帰寮申請
少し早めにグレイザックの自室に戻ったリディオノーレは、待ってくれていたグレイザックを見て相好を崩す。
ここ数日は、戻ると甘味とお茶が用意してあるので、2人で食べながら1日の報告をおこなうのだ。
今日の甘味はサクサクの生地を幾層にも重ね、乳脂と果物が挟んであるのがとても美味しい。
「ルーグアの種は難しいな」
執務の合間合間に色々研究しているらしいが、全然発芽しないらしい。
「私もその研究したいのですが、先にちょっとやることが出来ました」
リディオノーレのその発言に少し驚いた顔をしたグレイザック。
「何があった」
「フェルバール様が見合いをしたいと」
「!?」
グレイザックは飲んでいたお茶を少し吹いた。
「何だって?」
「お見合いです。お見合い」
「あ?」
「先方にお見合いをしたいと返事を出したいのですが、構いませんか?あと、私も行きたいです」
「誰を連れて行くんだ?フェルが見合いなら、あと2人連れて行けよ」
「バルデミアン様とケネス様を借りてもいいですか」
「分かった。日程が決まったら報告しろ」
「はい。あと、もうひとつ」
リディオノーレは収納魔法の革袋からラルシャークでの祭りのときに購入したマントを出した。
「遅くなってすいません」
リディオノーレはマントを渡す。
グレイザックは受け取ると、マントの内側を見た。
刺繍した魔法陣が2つ。
「こっちがあったかくなる魔法陣で、こっちが冷える魔法陣です。冷えると言ってもすっごい冷えるわけじゃなくて、涼しくなる程度ですが」
リディオノーレは説明する。
「………よくやった」
グレイザックはそう言って、彼女の傷だらけの手を取る。
「慣れないことは大変だったろ」
「でも、グレイザック様の為ですからね」
リディオノーレは手を引っ込める。
「刺繍もそうだが、魔法陣もよくやった」
グレイザックは褒める。
「大分魔法陣の構成が分かってきたんじゃないか」
「何となくですけどね」
リディオノーレは答える。
この温度の魔法陣は、彼女の自作である。
発動の確認もした。
「やるな」
グレイザックはにやりと笑った。
「少しは師匠に近付けてますか」
「当たり前だ。お前はよくやっている」
グレイザックはそう言って微笑んだ。
翌朝、リディオノーレはラルシャーク子息宛てに見合いの相手は自分の護衛騎士でいいか打診した手紙を出したのち、学院に戻った。
その夕方には子息から手紙が来て、3日後ではどうかと書かれていたので、それでお願いしますと返事しておいた。
「フェルバール様、3日後で決まりましたので、明後日には皆で正式に帰領しましょう」
「初めての正式申請だな」
ケネスが笑いながら突っ込んだ。
「うるさいですねー」
リディオノーレは唇を尖らせた。
帰領の正式申請を受けたアリウォーナは、眉間に皺を寄せる。
「今更正式に申請するとは、どういった風の吹き回しですか」
「何でそんな疑うんですか」
「そりゃそうでしょう。あの転移陣を発動させることが出来るのですから、いつでも帰れるでしょう」
「あれは内緒です」
リディオノーレは唇に人差し指を当てる。
「何日ほど帰領するのですか」
「ちょっとそこが分からなくて」
「そこはハッキリしてくれないと」
「じゃ、じゃあ1ヶ月で」
リディオノーレは言う。
「え!?帰りすぎでしょう!?」
アリウォーナが呆れ返る。
「何でですか」
「帰って何するんですか」
「まずはこちらのフェルバール様のお見合いに行ってから師匠と実験しつつ、師匠に休み取ってもらって執務を代わる予定です」
その答えにアリウォーナは目を瞬いた。
「執務を手伝うと?」
「勿論です。引き取ってもらったのですから、それくらいは手伝います」
「……グレイザックを休ませることが出来るほどの腕前ということ?」
アリウォーナは驚いていた。
「……?誰かが代わりをしないと師匠が休めないのであれば、私が頑張るしかないじゃないですか」
リディオノーレは首を傾げながら答えた。
その言葉に後ろに控えていたケネスが口を挟む。
「リディは、我が主の後釜だ。馬鹿にしてもらっては困る」
ケネスは言い放った。
アリウォーナはケネスを見つめたあと、リディオノーレをジッと見つめた。
「………グレイザックは何を考えているのですか」
「何を、ってそんなの分かると思いますか。グレイザック様が何処まで先を見据えているかなんて、まだ分かりません」
「………あの子は一体、どうするつもりで…」
「どうするつもり……って」
リディオノーレは思わずケネスを振り返る。
1番知っているのは彼だろう。
「リディは後釜だ。それ以上は話せんし、リディも知らん。直接聞いてみてはどうだ?」
ケネスはアリウォーナに言う。
「……教えてくれるわけがないでしょう」
「さあな」
ケネスは唇の端を上げて言い放つ。
「それより早く帰領許可の判を押せ」
「1ヶ月は帰りすぎです。なるべく早く帰ってきなさい」
アリウォーナはそう忠告して、許可を出してくれた。
彼女達3人が帰領準備を整えている頃、グレイザックの元にアラウィリア騎士団の紋章の封蝋が押された手紙が届いた。
ムナグレークから受け取ったグレイザックは、無言で中を見る。
「………まだ見つからないか」
それは捜し人の定期報告の手紙だった。
「ロームリュートの件、ですよね?」
ムナグレークは尋ねる。
「そうだ」
なかなか行方が分からない。
「これだけ捜して行方が掴めないのですから、もう………」
ムナグレークはそこで言葉を止める。
「……あいつはそんなタマではないはずだ」
グレイザックは唇を噛む。
ロームリュートがいるだけで、生きて帰れる可能性が出てくる。
「もう1つの伝手を使うしかないか……」
グレイザックは嫌そうな顔をして、息を吐いた。
「あまり、無茶はされませんように」
「分かっている」
グレイザックは薄く笑うと、手紙を燃やした。




