え、彼より柔和な雰囲気をしている。
サムエルのような縁の下の力持ちみたいな感じだろうか。
「改めましてリディオノーレです」
リディオノーレも微笑む。
「天馬合戦のときもそうですが、粛清の件でもお世話になりました。ありがとうございました」
「……なんていい子なんでしょう」
ライムグートが感動の声を漏らす。
「あの時はお疲れ様でした。よく頑張りましたね」
ライムグートがにこりと微笑む。
あまり喋ったことがなかったのだが、見守ってくれる優しい兄のような感じだ。どことなく雰囲気が亡くなったバイリムートに似ている。
「ありがとうございます。急に色々巻き込む羽目になってしまい、申し訳ありませんでした」
リディオノーレは頭を下げた。
「軽々しく上位領地の者が頭を下げてはいけません」
フェルバールに小声で嗜められるリディオノーレ。
でも感謝は表さないといけないので、そう言われても難しい。
「騎士団を動かす力はないですが、個人的には力になれますのでいつでもお声がけくださいね」
ライムグートは終始優しい言葉をかけてくれる。
なんて優しい人なんだろうか、とリディオノーレは内心感動していた。
「私にも妹がいるのでリディオノーレ様が心配でたまりません」
「ありがとうございます。何かあれば頼りますね」
彼女も微笑む。
「では、私は少しムナグレーク殿と話してきます」
そう言ってライムグートは去っていった。
「お優しい方ですね」
リディオノーレは感想を述べると、アブストールは困った顔になった。
「……私には厳しいんですがね」
アブストールは頭を掻きながらそう答えた。
「年下の女性にはかなり優しいんですよ。なので、年下からはとても人気があります」
確かに今少し会話しただけで好印象だったことには違いない。
「それより質問攻めでしょう?お疲れではないですか?」
「大丈夫です。皆さん向上心がすごくて感心してしまいますね」
本当に天馬合戦でグレイザックから勝ってやろうとかなり色々画策しているのが窺える。
少しでもグレイザックの策を暴こうと根掘り葉掘り聞いてくるのだ。
「まだグレイザックに勝てたことがないんですよ。同級も何人かいるので目の敵にしてますね。因みにリディオノーレ様のことも」
「えっ」
アブストールの言葉に驚くリディオノーレ。
「そりゃそうですよ。だって先日の天馬合戦、奇策すぎます」
フェルバールが口を挟む。
「その通りです。そのおかげか、まさにグレイザックの弟子!と言われております。卑怯、悪辣、奇策の権化の師匠の弟子と」
その言葉にリディオノーレはあんぐりと口を開けた。
何だその単語の数々は。
そしてその最悪な二つ名の弟子として相応しい、とは何たることだろうか。
グレイザックの弟子、なら許せるが、名前の前に色々ついているその二つ名の弟子は嫌だ。
「……。師匠がどれだけアブストール様たちを虚仮にしてきたか少し垣間見た気がします」
リディオノーレは困った顔で返事した。
「そのことを分かってくれる弟子で良かったです」
アブストールも困った顔だった。
「でもリディオノーレ様も少し発想があく……いえ、斬新ですので対策が取りづらいです」
今悪辣と言おうとしてなかっただろうか。
リディオノーレは少し彼を睨んで、口を開いた。
「勝つために必死なのです。使える武器が少ないので、知っている中で使える物を駆使してるんです」
「でもその年齢にしてはかなりの知識量かと思うのですが?」
アブストールが少し首を傾げる。
その発言にリディオノーレがフェルバールを見上げる。
フェルバールは少し目を瞬くと何を問われているのか分かって返事してくれた。
「そうですね。学院にもまだ行ってないのにそこまで色々出来たら充分ではないでしょうか?正直、杖の調合の授業は最終学年になります」
フェルバールも困ったように答えてくれた。
その年齢で杖の調合ができるのがおかしいのである。
「え、でも、杖をつくらないと何もできませんよ?」
「確かにそうですが、杖というのは学院入学前に保護者から送られる貴重な慣わしなのです。なので、将来自分の子どもに送るために習うのです。それをしょっちゅう調合されると特別感が全くないというか……」
フェルバールが頭を掻きながら言う。
「あ、でも、魔力が安定したらきちんとつくってくれるって言ってました!」
リディオノーレが嬉しそうに声を上げるが、フェルバールは息を少し吐く。
「保護者なのですからそれは当たり前です」
「リディオノーレ様は何処か知識に偏りがありますね」
アブストールが苦笑いしながら言う。
2人からの呆れに少し頬を膨らますリディオノーレ。
「あ、私からも聞きたいことがあるんです」
「何でしょう?」
「魔獣狩りに参加させてもらえるのですか?」
「……リディオノーレ様も?ですか?」
アブストールが少し目を瞬く。
「………あれ?」
リディオノーレは目を瞬きながらフェルバールと目を合わす。
「グレイザックが許可を?」
「………」
そう言えば、1人2人増えたところで問題はないだろう、という発言だった気がする。
リディオノーレはやらかした、という顔でフェルバールを見た。
彼も困り顔である。
「……今のは聞かなかったことにして下さい」
リディオノーレがアブストールに頼むが、彼は近くの騎士に「グレイザックを呼んでくれ」と言付けた。
リディオノーレは内心焦りながら、グレイザックの到着を待った。
すると、作り笑いを湛えたグレイザックがやってくるではないか。
「ひぃっ」
リディオノーレは思わず声を漏らした。
フェルバールも視線を逸らす。
バルデミアンとサムエルは見て見ぬふりである。
「わざわざ俺を呼ぶ案件があるとはな」
近付いてきたグレイザックはリディオノーレだけに聞こえるように呟いた。
声が低くてかなり怖い。
「で、何の用だ?」
グレイザックはサムエルが持っている水を飲んで、アブストールに尋ねた。
「リディオノーレ様も魔獣狩りに参加すると伺ったのだが?」
「………」
グレイザックは無言でリディオノーレを振り返った。
すいません……、と呟くリディオノーレ。
「邪魔にならないようにするからいけるだろう?」
グレイザックもさも当たり前のように尋ねた。
先程リディオノーレに振り返った時の顔はかなり怒っていたのだが。
「まあまあの数を予想している。初めての者が参加できるほど甘くはないのだが」
アブストールが片眉を上げた。
「天馬合戦と違い、魔獣が襲ってきたり火を吹いたりもするぞ。怖気付く者の方が多い」
アブストールは遠回しにやめておいた方がいい、とリディオノーレを案じている。
「だそうだぞ、リディ。怖気付くのか?」
グレイザックがリディオノーレを見る。
「……怖いのですか?」
初めては初めてなので、何とも言えない。
「いや、そこまでだろ」
グレイザックはあっけらかんと答える。
「???じゃあ大丈夫なのですか」
リディオノーレは首を傾げる。
「お前なら」
その答えにリディオノーレは満面の笑みになる。
「じゃあ大丈夫ってことですね」
「……………」
控えているフェルバールは思わずため息をついた。
「リディには初めてのことに恐怖はないのですか」
フェルバールが呆れながら口を開いた。
「怖い、というより初めてのことには興味の方が勝ります」
「………っ。足手まといになる」
アブストールが苦い顔で発言する。
「足手まといになりますか?」
リディオノーレはグレイザックに尋ねた。
普通なら足手まといだろう。ちゃんとした杖もなく、学院できちんと習ったこともない。普通なら参加したがらないし、参加の許可も出さない。だが。
だが、天馬も乗りこなし、あらゆる奇策を講じ、怖気付くことも今までなかった。
「俺の弟子が足手まといだと?」
グレイザックが唇の端を上げ、アブストールに蔑んだ笑みを向ける。
「………」
アブストールは引き攣った顔になる。
「……分かった。好きにしろ。こちらでは面倒をみられないからな」
アブストールはため息をつきながら答え、去って行った。
そして、グレイザックはリディオノーレを見やる。
「これで約束は取り付けた」
グレイザックはそう言って彼女の額を弾いた。
「……いっ」
「ぺらぺらと喋りやがって」
「すいません…」
額を押さえながら彼女は謝った。
「まあ結果良しだから不問とする」
グレイザックはにやりと笑うと酒をあおった。
「今日は先に休め。明日の夜中のために、昼間は寝ておくように。フェルバール達もな」
グレイザックは手をひらひらと振ると戻れ、と命じる。
「サムエル、グレーク、少し付き合え」
グレイザックはまたにやりと笑った。
何かよからぬことを企んでいそうな顔をする。
声をかけられた2人は少し苦笑いでグレイザックに付き添っていった。
「戻りますか、リディオノーレ様」
フェルバールが手を差し伸べる。
自然とエスコートしてくれる所が紳士である。
そろそろ彼女も限界だろう。思っているより質問が多く、代わる代わる同じ質問が来たりするので辟易していた所であった。
フェルバールやバルデミアンにもそうだが、リディオノーレにも婿に名乗りを上げる輩が何人かいた。
なので、彼女も早く去りたいのが本音である。
「ですね。疲れました」
リディオノーレは苦笑いで、フェルバールの手をとった。




