速攻帰還
そこから5回はリディオノーレは地面に膝をついた。
腕を持たれて背中から思い切り投げられたり、足払いをかけられ尻餅をついたり、お腹に拳を捻り込まれたり、背中に肘鉄を食らったりとアンは容赦なかった。
「はぁっ。くそっ」
リディオノーレは体をはたいて立ち上がる。
「今日はここまでにしましょう」
アンは言った。
「………どうでしたか」
リディオノーレは息を整えながら尋ねた。
「そうですね。まずは体力をつけましょう」
アンは少し笑いながら告げた。
「頑張ります。ありがとうございました」
リディオノーレは頭を下げて、訓練場を去っていこうとする。
「今日はきちんと休んで下さいね。回復もかけて下さい」
アンはリディオノーレの背中に声をかけた。
「はーい!」
リディオノーレは手を振って答えた。
リディオノーレを見送りながら、アンとレンは顔を見合わせた。
「気配察知の訓練をしているおかげか、危機察知能力が高いな」
レンが言う。
速度は全くアンに追いついていないのだが、よく避けていた。
初撃は避けれるが、ニ撃目は体が追いつかず食らっていた感じである。
「木剣が邪魔だと思ってすぐさま捨てたのも英断すぎる」
アンも言う。
使い慣れていない武器は邪魔にすぎない。
「スティルナーデ様より強くなるかもしれない」
アンは呟いた。
与えられた部屋に戻ったリディオノーレは、ケネスとディールとバルデミアンに一度謝る。
「すいません。疲れました。ご飯もいりません。グレイザック様のとこ行かせてください」
リディオノーレはそれだけ言うと、そそくさと転移陣に魔力を流し、転移した。
彼らが何かを言う暇などない早業だった。
「え、ちょ、え?」
バルデミアンは困惑した。
「こいつは…」
ケネスは転移陣を見つめて呆れ果てている。
「夕食もよばれないとならんのに自由な奴だ」
ケネスはため息をつく。
「バルデミアン、説明は頼んだ」
ケネスもバルデミアンに丸投げした。
アインズビルは夕食前ということもあり、グレイザックはまだ自室に戻っていなかった。
転移したリディオノーレは執務室に走る。
アンとの訓練で疲れていた足が何回かカクッとなったりもしたが、執務室まで駆け抜けた。
扉も叩かず開け放ち、グレイザックの姿を見て叫ぶ。
「グレイザック様っ!!!」
リディオノーレが机も飛び越えようと跳躍の態勢に入ったのを見た、部屋にいたサムエルとムナグレークが慌てて彼女の体を押さえた。
「っ!!!」
「待て待て待て待て。落ち着け落ち着け。ゆっくり歩いて来い」
グレイザックは彼女の登場に驚きながらも手招きする。
サムエルとムナグレークも彼女の早い時間の帰りにかなり驚いたが、何も言わずに椅子を1脚、彼女に差し出した。
「何があった」
グレイザックは彼女の姿を見て、目を鋭くする。
「ぼろぼろじゃないか。誰にやられた」
あちこちに土はついているし、髪の毛もボサボサだ。
グレイザックの表情が怖くなる。
「疲れました。グレイザック様の顔見て落ち着きたくて帰ってきました」
リディオノーレはへら、と笑うと椅子を彼の隣に置いて腰を下ろす。
「疲れたなら寝てろ」
グレイザックは眉間に皺を寄せ、彼女の額を弾く。
「寝るか執務するか、どっちか選べ」
「執務します」
グレイザックは少し端に寄ると、彼女が執務出来る場所を机上につくる。
「ほら」
グレイザックは筆を渡す。
リディオノーレはそれを受け取ると、彼の隣で執務を始めた。
黙々とやり始めるリディオノーレに、サムエルとムナグレークは苦笑しながら自分の執務を再開した。
リディオノーレが早く帰ってきたことに誰も言及することもなく、執務をする。
10分20分経って、グレイザックは隣の彼女を見てため息をついた。
頬杖をついて、うつらうつらしているではないか。
サムエルとムナグレークも呆れ顔である。
「………お先に戻っても構いませんよ?」
サムエルはグレイザックに進言する。
「いや、構わん。何か掛ける物だけくれ」
グレイザックはサムエルにそう命じ、彼女に薄い布団をかけてあげると執務を続けた。
夕の鐘が鳴り食事が運ばれてくると、グレイザックはやっとリディオノーレを起こした。
「リディ、ご飯だ。食べれるか」
最後はグレイザックの肩にもたれかかりながら寝ていたリディオノーレを起こすグレイザック。
「……ん」
リディオノーレは目をこする。
ずれ落ちていた眼鏡をかけ直す。
「ご飯は食べれそうか?」
グレイザックが尋ねる。
「………食べるより休みたいです」
リディオノーレはそう答えた。
体が疲れているのがよく分かる。
何も考えたくない。
「………あ、すいません。仕事途中でした」
リディオノーレは目をこすり、欠伸をすると筆をとる。
「良い。疲れているのは分かっている。食事もいらんのか」
筆を取り上げ、グレイザックはリディオノーレの額に手を当てる。
「熱はないな」
「少しでも食べた方が良いのでは?」
サムエルが言う。
「何があったのですか」
食事の準備を終えたムナグレークも尋ねる。
「……稽古をつけてもらっていたのです」
リディオノーレは答えた。
「あちらでも訓練しているのですね。感心です」
サムエルは微笑む。
「何の稽古だ」
グレイザックはそう尋ねて杖を抜く。
魔法陣を描いていく。
「接近戦です」
リディオノーレは答えた。
「ほぉ」
サムエルが目を見張る。
「……誰とやり合った」
グレイザックは魔法陣を描き終え、呪文を唱える。
回復の魔法陣だった。
リディオノーレはお礼を言う。
「影の騎士団の人です」
「ほぉ」
今度はムナグレークが目を見張った。
「誰ですか」
ムナグレークは尋ねた。
「アンとレンです」
「接近戦が得意な2人ですね」
ムナグレークはグレイザックに告げる。
「何でまた」
グレイザックはそう言って鼻を押さえておけよ、と言う。
洗浄魔法をリディオノーレにかける。
「ぷはっ。魔法ありがとうございます。今やってる訓練に付き合って欲しいと言ったら快く」
「…………お前、一体アラウィリアで何してるんだ」
グレイザックは眉間に皺を寄せながら怖い目で尋ねる。
「淑女教育と訓練ですよ。もう体がくたくたで……。慣れないことはしんどいです」
リディオノーレは椅子に思い切りもたれかかって伸びをする。
少し体が軽くなった。
「ちょっとは食べれそうか?」
グレイザックは再び尋ねた。
「回復をかけてもらったおかげで食欲が少し出ました」
リディオノーレは答える。
「ならば食べておけ。で、早く寝ろ」
グレイザックは彼女の額を弾いた。
その頃、アラウィリアではアブストール夫妻が呆れ返っていた。
「何?もう帰ったの?あの子は」
バルデミアンから詳細を聞き、グレティアーナは息を吐く。
「申し訳ありません」
バルデミアンは頭を下げる。
「まあいいわ」
「これで恋仲じゃないと否定してるのが馬鹿馬鹿しい」
アブストールは食事にありつきながら言った。
「それは我も同感だ」
ケネスが同意する。
「なら、何としてでも2人を離してはいけないわね」
グレティアーナは呟いた。
その言葉に全員が静まり返ったのだった。




