兄の部屋
大広間を素早く辞したリディオノーレとムナグレーク。
完全に注目の的になっていた。
だが、ライジャックスが騒いだおかげで、難なく辞することができたので結果良しとしよう。
早足で去りながら、リディオノーレはムナグレークに話しかけた。
「……知れ渡ったと思いますか?」
何が、とは聞かないがムナグレークは頷いた。
「ええ。あれだけあのクソが姪だと連呼していましたね」
ムナグレークは吐き捨てた。
その言葉にリディオノーレは思わず吹き出した。
「こんな時に何笑ってるんですか」
ムナグレークが片眉を上げる。
「いや、だって、クソって」
「クソはクソでしょう?思い上がりも甚だしい。それに比べてアブストールは英断でしたね」
ムナグレークは少し顔を緩めてそう言った。
「守ってくれましたね。あれだけ疑っていたにも関わらず」
「素直なんですよ、あいつは。いい意味でも悪い意味でも」
ムナグレークはため息をついた。
「で、お兄様のお部屋はどちらですか?」
「こっちです」
話している間に到着した。
到着するまで数人とすれ違ったが、誰も知らない人だったので無視した。
「ここです」
彼女が扉を開けようとして、ムナグレークは止めた。
「??」
「あなたがここに来そうなことは、誰もが予想できるでしょう。何か罠があってもおかしくありません」
ムナグレークは緊張した顔でそう言って手袋を取り出してはめる。
扉に触れると、バチっ!と弾かれた。
ムナグレークは怖い顔をする。
リディオノーレも驚いてしまう。
「……私もやります。貸してください」
リディオノーレは手袋を借りて、扉に触れた。
何も起こらず、そのまますんなり開けることができ、2人は部屋に入ることができた。
もちろん、床に転移陣が敷かれてないのかは確認済みである。
兄の部屋には何もなかった。
寝台と、机と、椅子と、本棚だけ。
出て行ったときと何も変わっていない。
少し眉を下げたリディオノーレは机の引き出しをあさる。
ムナグレークも警戒しながら、何かないかと探し始める。
引き出しには手紙がひとつあっただけ。
よく捨てられていなかったものだと関心する。
手紙は愛するリディへ、と書いてある。
元気にしているか、など他愛のない文が綴られている。
久しぶりに見た兄の筆跡にリディオノーレは目が潤んでくるのが分かった。
「……リディ。この小箱は何でしょう。開けることができません」
ムナグレークが両手の平くらいの小箱を持ってきた。
「あ、私が小さい時に使っていた宝物入れです」
そこらで見つけた綺麗な石や花など、何でもかんでもそこにしまっていた覚えがある。
彼女は懐かしさを感じながらその小箱を受け取り、開けてみた。
「???私には開けれないのに、リディは開けられるのですか」
ムナグレークが警戒する。
その小箱には紙束が折り畳んでいっぱい詰まっていた。
用紙を広げてみる。
そこには衝撃的な内容が詰まっていた。
「………あなたのお兄様はなんて聡明なんでしょうか」
ムナグレークは感心した。
「……私のお兄様ですものっ……」
リディオノーレは涙が出るのを抑えられなかった。
死ぬ間際まで何をしているんだ、この兄は。
と内容を見た者なら思うであろう。
でもその内容は、グレイザックが欲しがっている情報がたくさん詰まっていた。
「……聡明なのか、馬鹿なのか。ほんと、最後までお兄様らしい……。自分のことを考えてほしかったです……」
涙を拭いながら、乾いた笑みをこぼした。
そして、この小箱を開けられるのは兄とリディオノーレのみだったらしい。
リディオノーレの魔力を事前に登録しておいたそうだ。
部屋にも同じ魔法をかけていたので、ムナグレークは弾かれた。
用意周到すぎる兄である。
そして、先見の明をもつ聡明な兄だ。
この兄が領主となれば、カルムクラインは没落せずに済んだだろう。未成年なのが仇となり、叔父家族に乗っ取られなければ。
執務はリディオノーレも才があるし、2人でなら何とかなったかもしれなかったが、2人とも未成年だった。
そして、兄が毒に見舞われたのが決定打だ。
それならばと、兄はどうやってリディオノーレを逃がすかを考えたのだろう。
最後まで情報を得るためにカルムクラインに残り、リディオノーレの利になるように。
そして、兄が会ったことのないグレイザックを何故そこまで信用できたのかが少し不思議だ。
この兄が生きていれば、グレイザックの手となり足となり、影の情報屋として活躍していただろう。
それくらいの手腕をこの兄は遺している。
恐れ入る。惜しい人材だった。
「……この手紙と情報を持って出ます。やること、やりましょう」
リディオノーレは涙を拭い、小箱から書類を全て取り出す。
彼女はムナグレークにこの書類を手渡した。
「??」
「万一の為です。勘、ですが、グレーク様が持っていた方がいい気がします」
彼女はそう言って、部屋を出た。
与えられていた控室に戻ると、ライジャックスとエドセルニアンが扉の前で待ち構えていた。
ムナグレークはリディオノーレを背後に庇う。
「何の御用ですか」
「そこの姪に話がある。どけ」
ライジャックスはムナグレークを押し退けようとする。
「話があるなら、ここで聞きます。乱暴をしないで下さい」
リディオノーレは毅然とした態度で言い放つ。
「つべこべ言うな。お前は言うことを聞いておけばいいんだ」
ライジャックスは力をこめて、ムナグレークの肩を掴む。
「ムナグレーク様に手を出すと、アラウィリア領が黙っていませんよ。無論、グレイザック様もですが」
リディオノーレは睨みつける。
「ムナグレーク様はアラウィリア領主様のご子息です。乱暴はよした方が身のためです」
彼女のその言葉にライジャックスはすぐに手をのけた。
「それを先に言え。お前は先程バイリムートの部屋に侵入したな。不法侵入で捕える。エド、捕縛せよ」
ライジャックスは息子に命じる。
「許すわけにはいきません」
ムナグレークが間に入るが、リディオノーレは彼を止める。
ここは一旦捕まった方が身の為だ。
「……倒せますよ?」
ムナグレークは小声でそう呟いた。
「いいんです。油断させましょう」
彼女も小声で返す。
「ムナグレーク様に何かあったら、アラウィリア領主様とグレイザック様に顔向けできません。ですので、彼がアラウィリア領の方と合流するまで見届けたら、私は大人しくしましょう」
リディオノーレはライジャックスをまっすぐ見つめて交渉する。
数拍考えたのち、ライジャックスはそれを認めた。
アブストールが居る控室にムナグレークが合流したのを見届けたリディオノーレは、大人しくライジャックスに従い、地下牢に入れられた。




