魔法陣の実験
「……グレイザック様と同室なのを我慢できるほど、研究がしたいのですか……」
サムエルはもう呆れ返っている。
「リディ、あなたは女性ですよ?」
「でも研究できるの杖を持ってる今しかないですよ?」
リディオノーレは首を傾げる。
きょとん、とした顔をするものだから、サムエルはため息をついてしまった。
「……許可をもらったのなら仕方ありませんね」
サムエルは頭を押さえながら息を吐いた。
「まさか承諾すると思ってなかったんだ」
グレイザックも頭を抱えている。
「それはもうグレイザック様の読み間違いということで、諦めてください。あなたがついているんで、徹夜になったりとか食事を忘れたりすることはないと思いますが……」
研究に没頭するグレイザックに徹夜にならないよう声をかけ、食事を持って行っていた自分が懐かしいな、とサムエルは思い出す。
「まあ少しは、私の気持ちが分かるのでは?」
サムエルはにやりとグレイザックに笑いかけた。
「……っ」
グレイザックは苦々しい顔をする。
「グレイザック様も一緒になって研究しないように」
サムエルは釘を刺す。
「分かってる。リディの面倒で大変になるからな。そんな余裕ないだろう」
グレイザックもため息をつく。
「私も出来るだけ付き合いますから」
そのサムエルの言葉にグレイザックは目を少し瞬いた。
「非常に助かる。サムエルは優しいな」
その言葉にサムエルの方が目を瞬く。
「……私はグレイザック様がそこまで丸くなったことの方が驚きですよ…」
サムエルは苦笑しながら呟くと、さあ仕事しましょう!と声をかけた。
3人は黙々と仕事を始め、公開授業にすることを本館に連絡し、夕食後は早々に湯浴みすると、3人でグレイザックの部屋にこもる。
リディオノーレは図書室で魔法陣の本を数冊借りてきていて、グレイザックにつくってもらった杖を持ち、嬉々として研究を始めた。
「俺の資料を参考にしないのか?」
グレイザックは彼女が集中してしまう前に声をかけた。
「???」
リディオノーレはきょとんとして、彼を見つめる。
グレイザックも思わず首を傾げてしまう。
「全くグレイザック様と同じ研究しても面白くないじゃないですか。それにグレイザック様の資料はほぼ〝答え″みたいなものでしょう?見てないから本当のことは分からないですが。だから、グレイザック様の資料を見るのは行き詰まったときか成功したときです」
リディオノーレは当たり前でしょう?と微笑んだ。
その言葉にグレイザックもサムエルも苦笑いだ。
「時間になったら途中で頬をつねってでもやめさせるからな」
「はーい!」
彼女は嬉しそうに返事した。
グレイザックとサムエルは唯一の机で飲み物を飲んでいた。
椅子が足らないので、一脚執務室から運び済みである。
2人は研究に嬉々として挑むリディオノーレを見ながら話をする。
「……お、描けるようになったみたいだな」
グレイザックは飲み物をすすりながらそう呟く。
転移の魔法陣を描くのに3回失敗し、4回目で完成。
本を転移させることに成功した。
リディオノーレがすごく目を輝かせている。
その間に一本、杖を割っている。
転移に成功すると今度は、図書室から借りてきた本で何やらさがしている。
「……何をするんでしょうか」
サムエルは疑問を口にする。
魔法陣を描けるようになったのだから、あとは何をすることがあるのか。
「……俺なら省略できないか考える」
グレイザックは苦々しそうに呟く。
自分も試したことがある顔だ。
「なるほど。常人には発想できないことですね」
サムエルは苦笑する。
「だが、習ってもいないのにたどり着けるのか」
茶菓子を口に放り込みながら、グレイザックは彼女を注視する。
転移で重要なのはこの記号……、などとリディオノーレは呟いている。
まず、転移の魔法陣の構成を調べているようだ。
「杖がもたんかもな……」
グレイザックは腕組みしながら息を吐く。
リディオノーレは魔法陣の構成を調べて、ここをなくすとどうなるのか、などと試し始めた。
色々試すが全て失敗に終わり、杖が全て崩壊した。
「…………」
リディオノーレは絶望した顔でグレイザックを見つめてきた。
「………はぁ」
グレイザックはため息をつき、彼女の元に向かう。
「今日はもう終いだ」
グレイザックはしゃがみこみ、崩壊した杖を集め始める。
「杖が…杖が…っ。……っ」
リディオノーレは涙ぐみ、嗚咽を漏らす。
グレイザックはぎょっとし、軽く頭をはたく。
「馬鹿か、お前は。なくなったらどうすればいいんだ?」
「…………」
リディオノーレは無言。ぐす、と鼻をすする。
「ほら、落ち着け」
グレイザックは服から飴を取り出して、彼女の口に放り込んだ。
「……で?」
グレイザックは杖を集め終わり、もう一度尋ねる。
「………なくなったなら、つくります」
リディオノーレは涙を拭い、まっすぐ見つめてそう言った。
その言葉にグレイザックは意地悪い顔を見せる。
「素材庫の鍵、調合器具等貸してやろう。使うときは必ず声をかけるように」
グレイザックはそれだけ言うと立ち上がる。
「さあ、もう寝るぞ」
図書室の本も全て回収するグレイザック。
「あ、本」
彼女は手を伸ばすが、軽くはたかれた。
「駄目だ。読むのに夢中になって寝ないだろう。いいからそこの長椅子で寝ろ」
グレイザックはあごで長椅子を指す。
「私がここで寝るとグレイザック様の寝る場所がありません」
「俺はどうとでも出来る。とりあえず、お前が寝たのを確認しないと俺は寝れない。だから寝ろ」
「そんな急に言われても寝れませんよ…」
リディオノーレは素直に長椅子に横になるが抗議する。
「ふむ。サムエル、強制睡眠を頼む」
グレイザックは片付けがあるのでサムエルに依頼する。
サムエルは杖を取り出して睡眠の呪文を唱えた。
「……あれ…」
グレイザックの呪文と違う…、と彼女が思ったときには、夢の中だった。
寝たのを確認し、やっとグレイザックとサムエルは安堵する。
もう消灯の鐘が過ぎていたし、何なら夜更けなのだ。
「グレイザック様はどこで?」
サムエルは寝る場所を尋ねる。
「椅子を2つ並べれば寝れるだろう。あぁ、明日は朝食もここで3人で摂ろう。遅めの朝食で頼む」
グレイザックは欠伸をしながら、サムエルに頼む。
「かしこまりました。ゆっくりお休み下さい。グレイザック様もお風邪をひきませんように」
サムエルはそれだけ言うと部屋を後にした。
グレイザックはリディオノーレに布団をきちんとかけ直してやると、自身も椅子の簡易寝台で眠りについた。




