対応策
「入りますね」
サムエルが扉を叩き部屋に入ってきた。
夕食を持っている。
「本当に帰りが早いんですから」
サムエルはため息をつきながら、夕食を並べた。
驚いた様子もなく受け入れてくれる所が流石である。
「軽くフィリア殿から聞いていますが、災難でしたね」
サムエルが言った。
「フィリア……?」
リディオノーレは聞いたことのない名前に首を傾げた。
「ケネス殿の番の方の名前ですよ」
サムエルは答えた。
「そうなんですね。また紹介してくれますか?」
リディオノーレは隣に座っているグレイザックに尋ねた。
「ああ。また今度な」
グレイザックはそう答え、食事に手をつけた。
サムエルは2人が食事をしている間に、部屋の隅で執務を続ける。
「私が急遽帰ってきたせいで、お仕事が中途半端でしたよね!私も食事が終われば手伝います!」
リディオノーレは食事の速度を上げた。
「ならば、少しだけ手伝え」
グレイザックがそう言ったので、師弟2人はぱぱっと食事を済ますと執務をし始める。
執務をしながら、サムエルは口を開く。
「魔力を封じることが出来るようなものを用意しておかないといけませんね」
「魔力封じは知られざる術になるからおいそれと使えんし、魔力を吸う何かを用意しておくか」
グレイザックは考え込む。
「魔力吸収もあまり知られてないですよ。なかなか難しい問題ですね」
サムエルは苦笑いだ。
「バイルミングが居たから何とかなったが……」
グレイザックが頭を掻く。
「バイルミング先生は一体、どういう方なんですか」
リディオノーレは尋ねる。
彼女の威圧に負けることなくやってきて、バラバラになった腕輪を容易く直した腕は、目を見張るものがあった。
「………言いたかないが、一応俺の師匠にあたる」
その言葉にリディオノーレは目を瞬いた。
だから、頭を撫でられたり、額を弾かれたのがグレイザックにされたように感じたのか。
「………一応な」
グレイザックは重ねて言う。
「何の、ですか?」
リディオノーレは探るような目でグレイザックを見た。
そういう時の目は、リディオノーレは何となく察しているのだ。
「お前の想像通りだ」
グレイザックはそう答え、彼女の頭を撫でた。
「術に関しては、そいつに聞けばいい。調合に関しては、アリウォーナが1番だ」
「分かりました。師匠のことをいっぱい教えてくれますかね」
リディオノーレはにやりとする。
グレイザックは彼女の頭を軽く叩く。
「そこで終わらせていいから、早く寝ろ」
グレイザックは彼女の仕事を取り上げると、部屋に行くように促す。
「えええ」
「もうすぐ消灯の鐘も鳴る。先に寝ておけ」
「はーい」
リディオノーレが自室に向かってから、グレイザックはため息をつく。
「さて、どうしたものか」
グレイザックは頬杖をついてサムエルに話しかけた。
「側近たちに転移陣を持たせておいてはどうですか?魔力漏れした瞬間、発動させてもらいましょう。3人くらい居れば魔力足りるでしょう」
「それが一番良いか」
グレイザックは息をつく。
「困った奴だな」
言葉はそうだが、顔は呆れつつも何処か可愛いくて仕方ないような感じだった。
「グレイザック様ー!寝ましょうよぉ!」
リディオノーレは自室から声をかける。
「分かった分かった。すぐ行く」
「グレイザック様、お先にどうぞ。……一緒にいれる内に」
サムエルはそう言った。
「………」
グレイザックは無言で彼女の部屋に向かった。
翌朝、リディオノーレは転移陣に乗ってまた学院に戻った。
「……お姉様」
リディオノーレは早朝、またシャーリネーヴェの部屋に行った。
「…………はぁ」
シャーリネーヴェは寝巻きの上に上着を羽織ると、ため息をつきながら彼女を出迎えた。
「おいで、リディ」
シャーリネーヴェは腕を広げる。
「一緒にいられなくて悪かったわね」
リディオノーレの抱き締め、背中を撫でるシャーリネーヴェ。
「グレイザック様からの装飾品を壊されたのですって?それは威圧しちゃうわよね。あなたは一切悪くないことを主張しておいたわ」
「………ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「仕方ないわ。あなたの大事な物の1つだもの。もう大丈夫?」
「はい」
リディオノーレは返事する。
「ならいいわ。で、朝からどうしたの?」
「刺繍を教えて欲しくて」
リディオノーレは、他の生徒が起きるまでシャーリネーヴェに刺繍を教えてもらった。
皆が起きてくると、朝食を食べに一緒に食堂に向かう。
そこで、リディオノーレが元気な姿を見てケネスとフェルバールは安堵した。
「守れなくて悪かったな」
ケネスはリディオノーレの頭に手を置いて謝った。
「私こそ威圧してしまい、すいませんでした」
「昨日のは仕方ない。よく耐えていた方だろう」
ケネスは言った。
「グレイザック様から対応の仕方の手紙が届きました。これで何とかなるかと思います」
フェルバールも言った。
「そうなんですか。じゃあ、また威圧しても大丈夫ですね」
リディオノーレは安心する。
「いやいや、辞めて下さい。出来るだけ抑えて下さいよ」
フェルバールは冷や汗をかく。
「今日もまた図書室ですか?」
「いえ、今日はどこかで刺繍出来たらと思ってます」
「刺繍……ですか?」
フェルバールは少し驚く。
「早く仕上げたいので。そして、夜はティル。今日から猛勉強だからね」
「分かってるわよ」
スティルナーデは唇を尖らせた。
リディオノーレは宣言通り、日中は刺繍や図書室にこもったり実験をしたりして過ごし、夕食が終わればスティルナーデの勉強をみて、夜の点呼が終わればアインズビルに帰るという1日を過ごすことになる。
「これなら何とか過ごせそうか?」
寝台に座るグレイザックは、横で寝転ぶリディオノーレの髪を弄びながら尋ねた。
「はい」
もうこの生活を続けて早1週間は経っている。
「ちゃんと休めてるのか?しんどいなら無理はするなよ」
「それは、こっちの台詞ですけどね」
リディノーレはグレイザックの目の下を触った。
隈がほんのり出来ている。
「ルーグアの種はどんな様子なんですか」
「色んな方法で試しているが、どれも成功していない」
「そうなんですね。やっぱり難しいんですね」
「難しい方が燃えるだろ」
グレイザックは唇の端を上げた。
「確かに」
リディオノーレもにやりとする。
「脳筋妹の方が落ち着いたら、手伝ってくれたらいい。今はゆっくり休め」
グレイザックはそう言って、手の平で彼女の視界を覆う。
少しすると、規則的な寝息が聞こえてきた。
いつもより早い寝つきにグレイザックは息を吐く。
刺繍を頑張っているのか、両手は傷だらけだった。
グレイザックの為に健気に何でもやる姿に、彼は湧き出る感情に名前をつけないよう、ひたすら耐えるしかなかった。




