アブストール
リディオノーレがアブストールに着席を促す。
「リディオノーレ……?」
アブストールは呟きながら、着席した。
「失礼ながら、存じ上げない名前です」
アブストールは正直に述べた。
「今はこれ以上何も言えません」
にこりと微笑むリディオノーレ。
「……領主さまとはどういったご関係なのでしょうか」
アブストールは正直に質問してくる。
第一印象は良くなかったが、悪気があったわけではないことが分かる。
ちら、とたまにムナグレークの様子を伺っているのも面白い。
「領主さまと言うよりは、グレイザック様ですね」
リディオノーレは微笑み、腕輪を見せた。
それを見た瞬間、彼は目を見開く。
そんなに目が開くものなのか、というくらい最大限開く。
「グレイザックとどういったご関係ですか」
アブストールの目が鋭くなった。
そしてそのまま続ける。
「その腕輪の意味を分かってしているのでしょうか」
少し怒っているようだ。
「アブストール様、お顔が怖いです」
リディオノーレはそう言ってから言葉を続ける。
「グレイザック様は私の後見人でございます。師弟関係でもあります。師匠からアブストール様のお話は聞いています。以後、私のこともよろしくお願い致しますね」
「あのグレイザックが?」
アブストールの眉間に異様なくらいの皺が寄る。
彼の表情は見ていてとても面白い。
「あのグレイザックですよ?まさか」
アブストールは首を横に振る。
「リディオノーレ様、グレイザックは女性嫌いなのです。それなのに女性の弟子をとるなど……」
アブストールは信じられないようだ。
「ありえませんか?」
リディオノーレは首を傾げてみせた。
「私が知っているグレイザックではないのかもしれませんね。別人な気がします」
信じられないようで現実から目を逸らそうとしている。
「それだとこの腕輪は説明できませんよ、アブストール様」
リディオノーレはくす、と笑った。
「でも、あのグレイザックが?いやいやいやいや……。あいつが利にならないことをするはずが…」
そのアブストールの言葉にリディオノーレは口を挟んだ。
「では、利になるからと判断したのではないでしょうか?」
リディオノーレはそう堂々と述べた。
彼女自身、引き取ってもらってグレイザックの利になることはあったのだろうか?と正直思ってしまったが、そんな様子を出してはいけない。
彼女の堂々さにアブストールは少し驚いたが、反論はしなかった。
「グレイザックは元気にしていますか?」
話題を変えることにしたようだ。
「元気です。アブストール様が気にしていらっしゃったとお伝えしておきますね」
「因みにあなた様は天馬には乗れるのですか?」
アブストールは少し身を乗り出して聞いてきた。
「乗れはしますけど、恥ずかしながら片手ではまだ手綱を引けないのです」
「グレイザック様の弟子なのに、ですか?」
少しカチンとくる質問だが、リディオノーレは流す。
「精進している所なのです。機会がありましたら是非、天馬のこと教えて下さいませ」
その言葉に目を輝かすアブストール。
「それは是非!あなた様はいつ学院に入学予定ですか?私には弟と妹がいるので伝えておきます」
「3年後に入学する予定です。因みに、ご兄弟のお名前をお伺いしておいてもいいですか?」
「アングロードとスティルナーデです」
よし、関わらないでおこう。とリディオノーレは誓った。
アブストールと他愛ない話をしていると、カルムクライン領主がやってくるのが見えた。
近付いてくる顔はいつ見ても不快だ。
「久しぶりだな、リディルレーネ」
カルムクライン領主ライジャックスは気持ち悪い笑みを浮かべて話しかけてきた。
着席を促してもないのにライジャックスは尊大な態度で腰を下ろした。
「これはこれは、アラウィリアのアブストール様では?騎士団のご活躍聞いておりますよ。象の魔獣を倒したとか?いやはや、流石ですな」
ライジャックスは無作法に話しかける。
アブストールは少し眉間に皺を寄せ、リディオノーレを見て口を開いた。
「つまみ出しますか?」
まさかアブストールがそんなことを言うとは思っていなかったので、リディオノーレは少し目を瞬き微笑んだ。
「お気遣いありがとうございます。師匠の仰っていた通り、悪い方ではないのですね。心強いです」
この場に味方がいるのは少し嬉しい。
きちんと上位領地を慮る姿勢は素晴らしい。
初対面の小娘なのに。
「なんと、物騒な。アブストール様、私はカルムクライン領主ですぞ。それにこの小娘は私の姪です」
憤慨するライジャックス。
私腹を肥やしているのか、恰幅が良くなっている。
「……身内なのですか?」
アブストールは恐る恐る尋ねる。
「いえ。誰かとお間違えでは?」
リディオノーレは冷静に微笑んだ。
ここで彼女が憤慨したところでどうにもならない。
体裁も何も気にしなくていいのであれば、とっくの昔にブチ切れている。
「リディルレーネ、嘘をつくでない。ほら、アブストール様、こちらに証明書がございます」
ライジャックスがグレイザックと結んだ契約書を見せる。
アブストールは興味深そうに覗いた。
グレイザックの弟子として認めること、グレイザックが後見人であること、そして、カルムクラインは名乗れないと書いてあること。
アブストールはくくく、と笑った。
「グレイザックの筆跡ですね。相変わらずの尊大な態度が見える筆跡。まさにグレイザック」
アブストールはまだ笑う。
本当にグレイザックの旧知だと分かる発言だ。友人の筆跡まで分かるとは、案外仲が良かったのかもしれない。
「なるほど。これは、リディオノーレ様、あなたはカルムクラインとは全く無関係ですね」
アブストールは笑っているが、目は笑っていない。
鋭い目でライジャックスを見つめた。
「なんだと?」
彼の言葉にライジャックスは睨みつける。
「カルムクラインとは名乗れない、と書いてあるじゃないですか」
アブストールは指を差す。
「……失礼」
ムナグレークもそれを覗きこんだ。
「これによるとリディルレーネ・リンド・カルムクラインはいないものとせよ、という意味合いに取れますが?」
ムナグレークはそう言ってライジャックスに微笑んだ。
「バカな!あのグレイザックがこいつを欲しい!と。弟子に是非欲しいと!」
ライジャックスは叫ぶ。唾が飛ぶ。
一気にムナグレークとアブストールの気配が険悪に変わったのが分かった。
周囲も、ライジャックスの声で、何だ何だと騒ぐ。
「……申し訳ないですが、グレイザック様のことは〝様″を付けてお呼びください」
リディオノーレが無表情で言い放つ。
「誰に向かって意見している。お前は私の姪だぞ」
ライジャックスが言い募る。
(何を言うか、こいつは。姪として扱ったこともないくせに)
罵倒したくて仕方ないが、ひたすら耐える。
「いいえ。その姪はカルムクラインではないと書かれております。そして、今、その姪だと思しき者はこちらのアインズビルの証をつけております」
ムナグレークがアインズビル紋章の入った石を指し示す。
「馬鹿なことを言うな。お前があのグレイザックの弟子として名を馳せれば、私の名も上がると言っていたではないか」
唾が飛びまくる。
「でもカルムクラインとは無関係と書かれておりますよ?こちらのリディオノーレがどれだけ名を馳せても、あなたとは関係ないと思いますが?」
ムナグレークは嘲った笑みを見せた。
「ちょっとアインズビルに行ったからと調子に乗りやがって!ふざけるな!実の兄も放置して、逃げただろう!」
ライジャックスが怒鳴って立ち上がる。
手をあげようとしたので、すぐさまアブストールが止めに入った。
その素早さは日頃から鍛錬されている者の速さだった。
「やめておいた方がいい。カルムクライン領主どの」
アブストールがライジャックスの腕を掴みあげる。
ムナグレークもリディオノーレを背後に庇う姿勢をとる。
「リディオノーレ様、お怪我はないですか」
背後に庇いながらムナグレークは緊張した声で尋ねた。
「大丈夫です。アブストール様、申し訳ないのですが、この場をお願いしてもよろしいでしょうか?嫌な気分になってしまいまして」
リディオノーレは疲れた顔を見せた。
「構いません、リディオノーレ様。あとはお任せを。グレイザックの弟子を守れなくて、友人とは名乗れませんゆえ」
アブストールはライジャックスの腕を掴み上げたままそう微笑んだ。
片手で余裕そうに掴んでいる。
「ありがとうございます」
「貸しひとつということで、また今度お会いしたときに色々お聞かせください、リディオノーレ様」
アブストールはそう言ってきた。
リディオノーレは優しく微笑み返し、「承知しました」と言ってその場を去った。




