魔法陣の実験 2
寝る前に泣いてしまったので、少し目が腫れぼったい。
翌朝、目を覚ましたリディオノーレは伸びをしながら起き上がる。
まだ日がのぼったところだろう。
「ああ、起きたか」
グレイザックは飲み物を飲みながら彼女に声をかける。
「長椅子ありがとうございました。グレイザック様は寝れましたか?」
「ああ、心配するな」
グレイザックはそれだけ答える。
「遅めの朝食を頼んである。それまでなら何してもいいぞ」
そのグレイザックの言葉にリディオノーレは眠気が吹き飛んだ。
「鍵ください!すぐに素材取ってきます!」
「……リンデロンは使うなよ。とりあえず素材が1つしかないものは使わないように」
グレイザックは呆れ口調で鍵を渡した。
「はい!ありがとうございます!!」
リディオノーレは満面の笑みで礼を言うと、部屋を飛び出した。
彼女はすぐさま素材を引っ掴み、全速力で部屋に戻る。
「はあ、はあ、はあ、ありがとうございました」
息切れしながら鍵を返す。
「調合器具、貸してください」
「いいぞ」
許可が出たので、早速準備をし、調合を始めようとして、はた、と気付いた。
「ま、混ぜるものがありません……」
絶望するリディオノーレ。
調合するとき、グレイザックは杖で混ぜていた。
昨日全ての杖を割ってしまったので、混ぜる物がない。
「……貸してやろう。これからは調合用に一本は残しておけ」
グレイザックは呆れながら、自身の杖を渡す。
「……いいんですか?」
金色魔石が光るグレイザックの杖。
普通は他人に杖を渡さない。
「……必要なら仕方ないだろう?」
「……割れたり、しないですよね?」
その質問にグレイザックは唇の端を上げる。
「俺よりお前の方が魔力が上だと?」
「…な、わけないですよね!」
リディオノーレは安堵し、杖を受け取った。
グレイザックの杖で鍋を混ぜる。
ぐるぐるぐるぐるとしながら、リディオノーレは声をかけた。
「昨日使っていた杖よりすごい使いやすいです」
その言葉にグレイザックは少し片眉を上げた。
「それはよかった。ほら集中しろよ」
グレイザックはさらりと流し、彼女の調合の様子を見る。
一度見ただけできちんと覚えていて、魔力の流し方もきちんと出来ている。
そしてどうやら、グレイザックの杖と相性がいいようだ。魔力が流しやすいのだろう。
グレイザックは注視する。
「で、できました!!!」
彼女は破顔しながら杖を見せにくる。
小さい子どもが褒めてほしくてやってくるさまに似ていて、グレイザックは少し笑った。
「よくやった」
グレイザックはそう褒めた。
その言葉にリディオノーレはすごい嬉しそうな顔をする。
「まだまだつくります!」
彼女は意気込み、サムエルが訪れるまで3本つくることができた。
「……朝から何やってるんですか…」
部屋に来た瞬間、サムエルは呆れた声を出した。
呆れながらも朝食を準備してくれ、食事を終えると3人で執務に励む。
あっという間に時間も過ぎ、夕食も食べたら湯浴みもして研究の時間だ。
研究をしたいがため、リディオノーレの仕事の速度が格段に上がった。
そのやる気を折らないよう、グレイザックとサムエルは苦笑しながら彼女の仕事ぶりを見ていたのであった。
「じゃあ、やりますね」
リディオノーレの嬉しそうな顔にグレイザックは苦笑しながら、ひらひらと手を振る。
「好きにしろ」
今日もグレイザックはサムエルとお茶をする。
「付き合わせて悪いな」
「いいえ、大丈夫です。グレイザック様こそ大丈夫ですか?」
「ああ。学生時代に比べれば、何てことない」
グレイザックは茶菓子をつまむ。
今日のリディオノーレは、魔法陣の構成を変更しても発動するかどうかの実験らしい。
転移に必要な記号や文字を簡略化したり、省いたり、似たような内容の違う記号に変更してみたりいろいろ試している。
「ふむ…」
グレイザックは興味深く見ている。
とりあえず図書室の本を見て、簡略できる記号や文字をさがし、まずはそれに置き換えることにしたようだ。
「………やるな」
グレイザックは唇の端を上げて呟いた。
サムエルは正直分かっていない。
転移の魔法陣は転移の魔法陣として習っているし、その通り覚えるものだ。
複雑と分かっているからこそ、紙に既に描いた物を用意することにより発動を短縮できている。
それで充分なのだ。
「グレイザック様も基本、紙に描いてあるやつを使っていますよね?」
サムエルは尋ねる。
「まあな。用意してあるからそれを使っているだけだ。用意が無ければ、俺は簡略の転移魔法陣を描く」
そんなことをさらりと言うが、普通は出来ない。
「研究、実験が好きでずっとしていたのは見ていましたが、グレイザック様はあまり語らないでしょう?自分で書き留めて自分で納得して終わりますから。一応授業に沿った内容でやっていたでしょう?」
「まあな。先生たちから目を付けられるのは困るからな。しかもムナグレークが悪目立ちしてたから、親友とされていた俺はそれだけで充分とばっちりだった」
グレイザックは思い出を語る。
少し苦々しい顔をしているが。
「あー…、惜しい」
リディオノーレを注視しながら、グレイザックは呟いた。
簡略化した記号と文字で魔法陣を描いているリディオノーレ。
紙を転移させようとして、魔法陣を発動させる。
端っこを少しだけ残し、ほぼほぼが転移した。
彼女は目を輝かせ、完全に転移するにはあと何が足らないかを考える。
そんな彼女を見て、グレイザックは腕組みをして意地悪そうな笑顔をしていた。
(これはこれは上機嫌だ…)
サムエルは内心呟き、茶菓子を1つ口にする。
実験している彼女を横目に見ていると、
「あーーー!!!できたっ!!できたっ!!!!!」と、大声を上げた。
「うるさいぞ」
グレイザックは注意するが、意地悪く笑っている。
「できました!あー!書くものと紙をください!今の書いとかないと!」
リディオノーレは興奮がおさまらない。
「ほら、落ち着け」
グレイザック達の机に近づいてきたので、彼は彼女の口に茶菓子を放り込んだ。
「ん、美味しいですね、これ」
リディオノーレはもぐもぐしながら感想を述べる。
「ほら、これに書いておけ。とりあえず今日はそれで終いだ。杖がなくなるぞ」
今日つくった杖が、もうあと一本しか残っていない。
「これ、見てください!この魔法陣の方が大分簡単になります!誰かこれ発表してください!」
簡略化した魔法陣をぱぱっと紙に描くと、グレイザックに見せるリディオノーレ。
「よくやった」
彼は本日2度目の褒め言葉を漏らす。
その言葉に彼女はへにゃ、と顔を崩す。
ものすごい嬉しそうだ。
「この魔法陣、学院で教授たちに売ってみろ。高く売れるぞ」
グレイザックは唇の端を上げる。
「一部を除いて、皆頭が固いからな。もしかしたら手柄を取られるかもしれんが、金稼ぎにはもってこいだぞ」
「…………経験談ですか?」
リディオノーレは恐る恐る尋ねてみた。
「勿論。金は自分で稼ぐものだからな。貰えるときに貰っておくのをオススメする」
とても意地悪い顔をしているグレイザック。
「グレイザック様、あまりおすすめできることではありません」
こほん、とサムエルは咳払いをした。
「ああ、悪い。まあ、今日はよくやった。2日目でここまで簡略できると思ってなかったから予想外だ」
グレイザックはどこか嬉しそうだ。
「ちなみに、もう少しだけ簡単にできる」
その言葉にリディオノーレは目を見開いて瞬く。
「記号や文字の簡略化に目をつけたのはとても筋がいい。あとは、どれを省けるか色々試してみろ」
「!!!はい!!!」
彼女が意気込む。
「意気込みは良いのですが、もう寝る時間です。今日は睡眠の魔法がいりますか?」
サムエルは口を挟む。
「今日もやってくれ」
彼女が答える前にグレイザックが答えた。
そして今日も彼女はサムエルの呪文で眠りにつく。
寝たのを確認すると、サムエルは布団をかけて部屋を後にした。
サムエルの気配がなくなったあと、グレイザックは彼女が簡略化した魔法陣が描いてある紙に視線を落とした。
すごく筋がいい。
柔軟な発想ができるのはとてもいいことだ。
どれだけ失敗しても諦めずに研究、実験を続けるのは素晴らしい。
正直短期間でここまで辿り着けると思ってなかったので、感心した。
自分の資料を読み漁りながら実験するものだと思っていたので、自力でここまで出来る彼女に思わず微笑んでしまう。
これは将来有望だが、グレイザックと違い、嬉々として学院で自分の研究を発表しそうである。
何故その複雑な魔法陣を使うのか、と教授たちに抗議しそうである。
先のことも気になるが、直近の問題はこのままだと杖の素材がなくなる。
これは、素材収集に行かないといけないかもしれない。
「はぁ……」
先が思いやられ、グレイザックはため息をついた。




