忠誠
「リディ」
「……ん」
名前を呼ぶ声が聞こえる。
リディオノーレが目をゆっくりと開け、のそのそと体を起こした。
「体調はどうですか?」
「大丈夫です」
「なら良かったです」
ムナグレークは彼女の目に手を当てると、癒しの呪文を唱えた。
「ありがとうございます」
やっぱり目が腫れたままだったようだ。
「あの時よりはマシでしたね」
あの時とは粛清のときだ。
目を腫らしすぎて、翌朝目が開けられなかったのだ。
「昨日はありがとうございました」
ムナグレークは視線を合わせず、彼女にお礼を言った。
「???」
何のお礼なのか分からず、彼女は首を傾げる。
こほん、と一回咳払いするとムナグレークは彼女の手を持って立たせる。
「グレイザック様が待っていますので行きますよ。朝食を食べたら実験に付き合ってもいいとのことです。本日の夕食は騎士団によばれておりますので、それまでは自由です」
その言葉に彼女は目を輝かせた。
「実験してもいいんですか!」
嬉しすぎる、とは口に出さなかったが、満面の笑みになるリディオノーレ。
ムナグレークは思わず苦笑いだ。
付き合うこっちの身にもなってほしいものである。
「すぐ行きます!」
リディオノーレはムナグレークの手を引っ張って急いで部屋を出る。
扉の外で待っていたバルデミアンも慌ててついてくる。
急いでグレイザックの部屋に向かうと、彼は書き物をしていた。
「ああ、起きたか」
彼は書き物から顔を上げると、手招きする。
そして、いつもの様にリディオノーレの額を触ったりして熱がないか確認すると口を開いた。
もう体調確認の仕方が親密なのも誰もが慣れてきた。
「ご飯を持ってこさせる」
「ありがとうございます。あの、食べたら実験してもいいと伺ったのですが…」
ちら、とグレイザックを見るリディオノーレ。
グレイザックは目が合うとにやりと笑った。
「やりたいんだろう?」
「そっくりそのままお返しします」
リディオノーレもにやりと笑った。
その2人のやりとりにムナグレークとサムエルは苦笑いだった。
朝食後、全員で庭に向かう。
他領なのに自領のように色々振る舞うグレイザックに感心してしまう皆である。
当たり前のように色んな許可を取り付け、色々してしまうのだからすごい。
「リディ、杖はあと2本だったか?」
グレイザックが武器の魔法陣が書かれた紙を用意しながら尋ねる。
「はい」
所持している杖を2本取り出す。
その杖の魔石を見て、グレイザックは呟く。
「狼と馬か」
「はい」
彼は少し考え込む。
メティスの採集も控えている。彼女の杖が今の時点で割れてしまうのは良くない。
「俺の杖でするか?」
「いいんですか!?」
彼女の目が輝く。
「っ!?」
フェルバールとバルデミアンが目を見開く。
グレイザックの杖は犀の魔石だ。
彼らは魔石の個数までは知らないが、犀の魔石は魔力が豊富でなければ扱えない。
「だ、大丈夫なのですか?」
フェルバールが尋ねる。
だって彼は、リディオノーレから魔力枯渇したことがあることを聞いたばかりである。
「見ておけ。それに魔力回復薬もある」
グレイザックはそう言って、彼女に杖を渡す。
彼女は2本の杖をしまい、嬉々として彼の杖を受け取る。
グレイザックはしゃがんで、武器に変える呪文と魔法陣の説明を始める。
「この魔法陣が剣、呪文がグラティパーダ。こっちは槍、ランピアーチェ。弓矢はアルコヴォーゲン………」
いきなり複数の呪文を言われ覚えられるのだろうか、とフェルバールはジッとリディオノーレを見ている。
それだけ言われて覚えられるとしたら、相当記憶力がいい。
リディオノーレは復唱しながら、必死に頭に叩きこんでいる。
彼女はすぅっと息を吸ってから、まずは剣の魔法陣を発動させた。
「グラティパーダ」
グレイザックから借りた杖が剣に変わった。
細身の女性でも使いやすそうな形の剣だった。
そして、彼女はその剣に魔力を流し始める。剣が魔力を帯びていくのが分かった。
その魔力を帯びた剣で今度は弓矢の魔法陣の紙に魔力を流そうとしている。
「アルコヴォーゲン」
剣から弓矢に変わった。
「!!!!!!」
グレイザック以外が目を見開いて驚愕を露わにした。
グレイザックだけは腕を組みながら考えごとをしている。
「もうひとつ、試してもいいですか?」
彼女の質問にグレイザックは無言で頷いた。
彼女は弓矢に変わった矢を持ち、先程みたいに魔力を帯びさせず、槍の魔法陣にぶっ刺した。
「!!!!」
これにはグレイザックも驚いた。
そして、彼女はぶっ刺した矢に適当に魔力を流し、呪文を唱える。
すると、弓矢が消えて槍に変わった。
「!!!!!!」
これには全員が驚いた。
思わずフェルバールとバルデミアンはのけぞった。
「これは……っ」
ムナグレークは言葉が続かない。
グレイザックは無言ののち、苦い顔で笑った。
「面白い」
グレイザックは彼女が変えた槍を受け取り、「リヴァベーレ」と解除の呪文を唱える。
杖に戻ったのを確認し、しまう。
彼女は根本的なことを覆した。今まさに。
本来、解除の呪文を唱えて杖に戻した上で、他の武器の魔法陣に魔力を流し呪文を唱える。
まあ、合戦の最中にそんな面倒なことをやる人はグレイザックしかいないのだが。
その面倒なことをすっ飛ばし、武器に魔力を帯びさせて解除せずそのまま他の武器に変えた。
その次は、魔力を帯びさせることなく、魔法陣の紙にぶっ刺した上で魔力を流した。
「ありえない」
流石にバルデミアンが口を開いた。
「何ですか、今のは」
バルデミアンは信じられない、と繰り返す。
「………これほど簡単に武器の変更が出来るなら、奏上しなければならないかもな」
グレイザックも苦笑いだ。
「これを知っていれば天馬合戦が遥かにやりやすくなる」
「ですが、これは、根本を覆します」
ムナグレークは難しい顔をしている。
またやらかしたことに気付いたリディオノーレはしゅん、とした顔でグレイザックを見た。
「……内緒にしておいた方がいいですか?」
その言葉に苦笑いしながら、グレイザックは彼女の頭に手を置いた。
「今のところは秘密だな。俺に最初に見せてくれて良かった。これを学院で大っぴらにやられたらたまったもんじゃない」
頭をわしゃわしゃと撫でる。
「俺の許可が出るまで使うなよ?」
「………」
リディオノーレがしゅん、としてるのでグレイザックは彼女の頬をつまむ。
「まだ秘密だと言っただけだ。この実験は面白かった。…………よくやった」
彼は彼女を安心させるように優しく微笑んで、つまんだ頬から手を離した。
よくやった、と言われたので彼女は嬉しそうな顔をした。
だが、周囲は違った。
これほどの奇想天外な発想は、面白いのを通り越して本当に危うい。
師弟の2人以外は思わず難しい顔になる。
規格外だとは分かっていたが、ここまでとなるとこれは本当に怖い。
指を杖代わりにしようとしていた発想も怖かったが、こう次々と根本を覆すようなことをされれば、周囲が身がもたない。
そして、彼女の価値は計り知れないかもしれない。
ここまでの才能となると、王族に目をつけられたが最後、引き取られてしまうかもしれない。
妾の可能性もなくはない。
これはグレイザックでなければ守りきれない、とフェルバールは確信した。
師匠として敬愛され、彼女自身からも家族と言われ、彼女よりも魔力が多く、色んなことに秀でて尊敬される対象のグレイザックの言うことだから聞けるところもあると思う。
彼がいなくなれば、リディオノーレは暴走しそうである。
ここまでの発想力があるならば、学院で授業を学んだらどんなことを思いつくのか想像したくもない。
それに犀の杖をいとも簡単に使い、魔力が枯渇した様子もそれほどなかった。
「………グレイザック様、後ほど、お話させてください」
フェルバールは口を開いた。
フェルバールの真剣な顔にグレイザックも表情が引き締まる。
「……ああ。……今の実験は他言無用で頼む」
グレイザックは皆にそう命じる。
「リディ、採集に使えるような魔法を調べといてくれ。グレークとサムエル、リディについて図書室に」
リディオノーレは頷いて、3人で図書室に向かった。
残されたのは騎士2人とグレイザック。
「で、話とは?」
グレイザックは魔法陣の紙をしまいながら尋ねた。
「………先程のは、一体」
フェルバールはまず、さっきの実験について尋ねる。
「思いついたんだと」
グレイザックはふぅ、と息を吐きながら答えた。地面に腰を下ろす。
「あんなもの思いつきません」
フェルバールは苦い顔になる。
「普通はな」
グレイザックは唇の端を上げ、続ける。
「あいつは普通じゃないからな」
その言葉にフェルバールは唇を引き結んだ。
「……まさに規格外です」
「怖いです」
バルデミアンも呟いた。
「知っている。完全に規格外だ。俺は基本、術の穴をついたような発想だが、あいつの場合は基本を覆してくる」
「……術の穴をつくグレイザック様の発想も充分恐ろしいですが」
フェルバールは苦笑いで答えた。
「ですが、思いつきで根本を覆してくる彼女を守れる自信がございません」
フェルバールは正直に答えた。
「…………」
グレイザックはまっすぐ彼を見つめる。
見つめられたフェルバールは一瞬怯むが、目を逸らさない。
「………アインズビルに居れば、何とか守ることができる」
「学院に行けば、彼女が規格外なことが完全にバレます!!」
フェルバールが声を上げる。
「だから最速で試験を終わらせて、帰ってくるようにはさせる」
「……寮生活ですよね?」
バルデミアンは首を傾げる。
「ああ。だが、あいつを学院に長期間置けば置くほど、どうなるかは目に見えている。が、1年目くらいは丸々おらせてやりたいが……」
グレイザックが頭を掻く。
「色々考えているんだぞ。試験だけ受けに学院に通うだけもありかと思ったんだが、それだと学院に通う意味がないだろ」
「試験だけ受けに?授業を受けないということですか?」
「授業内容くらいなら、俺が教えられるしな」
当たり前のように言うが、普通はできない。
どれだけ優秀なのか。
「だが、折角学院に行くなら友達はつくるべきだ」
「!!」
フェルバールとバルデミアンは目を瞬いて驚いた。
グレイザックの口から友達の単語が出るとは。
「まあ俺は友達が少ないがな。だが、優秀なグレークとアブストールに出会った。伝手はつくっておくべきだ。1人でも構わん。伝手は必要だ。いつ何時素材が必要になるか分からんからな」
素材……、とバルデミアンが呟く。
「素材のためですか」
フェルバールが笑った。
「素材は大事だぞ。急に必要になった時に本当に困る。だから、日頃から揃えておくんだ」
「………そう言えば、リディが来てから1週間ほどお留守にされたことがありましたよね?何やら素材収集に行っている、と伺っていましたが」
フェルバールが記憶を辿りながら話す。
その言葉にグレイザックは困った顔をした。
何か聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか、とフェルバールは少し焦った。
そして、こうも表情が読み取れるようになるとは本当にグレイザックの変化を目の当たりにする。
「言ってしまいたいところだが、まだそうもいかん。別にお前たちを信じていないわけではないが、秘密を知る者は少ない方が良い」
「……」
フェルバールがごくりと唾を飲み込んだ。
「お前たちの命も危うくなる」
その言葉にフェルバールとバルデミアンが目を見開く。
「俺は、自分とあいつを守るので精一杯だ。お前たちまで手が回らん。だから秘密は知らない方がいい」
「………グレイザック様がいなくなったとき、どうすれば良いのですか」
フェルバールを意を決して尋ねた。
「その為のお前たちだ。別に1人で俺の代わりをしろとは言っていない。サムエルとグレークは俺についてくるだろうから、義兄上や義姉上、ジャンドバルトにシャーリネーヴェ、お前たち2人に騎士団たちもいる」
安心させるようにグレイザックは言い聞かす。
それなら何とかなるか…、とバルデミアンは呟いた。
「そこまで色々案じているお前たちには俺が考える最悪を話しておく。肝に銘じろ」
真剣な声音になるグレイザックに2人は気が引き締まる。
「1番最悪なのはどこぞの王族の目にとまり、召し抱えられることだ。愛妾ならまだ良い」
「??」
「研究対象となると最悪だ」
そう言えば、団長も言っていた。
「しかも今きな臭いナックルンドに見つかれば最悪だ」
とても忌々しそうに吐き捨てるグレイザック。
「リディの秘密は王族案件なんだ。だから、お前たちはなるべくギリギリまで知らない方が良い」
さらりと結構重要なことを述べる。
「……リディの秘密は本来なら奏上すべきことなんですね」
フェルバールが呟く。
まあ、俺のこともだがな、とグレイザックは内心呟く。
「そのことをいつ知ったのですか?」
バルデミアンは静かに尋ねた。
「初めて会ったときだ。そして、それは俺だから気付いたことである故、普通の人が気付くことはない」
そう言い切るグレイザックに彼もどれだけ規格外か思い知らされる。
「次の最悪を話すぞ。次は俺がいなくなる可能性だ」
「その方が怖いです」
フェルバールが言う。
「その為にお前たちがあいつを抑えられるようにならないといけない。癖や思考を理解できるようになれ」
それはまた無茶なことを、と2人は思った。
「どうしてグレイザック様は彼女のことがそこまで分かるのですか?」
バルデミアンが尋ねる。
「……俺と似ているからか?……まあ、俺もあいつを研究対象としてみている所はある。それに」
グレイザックは一旦言葉を切る。
「お前たちが思っている以上にあいつは仕事が出来る。仕事が出来る奴は純粋に好きだ。そして、問題がどれほど難しくて厳しくても喰らいつく。最善だと思った道を見つけ、予想以上の結果を残した」
「……それが粛清の一件ですね?」
バルデミアンが口を開く。
「そうだ。予想以上の結果を残したことで、あいつは俺の信頼を得、女だから、という考えを俺の中から払拭させた」
グレイザックは女性嫌いなのに何故あそこまで過保護なのかと不思議だったのだ。
「まあ、他の女は無理だがな。何を考えているか大体読めるし」
また忌々しそうに吐き捨てる。
本当にリディオノーレだけ大丈夫らしい。
「でもその信頼を得たのは粛清の一件で、ですよね?それまでも大分仲良かったと聞いていますが」
フェルバールが少し首を傾げた。
「………本当に昔の自分を見ているような行動をするから危なかっしくて目が離せなかっただけだ」
苦い顔をして答えるグレイザック。
急に寝落ちしたり、調べ物をしていたら徹夜になっていたり、と本当によく似ている。
「実験も然り、魔力量も然り、普通のやつには手が負えないから俺が面倒をみていただけだ」
「……引き取るにあたっての決め手は、その彼女の秘密を知ったから、ってことですよね。何故、そんな厄介な娘を引き取ったのか不思議です」
バルデミアンがゆっくりと喋る。
「最初は実験対象として純粋に面白いと思ったからだ。そして、彼女が考察した資料を見た時にこいつは俺と同じかもしれない、と思った。あとは今まで会った女とは違い、考えて考えて俺と義兄上に交渉を持ちかけてきた。それは俺の興味を惹くのに充分だった」
グレイザックもゆっくりと、思い出しながら話す。
「なるほど。理解しました。そのような女性に会ったことがなかったのですね」
フェルバールが納得した。
「……そういうことだな」
グレイザックは肯定する。
「俺と思考と行動が似ていれば自ずと理解できる。グレークもサムエルも一緒にいて長いため、よく理解している。今度はお前たちの番だ。あいつを主人と定め、守りぬいてくれることを俺は頼みたい」
「何故、私たちなのでしょうか?」
バルデミアンがまっすぐ、それはまっすぐ、彼を見つめる。
「バルデミアンは下手に口外しないからだ。それは信頼に値する。フェルバールは日頃の訓練からあいつの面倒をみていたのを知っている。だから任せようと思った」
思っているより2人が信頼されているので、2人は少し顔を綻ばす。
「ですが、もっと腕の良い者もいます」
バルデミアンは食い下がる。
「ああ。だが、腕があっても俺が信用できないと思った者にあいつの護衛は任せられない。騎士たちを全て見た上で俺はお前たちに決めたんだ。俺に認められたことを誇り、精進を重ねろ」
グレイザックは言い切ると腰を上げた。
2人はその言葉にグレイザックの前に跪く。
「……どうした」
グレイザックが怪訝な顔をする。
「グレイザック様の名を汚すことのないよう努力致します。リディオノーレ様の護衛を任せて下さり、光栄でございます」
「精進致します」
バルデミアンもそう一言口を開いた。
2人は頭を垂れ、グレイザックは2人に杖を向ける。
「忠誠の証をここに」
この場で判断した彼らに。
グレイザックは杖を出して呪文を唱え、2人に光を降り注いだ。




