アラウィリアでの教育の始まり
「本当に慌ただしいのですから……」
見送りにきていたサムエルは呆れている。
「すいません」
リディオノーレは苦笑いだ。
「一緒に行けなくてすいません」
フェルバールが謝った。
「そこは気にしないでくださいね」
リディオノーレがからりと笑う。
フェルバールは、ラルシャーク領主伯母の末娘と出掛ける予定が入っているらしい。
「進展があったらまた教えてください」
リディオノーレはフェルバールににやりと笑いかけた。
「ケネス様をまた借りますね」
リディオノーレはグレイザックに言う。
「好きに使え」
今回の同行者はケネスとバルデミアンとディールである。
天馬車の御者台にケネスとバルデミアンが座り、車内にディールが先に入り、リディオノーレは入る前に振り返る。
「気を付けろよ」
グレイザックは言う。
「はい」
リディオノーレは返事するが、乗り込まない。
「………あのなぁ」
グレイザックは呆れたように口を開いた。
「毎回今生の別れのようにせがんでくるが、すぐ帰ってくるだろう」
「寂しいんです!」
リディオノーレは唇を尖らせる。
「……はあ」
グレイザックはため息をついて、彼女に寄る。
額を弾くと頭に手を置いた。
「………少し伸びたか?」
グレイザックは目を瞬きながら尋ねた。
「ほんの少しだが、背が伸びてる気がする」
グレイザックは彼女の身長を目測する。
「本当ですか!?」
リディオノーレは嬉しくて思わず背伸びする。
「背伸びしてどうする。もっと食べて大きくなれ」
グレイザックはそう言って、彼女の頭を撫でた。
「……それだけですか」
リディオノーレは拗ねたように見上げて尋ねる。
「学院に帰るときにな」
グレイザックはまた額を弾いて、彼女の背中を押して馬車内に押し込んだ。
「無茶だけはするなよ」
「グレイザック様も。ちゃんと寝てくださいね」
相変わらず互いのことだけを心配する2人だった。
アラウィリアに昼頃に到着したリディオノーレ達。
ディールを見てアブストール夫妻が目を瞬いた。
「使役獣?か?」
アブストールが片眉を上げながら尋ねる。
「まだそうではないんですが、そんな感じです」
リディオノーレは答える。
「ゆくゆくはその狼がリディの使役獣になるのか?」
「ディールが私を選んでくれるのであれば」
リディオノーレは答えた。
ディールは彼女の足に擦り寄る。
「………使役獣は学院の授業で契約してくるのだがな。どこで見つけたんだ?」
アブストールは少し呆れながら尋ねる。
規格外なのは重々承知なので、今更何を言ってももう遅い。
「ドロゴルミットです」
「は!?」
アブストールは聞き返す。
「は!?」
そしてもう一度聞き返す。
「………もしかして、旅に出てたのはそれか?使役獣をさがしに?」
「それが目的ではありません。この子はたまたま成り行きで」
リディオノーレは答える。
「成り行きで狼がついてきたりしないわよ」
グレティアーナは呆れながら突っ込むと、「まあいいわ。いらっしゃい」と案内してくれた。
案内してくれたのはアブストールの部屋だった。
バルデミアンとケネスが部屋の中で護衛につく。
ディールはリディオノーレの足下にずっと控えている。
部屋の中には知らない人物が2人いた。
1人は女性で1人は男性である。
「影の騎士団所属、アンとレンだ」
アブストールが紹介した。
「アンです。呼び捨てで構いません」
アンと呼ばれた女性が頭を少し下げた。
「レンです。同じく呼び捨てで結構です」
レンという男性がまっすぐリディオノーレを見つめる。
値踏みしているかのような目つきだった。
「リディオノーレといいます。よろしくお願いします」
リディオノーレもレンに向かってまっすぐ見つめ返した。
少しの間見つめ合った後、レンが先に目を伏せた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。リディオノーレ様」
レンはそう答えた。
紹介を終えた所で、リディオノーレはやっと腰を下ろした。
「この2人が護衛と監視役だ。対人戦や接近戦などの肉弾戦向きの2人だ」
アブストールが説明する。
「まあ、グレイザックのお守りがあるから問題ないかとは思うが、何があるか分からんからな」
「ありがとうございます」
リディオノーレはアブストールに頭を下げた。
「日程は明日で間違いないわね?」
グレティアーナが尋ねる。
「はい」
明日再びラルシャークに行き、子息立ち会いのもと紹介してもらう予定である。
「付け焼き刃になるけれど、対応の練習をするわよ」
「………え?」
リディオノーレの顔が引き攣る。
「平民が相手だから、今まで通りの感じでは駄目よ。必ず、側近を通して発言しないといけないから、その練習をしないとね」
グレティアーナは微笑み、リディオノーレの特訓が始まった。
夕食後、リディオノーレはへとへとになっていた。
ディールに運んでもらって、与えられた部屋に戻る。
アンとレンは廊下で護衛につき、ケネスとディールはリディオノーレと共に部屋に入る。
「すいません。帰ってもいいですか」
リディオノーレは部屋の床に魔法陣を描きながら2人に言う。
ディールは頷き、ケネスは苦笑する。
「まだこの時間なら執務してるかもしれないぞ」
「そうでしょうけれど、自分の寝台で寝たいです」
リディオノーレはそう言って、転移陣を発動させた。
グレイザックの部屋に戻ると、予想通り誰もいなかった。
リディオノーレはそそくさと自分の部屋に戻り、1番近くにあるグレイザックの長椅子に横になり、そのまま寝落ちしたのだった。
彼女が目覚めたのは、明け方だった。
「ん……」
リディオノーレは目をこする。
起き上がって眼鏡をかけると、グレイザックが彼女の寝台で寝ていた。
明け方ということもあり、リディオノーレはそろりと長椅子からおりる。
グレイザックを起こさないように静かに動く。
「何してる。まだ早いだろ」
転移陣に向かおうとしているリディオノーレの背中にグレイザックが声をかけた。
「まだ陽も昇っていない。疲れてるんだからもう少し休んでいけ」
グレイザックがそう言って手招きする。
「起こしちゃいましたか」
リディオノーレは苦い顔をして、寝台に戻る。
「グレイザック様こそゆっくり休んでください」
リディオノーレは寝台に腰掛ける。
グレイザックも起き上がり、彼女の隣に座った。
「昨日の話をしてみろ」
グレイザックは片膝を立ててそこに頬杖をつき、口を開いた。
「昨日はですね…」
リディオノーレは語る。
座り方、姿勢、話し方、所作など、事細かいことを注意された。
姿勢を維持するのがすごくしんどく、維持したまま夕食を摂ったので、体が筋肉痛である。
平民に舐められないようにするため、本当に細かいことを叩き込まれたのだ。
「しんどいだろうが、覚えておいて損はない」
グレイザックは言う。
「知ってますぅ。慣れないことして、しんどくて」
リディオノーレは苦笑する。
姿勢など日頃気にしたことがないので、ずっと意識するのは疲れる。
「まあ頑張れ。……あ、ちょっと待ってろ」
グレイザックは何か思い出し、自室に行って何かを取ってすぐに帰ってきた。
「もし何か気に入るものがあれば買うといい」
グレイザックは金貨3枚を彼女に渡そうとする。
「え!?」
「商人と会うんだろう?もし、何か欲しいものがあれば買っていいぞ」
「貰えませんよ!」
リディオノーレは返す。
彼女の反応にグレイザックは片眉を上げた。
「駄目です。貰えません」
リディオノーレは断る。
「欲しい物は自分で買いますよ」
「……そうか」
「逆に何か欲しい物があるなら買ってきますよ?」
「女ものを扱っているんだろう?」
「全部が全部なことはないと思いますけどね。もし、ご希望があれば聞いておきますけど」
リディオノーレは見つめる。
「……何か揃いの物でいいのがあれば」
「了解しました」
リディオノーレは微笑んだ。




