領主子息 ムナグレーク
天馬合戦の疲れと言い争いの疲れと、サムエルによる強制睡眠によりリディオノーレは昼まで爆睡していた。
そして、目が覚めた瞬間慌てて部屋を飛び出した。
「ぅわっ!!」
扉の前で待機していたフェルバールが驚きの声を上げる。
それにビックリしたリディオノーレが後ろに飛び退き、壁で体を打つ。
「〜〜っ」
痛さに蹲る彼女にフェルバールは慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「…何とか」
彼女はそう答えると「もしかして結構寝てました?」と苦笑いの顔になる。
「ええ。グレイザック様が心配していました」
フェルバールも苦笑する。
仏頂面で無愛想でとっつきにくかったあの彼が。
女性嫌いで有名なあの彼が。
喋れば上から目線で皮肉ばかりのあの彼が。
他人の心配をしているのを目の当たりにすると本当に感慨深いものがあった。
「……」
リディオノーレはしまった、という顔つきになっている。
「グレイザック様はもう起きてるんですか?」
「ええ。久しぶりに熟睡できたようですよ」
「そうなんですね。なら良かったです。すぐ行きます」
「いえ、起きたらまず連絡してくれと言われているので部屋で待機していて下さい」
「分かりました」
少し経つと、フェルバールがグレイザックと一緒に帰ってきた。
グレイザックが機嫌の悪そうな顔をしている。
「体調は?」
簡潔に尋ねる。
「大丈夫です」
リディオノーレが微笑むと、グレイザックは彼女の額と首にも手を当てて体調を確認する。
その様子にフェルバールは目を瞬く。
何だその体調の確認の仕方は。
「天馬合戦で思ったより疲れてたのか。それで睡眠魔法で思ったより寝てしまった感じだな」
安堵して息を吐くグレイザック。
「ご心配をおかけしてすいません」
「何もないならそれで良い」
グレイザックは頭をぽんと叩く。
その行動にフェルバールはまた目を瞬く。
誰だこれは。本当にあのグレイザックなのか、と目を疑いそうになる。
そして、この2人は本当に師弟なのか。恋人とかではなく?
フェルバールの思考がおかしくなりそうだ。
「昼食に呼ばれているが、行けそうか?」
「領主さまとのお食事ですか?」
「そうだ」
「たくさん寝たので大丈夫です」
「では向かうぞ」
グレイザックが先頭で歩いて行く。
その後ろにリディオノーレ、フェルバールと続く。
「リディ」
フェルバールがグレイザックに聞こえないよう、前を歩く彼女に小声で話しかけた。
「なんですか?」
彼女も小声で返す。
「先程の額や首を触るのは一体?」
分かってはいるが確認のため聞いてみた。
「体調確認なんです。私一回寝落ちしてから3日起きなかったことがあって……」
ぽりぽりと頭を掻くリディオノーレ。
「そんなことがあったんですか」
フェルバールが目を見開く。
「あと魔力を枯渇させちゃって、熱が1週間くらい続いたこともあって……」
苦笑いの彼女。
「それは心配されるのも無理はありませんね…」
フェルバールも思わず苦笑いになってしまう。
「いつもは厳しいんですけど、なんだかんだで優しいんですよ」
彼女は微笑む。
「そうみたいですね」
フェルバールはグレイザックの背中を見てそう呟いた。
領主たちが待っている部屋に行くと、扉の前でムナグレークとサムエルとバルデミアンが待機していた。
「私とバルデミアンは中の扉の側で待機しております」
フェルバールがそうリディオノーレに告げる。
席に着くのは護衛騎士2人以外の4人で、アラウィリア側は領主と領主夫人、アブストールにグレティアーナである。
「お待たせ致しまして申し訳ございません」
グレイザックがすぐに謝罪を口にした。
「構わぬ。天馬合戦で疲れたのであろう?」
領主がリディオノーレを見つめる。
「……申し訳ございません」
「構わん構わん。初めてだと言うのになかなかの戦いを繰り広げたらしいじゃないか」
領主がにやりと笑った。
「まあ席に着け」
領主の許可でグレイザック達4人が腰を下ろす。
「なかなか面白いことをしたらしいな。鈴に細工したとか?」
「細工というほどではないですが、爆発するようにはしました」
「はっ!アブストールから聞いたときは冗談だろうと思っていたが、本当だったのか」
領主がからからと笑う。
「あとは天馬から飛び降りたって?」
「傾いてる体を起こせる程の筋力がないんで手綱を離しただけです」
リディオノーレは答えてから水を飲む。
グレイザックは左隣で黙々と食べている。
「天馬を信頼してないとできない所業だな。皆が驚いたと言っていた」
「ムナグレーク様の躾けた天馬ですから」
リディオノーレは胸を張って答えた。
その答えに少し空気が変わった。
グレイザックはちらりと彼女を見るが何も発さず、食事を続ける。
「でもリディオノーレが信頼を勝ち取ったからこその行動なのだからそちの躾の賜物だ」
領主は水を飲み干す。
「いいえ。ムナグレーク様のおかげなのです」
リディオノーレはにこりと微笑んだ。
そして皆を見渡す。
アブストールとグレティアーナは少し引き攣った笑みになっていた。
「謙虚も美徳だが、自分の成果を譲るのは良くないぞ」
領主はまっすぐ見つめ返す。
会った時と同じような値踏みする目をしていた。
リディオノーレはグレティアーナと2人きりで話した時に色んなことを聞いていた。
特にムナグレークについて。
異端児の扱いを受けていたムナグレークは勘当も同然で家を出たので、あまり皆から好かれていないらしい。
でもグレティアーナとアブストールからはそんな雰囲気はなく普通にムナグレークの話をしても変な顔をしていなかったのに、今領主夫妻の前でムナグレークの名前が出て困っている顔をしている。
そんな様子も分かりつつ、リディオノーレは口を開いた。
「私の成果ではありません。ムナグレーク様のおかげです。天馬のことはムナグレーク様から全て教えてもらいましたので」
彼女はまたにこりと微笑んだ。
この挑戦的な所は誰に似たのか、とフェルバールは扉守りながら冷や汗をかいている。
ここアラウィリアではムナグレークの話を大っぴらに出すと冷たい目で見られる。
特に領主の前では。
「天馬と使役獣に関しては、ムナグレーク様の右に出る者はいないくらいすごいんですよ」
「………」
領主は無言で彼女を見つめ続ける。
「き、昨日の鈴を爆発させるのはリディオノーレ様のお考えですか?」
アブストールが勇気を出して発言をした。
空気を変えようとしてくれたようで、周囲が少し安堵の息を吐いたのが分かった。
「そうです。面白い案だと思ったのですが」
「確かにかなり驚きました」
リディオノーレが話題に乗っかってくれたので、アブストールも安堵の息を吐く。
「闇と光の魔法陣はグレイザックの案ですか?」
「私が思いついた作戦です」
「魔法陣を発動させたことにも驚きましたが、その作戦を思いつくあなたにも驚きです。まさにグレイザックの弟子」
アブストールが言う。
その言葉に照れるリディオノーレ。
「………褒め言葉ではないのですが」
アブストールが苦笑しながら告げる。
「えっ。私からしたら1番嬉しい褒め言葉ですよ」
「あのグレイザックの弟子と言われ嬉しがるとは、本当にそちは面白いな」
領主が口を開いた。
怖い雰囲気がなくなって、周囲はあからさまにホッとした。
「グレイザック様はすごいですから。先程の言葉は少しでも近付けている証拠ですので純粋に嬉しいのです」
「見上げた師匠愛だな」
「初対面の私を引き取ってくれた方ですから」
「グレイザック、何故この娘を引き取ったのだ?」
領主はグレイザックに質問する。
グレイザックはにこりと笑って、こう答えた。
「私の利になると判断しましたので」
彼は微笑んだ。
「相変わらずだな」
「勿論です」
グレイザックは笑った。
「なのに何故、そやつの話が出た時に止めなかった」
領主の声色が変わった。
そして、“そやつ″とは恐らくムナグレークのことだ。
グレイザックは笑顔のまま答えた。
「私の意に沿わぬことはこいつはしませんので」
その言葉に皆が息を呑んだ。
リディオノーレも少し目を瞬き、彼を見た。
どうやら彼女の好きにしていいらしい。
領主相手にあまり挑戦的な態度は良くないと思っていたのだが、グレイザックの許可が出た。
ムナグレークはというと、1度目を伏せゆっくりと口を開いた。
「……争いを生みたくはありませんので辞します」
ムナグレークが立ち上がろうとしたので、左隣に座っていたリディオノーレが慌てて彼の袖を掴む。
そして、首を横に振る。
「申し訳ないのですが、唯一無二のご子息を無視する訳が分かりません」
彼女は堂々と言い切った。
まさかの発言にまた周囲が恐れ慄く。
領主の視線が鋭くなる。
でもリディオノーレは怖くなかった。
グレイザックに睨まれた時の方が断然怖い。
それはもう本当に怖いのだから。
「儂の息子はそこのアブストールだ」
領主はきっぱり言い切った。
その答えにリディオノーレが少し怒りを漏らした。
家族は大事なのだ。彼女からしたら家族はそれはそれは大事なものだ。
「アブストール様は婿です。ご子息はこちらのムナグレーク様ですよ、アラウィリア領主さま」
彼女は臆することなく言い放つ。
グレイザック以外、肝が冷えて仕方がない。
「そのような者はいない」
領主の言葉にリディオノーレの機嫌が悪くなるのが見た目で分かった。
完全に魔力が漏れている。
本人は気付いていなさそうだが。
「ムナグレーク様は私の天馬の授業の師匠です。私は私と近しい者たちが貶されるのは許せません」
「リディ、落ち着いて」
ムナグレークが小声で諭す。
「いいえ、落ち着きません。私はムナグレーク様も好きなんです」
そう発言するものだから、グレイザックが少し笑った。
「……だそうだぞ、グレーク。どうする?」
グレイザックは彼女がこんな反応をするのが分かっていたのだろう。だから、1人驚いていない。
「アラウィリア領主どの、ここは一回ムナグレークと和解してはどうでしょう?」
グレイザックのその提案にムナグレークが顔をしかめた。
「いい考えですね!」
リディオノーレが嬉しそうな顔をする。
「家族水入らずで話されてはどうでしょう?」
グレイザックが少し微笑みながら提案する。
その提案にリディオノーレが彼の意図を汲みとった。
「名案だと思います。グレーク様、ゆっくり話してきて下さいませ。心細いなら一緒にいますけど、私とグレイザック様どちらがいいですか?」
リディオノーレが顔をしかめているムナグレークに話しかける。
「リディは邪魔になります……。グレイザック様の手は煩わすわけにはいきませんし…」
ムナグレークの顔がどんどん歪んでいく。
邪魔と言われたリディオノーレは少し唇を尖らせた。
「サムエルとフェルバールを残そう」
グレイザックの提案にムナグレークは頷いた。
「では、バルデミアン行くぞ」
リディオノーレとバルデミアンはグレイザックについて、部屋を出た。
「………よくキレなかったな」
歩きながらグレイザックが口を開いた。
「流石に領主さまに敵うとは思っていませんが、もう少しでキレそうでした」
彼女は苦笑いになる。
「珍しく考えていたんだな」
「珍しく、とは何ですか。そんなことより、図書室に行って調べ物をしてしまおうと思っているでしょう?」
彼女がグレイザックの顔を覗き込む。
「流石に分かるか」
彼はにやりと笑った。
2人は許可を得て、図書室に入る。
バルデミアンも無言で続いた。




