転移の魔法陣
翌日。
嬉々としてグレイザックの執務室に向かう。
昨日は杖の調合で時間がなくなったが、今日は魔法陣のことを教えてもらえるのだ。
うきうき感がダダ漏れでグレイザックに変な目を向けられ、リディオノーレは少ししょんぼりした。
だが、負けじとやる気があるのを見せる。
正直鬱陶しい、とグレイザックは思ったが口には出さないでおいた。
「……サムエル、俺が1人でどうにか出来ると思うか?」
グレイザックの顔が困惑の表情をする。
サムエルはリディオノーレを見たのち、グレイザックに微笑む。
「私には分かりかねます。弟子のことは師匠が1番よくご存知では?」
サムエルは微笑んで彼の質問とは別の答えを返した。
その答えにグレイザックは頭を抱える。
「私も行ってもよいですが、当面グレイザック様が休むことを考えると少しでも仕事を減らしておいた方がいいですよね?リディ」
サムエルはリディオノーレに微笑む。
その言葉に彼女はこくこく、と頷く。
「そんな優しいサムエル様が大好きです」
リディオノーレはとても嬉しそうに答える。
「ということで、私は仕事をしておきますので、もし誰か必要ならムナグレークで良いのでは?」
「……どうせ外でする予定だったからムナグレークに頼むことにする」
グレイザックはサムエルの同行を諦め、荷物をもって立ち上がる。
「持ちます!」
リディオノーレは手を出すが、ぺち、と叩かれた。
「色々検分しそうだから持たせられん」
グレイザックは苦々しい顔で答えた。
確かに、杖をちょっと振ってみたいな、とは思った。
リディオノーレは少し頬を膨らます。
2人で少しやいのやいの言いながらムナグレークの元に向かった。
庭の端に行き、あまり誰にも見つからないような場所で3人はしゃがみこむ。
「まず、何の魔法陣を知っている?」
グレイザックは尋ねる。
「んー…、よく見るのは転移の魔法陣ですかね。物を移動させているのを見たことがあります」
手紙や書簡などをサムエルやグレイザックが転移させているのを見たことがある。
「転移の魔法陣は簡単に使っているが、実は複雑なんだ。だから使う可能性があるときは、既にその魔法陣が描かれている紙を複数持っている」
グレイザックはもう既に描かれている紙を出した。
「イチイチその場で描いていると時間がかかるだろう?だから時間があるときに用意しておくんだ。俺がやるから見ておけ」
その言葉にわくわくするリディオノーレ。
横にいるムナグレークも何だかわくわくしている。
グレイザックは少し2人から離れて杖を取り出す。
「楽しみですね!グレーク様」
彼女はムナグレークに話しかける。
ほぼ毎日のように午前中は天馬のことを教わっていたので、親密になり、お互い愛称で呼んでいる。
「私もグレイザック様の魔法は久しぶりに見るので、とても楽しみです」
ムナグレークが目をキラキラさせている。
グレイザックは2人の様子に少し引きつつ、魔法陣が描かれている紙を杖の先で押さえ、魔力を流し込む。
「光った!」
魔力が行き渡り、魔法陣が光って浮かび上がる。
紙に描かれている大きさだったやつが、紙からはみ出す大きさになって浮かび上がってきた。
グレイザックはそこに昨日つくった杖を乗せた。
「ディプレビール」
そう言いながら、杖で魔法陣を叩くと、乗せていたものと魔法陣が消えた。
数秒後、彼女の目の前に魔法陣が現れ、杖も出現した。
彼女は興奮で頬が上気する。
「グレーク様!来ました!来ましたよ!わぁぁぁ」
リディオノーレは本当に嬉しそうに杖を手にする。
グレイザックは離れたところから苦笑いしている。
「良かったですね、リディ。この杖を使って転移し返してみてはどうですか?転移する物はそこらへんの石ころでいいので、やってみましょう」
ムナグレークは微笑みながら、石ころを拾う。
「私も転移陣の紙を持ってますので、これを見ながら空中に描いてみてください」
「え?この紙に魔力を流すんじゃないんですか?」
さっきグレイザックはそうしていた。
「いつ何時使うか分かりませんし、用意している紙がなくなってしまう可能性もあります。ですので、魔法陣はきちんと描けるようになっておかないと使い物になりません」
ムナグレークがそうキッパリ言うので、リディオノーレはこくこくと頷く。
「分かりました。描き方を教えてください」
リディオノーレはグレイザックが転移させてくれた杖を手に取る。
ムナグレークが横で空中に描き始める。
彼女も見様見真似で杖を動かす。
すると、杖の先が光りながら、魔法陣が少しずつ出来ていく。
「ちょっと、複雑すぎませんか?」
リディオノーレは眉間に皺を寄せつつ、杖を動かす。
「そうなのです。よく使う魔法陣の割に複雑なんですよ。あ、そこ、少し違います。記号の向きが逆ですね。まあ、そのままやってみてください。失敗するはずですから」
ムナグレークの魔法陣は発動し、リディオノーレの魔法陣は石ころ半分だけ転移し、失敗した。
「……難しいです……」
リディオノーレは落胆する。
「最初ですからね」
ムナグレークは笑った。
「ああ、杖が割れそうですね。新しい杖をもらいましょうか」
ムナグレークは彼女の杖を取る。
「え?」
「ここです。ひび割れてきているでしょう?リディの魔力にこの魔石が耐えられない証拠なのです。あと1回くらいは使えるかもしれませんが」
ムナグレークは割れているところを指差す。
「これ、狼の魔石なんですがね。基準の魔石じゃ心許ないというわけですね。まあ、グレイザック様が色々考えてらっしゃると思いますから、私からは特に何も言いませんが」
ムナグレークはにこりと微笑む。
「お前、リディに教えるの上手いな」
グレイザックは少し感心して、近づいてきた。
「グレイザック様は言葉が足らないんですよ」
ムナグレークはくす、と笑い、リディオノーレに話しかける。
「リディ、魔法陣に関してはグレイザック様が世界一です。グレイザック様のお部屋で魔法陣の資料を見てくると良いですよ」
「いや、待て!無理だ!寝食忘れて没頭する未来が見える!」
グレイザックが慌てて止める。
「……でも、グレイザック様が改良した魔法陣が世界一だと私は思いますが?」
ムナグレークはグレイザックを見つめる。
リディオノーレはとてもキラキラした目でグレイザックを見つめている。
「……っ。一晩!一晩、即席の杖を数本貸してやる。転移陣の紙も一枚貸してやる。だから、研究してみろ」
グレイザックは自分の被害が少ないように提案した。
「一晩じゃ無理です!シャーリネーヴェ様との授業まで色々研究させてほしいです!授業が終れば、きちんと杖をお返ししますので!」
リディオノーレは、む!とした顔で抗議する。
「駄目だ!寝るのも忘れるだろう!ご飯も食べなくなるだろう!絶対そうなる!」
グレイザックも反論する。
「何で未来のことが分かるんですか!」
リディオノーレも頑張って反論する。
まあ、寝食忘れて没頭するのは彼女自身も分かっているが、折角研究できる機会なのにそれを手放すのは勿体なさすぎる。
「今までがそうだっただろう!これまでの行動を思い返せ!」
グレイザックの語気が強くなる。
「でも!譲れません!授業が終われば、絶対に返します!すぐに!絶対!」
「お前、まだ反論するか」
グレイザックのこめかみに青筋が浮かぶ。
リディオノーレは杖をぎゅ、と握りしめる。
「じゃあ条件がある」
グレイザックはまた人を殺しそうな目で睨む。
「何ですか」
彼女も頑張って睨み返す。
「公開授業まで俺と同室だ」
「っっっ!!!」
リディオノーレは目を見開く。それはもう盛大に。
ムナグレークは面白そうに様子を見ている。
グレイザックに反論するとは、なかなか度胸満点である。
「グ、グレイザック様の部屋には寝台がないので寝れません!」
「……反論するところはそこなのか」
グレイザックは呆れた顔をする。
「床でも椅子でも寝れるぞ」
「そんなの痛いですー!」
「俺が寝るから大丈夫だ」
「……余計に駄目ですっ!!!」
「じゃあ研究は諦めろ」
にやりと笑うグレイザック。
「研究したいなら俺と同室。同室が嫌なら研究を諦めろ」
「〜〜〜っっ」
リディオノーレは考え込む。
研究をしたい。
今機会を逃せば、いつ杖を使えるかわからない。
「同室でいいじゃないですか。研究資料も読み漁れますよ?グレイザック様の私室に入れるなんて羨ましい限りです」
ムナグレークは代われるものなら代わってほしい、と付け加える。
その言葉にグレイザックの顔が引き攣る。
「資料読めて研究も出来る。しかも同室ということは睡眠や食事の管理はグレイザック様がしてくれるということでしょう?なら、甘えておいたらどうですか?」
ムナグレークの後押しにグレイザックの顔がもっと引き攣る。
「い、異性だぞ?噂になったら、困るだろう」
グレイザックは反論する。
「え?噂になりますか?愛弟子だというのにこれだけ厳しくされているリディオノーレが、グレイザック様に恋慕していると思いますか?」
ムナグレークが首を傾げる。
「……っ。でも傍から見たらそうだろう?」
「そんな関係に見えることはないから大丈夫です。出来れば、その公開授業とやらに私も見学させてほしいです。授業をするのは聞き及んでいましたが、公開授業だとは知らなかったもので」
ムナグレークは微笑む。
公開なのだから、私が行っても大丈夫ですよね?と念押しするムナグレーク。
グレイザックの顔が引き攣る一方だ。
リディオノーレはこれ幸いにグレイザックに面と向かって言い放つ。
「研究がしたいので、グレイザック様と同室なの我慢します」
「っっ」
まさかリディオノーレが承諾すると思ってなかったので、グレイザックはとても後悔する羽目になった。




