感傷
グレイザックの部屋に戻った瞬間、ムナグレークに八つ当たりされるリディオノーレ。
「おい!こら!リディ!啖呵だけ切って放って行くとはどういう案件だ!」
ムナグレークの口調が崩れ、少し驚くリディオノーレ。
「大体領主相手にあんな態度を取ってはいけません」
サムエルも怒っているが、呆れ半分といったところだ。
こんなこともう何回目だろうか、と呟いている。
「リディ、無謀すぎます」
フェルバールも文句を言う。
「でも、グレイザック様が許可してくれました」
悪いのは自分ではない、とリディオノーレが言う。
「おい。他人のせいにするなよ」
グレイザックも文句を言う。
「でも、そろそろ仲直りしたらいいなって思ってませんでした?」
「……まあ、俺が原因の1つでもあるしな」
グレイザックがこぼす。
「そんなことはありません」
ムナグレークが首を振る。
その後、リディオノーレに向き直る。
「リディ。いつも言っていますが、感情的になりすぎです」
睨みつける。
「感情的にもなりますよ。だって家族ですよ?」
リディオノーレもムナグレークを睨みつけた。
「…っ」
家族という単語にムナグレークがたじろいた。
そう言えば彼女には、家族がいない。
彼は文句を言うのをやめた。他の皆も押し黙る。
「折角家族がいるんですから、大事にしてください」
「………」
ムナグレークは喋れない。
「家族について言い争うなら受けて立ちますよ?」
リディオノーレは腰に手を当てて言う。
「………」
ムナグレークは、はぁぁと長いため息をついた。
「リディとは言い争いません。面倒です」
「面倒とは何ですか、面倒とは」
彼女は唇を尖らせる。
「お前の負けだ」
グレイザックはムナグレークに向かって言い放つ。
「それに和解できたなら何よりだ。いつでも里帰りしてもいいぞ。だが、アインズビルにちゃんと帰ってこいよ」
グレイザックは唇の端を上げてそう言った。
「……はい」
ムナグレークは苦笑いしながら答えた。
「私戻りますね。少し疲れたみたいです」
リディオノーレも苦笑しながらそう言って、部屋を出た。
フェルバールも護衛なので、それに続く。
「フェルバール」
彼女の後ろをついていく彼に向かって、グレイザックが名前を呼んだ。
「?」
「1人にさせてやってくれ」
グレイザックが困った顔で告げる。
フェルバールは怪訝な顔をして彼を見た。
「フェルバールもバルデミアンもたまにはゆっくり休め」
「……護衛任務は良いのですか?」
「良い」
「かしこまりました」
怪訝な顔をしながらもフェルバールは頷いた。
その夜、グレイザックは静かにリディオノーレの部屋を訪れた。
「入るぞ」
返事はないが、そのまま彼は入室した。
「お前、感情隠すのが下手なのか上手いのかどっちかにしろよ」
グレイザックはため息をつきながら、寝台の布団に包まりながらぐすぐすとべそをかいている彼女の隣に腰を下ろす。
「馬鹿か、お前は」
「………」
「無駄に威勢よく啖呵切ったのは誰だよ」
「………」
「そんなことになるくらいなら啖呵切るな」
「………」
「羨ましいのか」
「………っ」
少し反応があって、グレイザックは息を吐いた。
話題を変えることにする。
「お前の試したい天馬合戦で使える術を教えてくれ」
「…………………杖を、武器に……、っ」
ぐす、と鼻をすすりながら彼女は話し始めた。
「うん」
相槌を打つ彼の声はとても柔らかい。
「武器に変えたら、新しい、武器に、変えるとき、一旦、解除するん……ですよね」
ゆっくりとだが話し始める。
「ああ。解除したら、また魔法陣を使って出す」
「その、解除、を、短縮できないかと…っ、思いまして」
「??」
「グレイザック様は、杖代わりに、指先でも唱えられる、と前言ってました」
「ああ」
思い出しながら返事する。
「じゃ、じゃあ、その、武器のまま唱えられる、のではないかと」
「!!!」
何という発想だろうか。
グレイザックは目を瞬いた。その発想はなかった。
「その、元々が、杖を変えたものですし、いけるのでは、ないかと、思ったのです、が」
ぐす、とたまに鼻をすすりながらも彼女は頑張って考えを述べた。
「……面白い」
グレイザックはにやりと笑った。
「試す価値はある」
「………でしょ?」
彼女は苦笑しながら顔だけ布団から出した。
目が腫れている。
「……、また目腫れてるぞ。あー、寝る前に目薬さしておけよ。起きた時に眩しくて目が開けられないのは避けるように」
小さく頷くリディオノーレ。
「あまり1人で何でも抱え込むなよ」
ぽん、と彼女の頭に手を置くグレイザック。
最近この行動が多い気がする。
「……大丈夫ですぅ」
(グレイザック様よりはマシだから)
彼女は困った顔で微笑んだ。
グレイザックの生い立ちは特殊だ。本人から聞いたことはないが、周囲からはそれとなく聞き及んでいる。
前アインズビル領主が他所でつくった子どもだ。
グレイザックの母親は彼を産んでそのまま死去。前領主が彼を引き取り、その領主も数年後に逝去。
残った前領主夫人の虐待や罵詈雑言に耐えながら、少年時代を過ごしたため、仏頂面のように育ってしまったらしい。
現領主は歳の離れた弟ができて可愛いがっていたようだが、周囲はそこまで好意的になれなかったようだった。
学院でも私生児と蔑まれた日々だったと聞いている。
それに比べたら彼女の問題は可愛いものだ。
と、そう思っているのは彼女だけだった。
「……俺の私生児と言われた生活は終わった。でもお前はこれからだ。これから言われ続ける。だが、気にせず、臆することなく、お前の信じた道を征け」
その言葉にリディオノーレは彼をまっすぐ見つめる。
「何かあったら必ず言うこと。お前は俺たちが貶されるのを許せないと言ったが、逆も然りだ」
グレイザックも見つめ返す。
「俺もお前が貶されるのを黙ってみていられるほど、お人好しじゃないぞ」
「………」
少し嬉しそうな顔をしている。
「さあ、寝ろ。目薬だけ忘れるなよ。明日は騎士団たちとの食事に誘われている。ゆっくり寝ておけ」
グレイザックは頭を撫でてやると立ち上がった。
「眠るまでいてください……」
「……貸しだぞ」
グレイザックは、ふ、と笑ってまた腰を下ろした。
リディオノーレはのそのそと寝る体勢になる。
グレイザックは目薬をさしてやると、頬を撫でてやる。まるで恋人同士のような雰囲気だった。
「寝ろ」
言葉は鋭いのだが、撫でる手は優しい。
「俺が家族なんだから、あんなことでいちいち感傷に浸るなよ」
今度は瞼をゆっくりと撫でる。
反射的に目が閉じたり開いたりする。
「ウィスナビアに訪問しに行こう。墓参りも兼ねて」
「……はい」
リディオノーレはゆっくりと瞼を閉じた。
その2人のやりとりを扉の向こうで聞いていたフェルバールとサムエル。
「あれで恋人ではないんですか?」
フェルバールが小声でサムエルに尋ねる。
その質問にサムエルは苦笑いだ。
「お互いそんな風には全く思っていませんね」
「彼女はグレイザック様を敬愛しておりますし、彼はリディを守らなければ、と思っていらっしゃるようです」
「守る?」
フェルバールが怪訝な顔をする。
「グレイザック様がまだ公言していませんので私からも言うことは出来かねますが、彼女も秘密を抱えております」
「秘密、ですか」
「出立前の訓練で騎士団長が仰っていた通り、彼女の価値が分かれば皆が群がります。絶対に。そして、あれほど無防備だと先が思いやられます」
「……それは確かに」
無防備というか、無鉄砲というか、危ういのは感じていたフェルバール。
「グレイザック様が弟子や家族だと公言することで、下手な輩は近付いてきませんし」
「確かに」
まだグレイザックに忌避感を持つ者も少なからずいる。
ただ、学院を卒業したことでそろそろ婚約の話が来てもおかしくはない。
「……グレイザック様がもし結婚などされたらどうするのですか……」
その言葉にサムエルが困った顔をする。
「とりあえずは彼女が学院を卒業するまではそんなこと考えていないのではないでしょうか」
「それでは婚期を逃しますよ」
グレイザックはなかなかに優良物件だと思う。
見た目も良く、賢く、領主の義弟として補佐にあたり、アインズビルの殆どの執務を担う実力者だ。
「………グレイザック様を好む女性などいませんよ」
サムエルは困った顔でまた述べた。
「実力はあっても性格があまり良くないですし、女性嫌いなのは周知ですし」
「でも女の弟子を取ったので、これからは恐らく政略結婚の話が増えますよ?」
「………利がある縁談なら受けるかもしれませんね。まあ今のところはアインズビルが最上位領地なので断れますが。王族からの話となれば、難しくなるかもしれませんね」
王族、とフェルバールは呟いた。
「その可能性もあると?」
フェルバールは真剣な顔で尋ねた。
「……ええ。学院時代、ナックルンドの王女に言い寄られていた覚えがございます」
サムエルの顔が険しくなった。
「ナックルンド……」
ここで、その名前を聞くとは。
粛清の時にナックルンドの商人と繋がっていたカルムクライン。その商人を捕まえることには成功したが、自供する前に呪いで死んだ。
まるでとかげのしっぽ切りのように。
ナックルンドのどこまでがあのカルムクラインと繋がっていたのかまだ判明できていない。
そして、そう言えばリディオノーレの兄が受けた毒はナックルンドでしか採れない素材だった。
カンナビーティア国にはあんな毒はない。
何か嫌な予感がしたフェルバール。
少し身震いして、サムエルに向き直る。
「彼女がどこかに余所見をしないよう、きちんとアインズビルにくくりつけておかないといけません。その為にグレイザック様も色々考えております。ご自分がもしいなくなったときの事も考えているはずです」
フェルバールは唇を引き結んだ。
あのグレイザックは本当に16歳なのか。学院卒業仕立ての者なのか。どれほど先を見ているのか。
フェルバールは恐ろしくなる。
口ではあまり語らないが、グレイザックがどれほど彼女を案じているのか、彼女も何となく分かるのだろう。
あれだけ一緒に仕事をして生活していれば、グレイザックがどれだけ厳しくても優しい一面をもっているのを知っているわけだ。
それはグレイザック自身も親しい者にしか見せないのだろう。
その他の人との態度の違いで、彼女は自分が彼に可愛がられているのを肌で感じている。
だから敬愛し、信頼し、ついていく。
師弟をこえた関係だと思うが、誰もそれを口に出してないので何も言わない方がいいことが分かる。
「………グレイザック様が結婚し、アインズビルを離れるとなったときが怖いですね」
その可能性が少しでもある限り、未来が怖すぎる。
「私たちに彼女が守れますかね……」
フェルバールは息を吐く。
グレイザックほどの慧眼や知識もない。
「今のままじゃ力が足りませんので、日々精進ですよ」
サムエルが苦笑いしながら言う。
フェルバールも思わず苦笑いになる。
なんて娘を引き取ったんだ、と文句も言いたくなるが、彼女のおかげでグレイザックが丸くなり雰囲気が良くなったのも事実だ。大分話しかけやすくなったのは有難い。
「心労で倒れないでくださいね」
フェルバールがサムエルに言う。
言われた本人は少し困った顔をした。
もう相当苦労しているのが分かる。
「フェルバール様もこれから大変ですよ?彼女の護衛騎士に命じられたも同然ですからね」
「……。やはりそうですか」
護衛騎士となれば、学院以外は彼女がどこに行くときもついて行かなければならない。
グレイザックは自分で身を守れるのと鬱陶しいとの理由で護衛をつけていないが、普通は護衛騎士と側近が1人ずつついている。
「バルデミアン様と交代しながら、にはなるかと思いますが」
今回の同行でそういったことも見極められているんだろうな、とは薄々感じていた。
フェルバールはこれから先のことを思い、息を吐いた。
「訓練中もよく面倒をみてくれていたと聞いております。グレイザック様はフェルバール様に期待しておりますよ」
フェルバールは少し目を瞬く。
案外信用されているらしい。
そんな時、部屋の扉が開き、グレイザックが出てきた。
「戻るぞ」
グレイザックはそう言って、扉を閉める前にチラリと背後を振り返る。
規則正しい寝息をかいているのを確認し、彼は扉を閉めた。




