ムナグレーク
リディオノーレと別れたムナグレークは、アブストールに助力を求めた。
「アブストール、手伝ってくれるか」
「……久しぶりに会ったかと思えば、私に貸しをつくるなんて義兄上らしくないんじゃないですか」
アブストールは唇の端を上げた。
「本当に妹と婚約したのだな」
義兄上、と呼ばれ、ムナグレークは顔をしかめる。
「ええ、義兄上」
「気持ち悪い。同級のくせに辞めろ」
ムナグレークは吐き捨てる。
アブストールは少し笑って、何があった?と尋ねた。
「リディオノーレ様が捕縛された」
「……は!?」
アブストールは眉間に皺を寄せる。
「詳しい説明は省くが、バイリムートの部屋に侵入した罪らしい」
「……実の兄なのだろう?」
「そうだ。あれだけあのクソが騒げば、皆にも知れ渡っただろうな」
ムナグレークは忌々しい顔になる。
「それよりも急がねばならん。彼女に託されている仕事がある。手伝ってほしい」
「……リディオノーレ様を助けに行くのではなく?」
「そうだ。やることがある。その仕事は流石に1人では出来ん。貸しは必ず返す。天馬合戦に付き合ってやろう」
ムナグレークはものすごい嫌な顔で言い放った。
その言葉にアブストールは目を見開く。
「あれほど天馬を乗りこなせるのに合戦が嫌いなあのムナグレークが?相手してくれるのか?」
「………ものすごい嫌だがな。仕方がない」
ムナグレークは舌打ちをする。
「おいおい、人にものを頼むのにその態度はダメだろう」
アブストールが少しからかう。
「天馬合戦をしてやると言ってるんだ。手伝え。お前が嫌なら、お前の部下を貸せ。どうせ影の騎士団も来ているんだろう?」
ムナグレークは片眉を上げる。
旧知な間柄なせいで、ムナグレークの口調が大分崩れている。
「……当たり前だ。今のカルムクラインは悪い噂しか聞かんからな」
アブストールが真剣な目をする。
どうやら、その噂に気付いていないのはカルムクラインだけらしい。
「なら話が早い。粛清が始まる」
ムナグレークは答えた。
その答えに少しぎょっとしたアブストールだが、視線で先を促す。
「この葬儀を目処に4日後、粛清だ。カルムクライン領丸ごと全て、連座になる」
小領地とは言え、さほど人がいないとは言っても何も知らず普通に暮らしている人が大半だろう。
「誰がどこで通じてるかは細かいことは後回しだ。カルムクライン家、親族諸々は連座確定だ。関係のない平民も全員捕縛される。逆らったらそこで死ぬ」
ムナグレークは早口でどれだけ急務か述べていく。
「3日内にリディオノーレ様がつくったこの血判証明に署名が出来なければ、死ぬ。これに署名が出来ない者は放っておけ。署名できた者は、どこか建物を確保して保護を頼みたい」
「………これをあの子とムナグレークでやるつもりだったのか?」
アブストールは血判証明書の束を見て尋ねた。
「彼女はそのつもりかもしれなかったが、俺は元々お前の部下を借りるつもりだった」
ムナグレークは唇の端を上げる。
「はっ。元々頭数に入れられていたのか」
アブストールは苦笑する。
本当にこいつは、と呟いた。
「影の騎士団を引き連れてくるのは分かってるからな。俺の権限でも動かせるし、お前が代理人でない方が無理矢理許可をもぎとれたがな」
にやりと笑うムナグレーク。
本当にグレイザックの元には癖のある者が集まりやすい。
ムナグレークはグレイザックの前ではとてもいい人を演じるのだが、アブストール達の前では人が変わる。
そして、癖があるのはリディオノーレもそうだ。
粛清されたカルムクラインの生き残り。
確実にそう言われる。
「名簿があるからこっちから頼めるか。副団長に保護の建物の確保を頼みたい。署名できた者からその建物に転移させるから場所が確保できたら地図を送ってくれ」
ムナグレークは血判証明と転移陣の紙束を渡す。
「何かあったら知らせろ。頼んだ」
ムナグレークがそれだけ言って先に部屋を出た。
何となしにバイリムートが揃えた証拠をムナグレークに渡したリディオノーレは英断だったと言える。
これを材料に領民たちに交渉できるから。
彼女がムナグレークに手を出すと後が怖いと脅したおかげで、ムナグレークは自由に動ける。
リディオノーレは、ムナグレークに動いてもらった方がいいと判断したのだ。
侵入したのは2人なのに。
アブストールと接してみて、彼に助けてもらえるかもしれない、と少しは思ったのかもしれないが。
グレイザックも言っていたのもあり、悪い人ではない、という言葉は信用に足りたのだろう。
大局的に見えてはいないのだろうが、何となくだが最善手を取ろうと奔走しているのは分かる。
(だが甘い)
証拠は揃っているので、アインズビルの名を借り糾弾し、断罪すれば良かったのだ。
アインズビル領の証の首飾りをしているのだから。
それならカルムクライン親族のみ連座で済む。
愛する領地だからこそ、血判証明をつくるほどなら、無関係の平民は巻き込まず、親族のみの連座で済ますべきだった。
アブストールとも接触したのだから、アブストール達アラウィリアの力を借りるなりすればいいのだ。
無理ならムナグレークがアラウィリア領主子息と分かった時点でそれも交渉材料にして、アブストール達の助力をもぎとればいい。
だが、そうしなかった。
(それはそれで面白い)
平民にも今回の粛清に関わっている者がいると少しでも疑念を抱いているのだろう。
ならば、全て炙り出せる血判証明は実に有効だろう。
(甘いが非情だ。実に骨の折れる作業だが)
恐らく、グレイザックは彼女自身が証拠を揃え、断罪するのを想定しているはずだ。
ムナグレークを向かわせ、アブストールが来るのを予想し、アラウィリアの助力で断罪する。
3日内に証拠を揃え捕縛し、4日目に迎えに来たグレイザックにカルムクライン一族を引き渡す。
それが、彼の想定だろう。
(面白い)
ムナグレークは唇の端を上げた。
何の関係もない平民たちをリディオノーレは巻き込むわけがないと考えているグレイザック。
それに対し、少しでも怪しい奴は平民関わらず引き渡し、炙り出すつもりのリディオノーレ。
グレイザックは誰か有望な者を領主に据えるつもりかもしれない。
グレイザックの思い通りにできる領主がいれば、さぞ交易もやりやすくなるだろう。
カルムクラインは交易が盛んな領だから。
それもひとつの手として置いてあるだろう。
グレイザックは彼女が一族以外を捕縛出来ないと踏んでいる。
その代わり、グレイザックが問答無用で捕縛し、炙り出すつもりなんだろう。
だから、彼女は無関係の者の命が散る、と言った。
ならば、助けるためには血判証明が必要と思い用意した。
甘いと言えば甘いし、冷徹と言えば冷徹だ。
グレイザックがしそうなことを予測している。
だが、結末は2人共同じなのだろう。
カルムクラインを消すつもりでいる。
そのように動いている。
一族だけの連座なら誰か後釜を据えればいいが、領民も含めて断罪の予定ならばカルムクラインはなくなるだろう。
そう思えば、リディオノーレも非情だ。
それに向けて動いている。
あともしかしたら、グレイザックを悪者にしたくないのもあるかもしれない。
領民連座などすれば、グレイザックは完全に悪者だ。
汚れ仕事をさせないようにしているのかもしれない。
(本当にそうなら面白い)
お互いに汚い仕事を引き受けようとしているのだ。
並の信頼関係ではないのかもしれない。
ムナグレークは天馬で空を駆けながら、にやりと笑った。




