魔力漏れ
調合をさせられたリディオノーレは、もう夕の鐘が鳴ってしまったので、夕食を食べに食堂に向かった。
「リ、リディオノーレ様っ!」
男子生徒が緊張しながら声をかけてきた。
「ん?」
リディオノーレはくるりと振り返る。
「お、お帰りなさいませ」
「………?え、あ、はい」
リディオノーレは首を傾げながら答えた。
「リディオノーレ様!是非、私と友達に!!」
その男子生徒を皮切りに、様々な生徒が群がってきた。
「………」
リディオノーレは目を瞬きながら棒立ちである。
彼女と少しでも仲良くなろうという魂胆が見て分かる。
ケネスとフェルバールがこれ以上寄らせないようにリディオノーレを庇っているが、誰かがリディオノーレの腕輪を引っ張った。
彼女を怪我させる目的ではないので、防御の魔法は働かない。
腕輪の紐がぷち、と千切れた音が聞こえた。
途端、腕輪の石が音を立てて床に転がり落ちて行く。
ケネスとフェルバールは、血の気がさぁぁっと引いたのが自分で分かった。
「逃げろっ!!!」
ケネスが大声で叫んだ。
群がっていた生徒たちがびく!となった。
リディオノーレの魔力が一瞬にして漏れ始める。
「ぐっ」
生徒たちが後ずさった瞬間、ケネスはリディオノーレを担いで食堂を飛び出そうとしたが、弾かれた。
リディオノーレの髪の毛が漏れ出た魔力で翻る。
真紅の瞳がそこにいた者全員を睨みつけ、威圧をおこなった。
ほぼ無意識である。
「リディッ!!!」
ケネスは叫ぶ。
フェルバールは膝をついた。
この魔力漏れは今までで1番強いかもしれない。
ケネスも足に力を入れないと膝をついてしまうほどの威圧だった。
その場にいた生徒全員が今、膝をついているし、失神しているのも多数いる。
「っっ!!双子!!!」
丁度食堂に入ってこようとした双子を見つけたケネスは「入るな!先生を呼べっ!出来ればバイルミングを呼んでくれ!!!」と叫んだ。
どんどんリディオノーレの威圧が強くなってきている。
「リディ、落ち着け」
ケネスは止める。
動かせるのは口だけ。
「……っ、リディ…ッ」
ケネスは歯を食いしばりながら名前を呼ぶ。
このままだと威圧だけで人を殺しかねない。
ゆらり、とリディオノーレの漏れ出た魔力が揺れる。
視覚化できるほどの魔力漏れにケネスは焦る。
駆けてくる足音が聞こえ、双子がバイルミング教授を連れてきたのが分かった。
食堂に入った瞬間、双子が床に膝をつく。
バイルミングも少し表情を歪めたが、一歩一歩リディオノーレに近づく。
彼の銀色の髪が威圧を受けてチリチリと燻っているのが見て分かる。
「………っ。また魔力が上がったな」
バイルミングは眉間に皺を寄せた。
リディオノーレまで大股で3歩ほどの距離で止まる。
「何が、あった」
バイルミングは尋ねる。
リディオノーレは床に転がった腕輪の残骸に視線をやる。
「………グレイがつくったやつか?」
腕輪の石からグレイザックの魔力を感じる。
バイルミングは尋ねた。
リディオノーレは無言で頷く。
バイルミングは息を吐いて、前髪をかけあげた。
グレイザックに懐いているのは知っている。その彼から貰ったであろう腕輪を壊されたら怒るに決まっている。
「落ち着け。直せるから」
バイルミングのその言葉に、リディオノーレの魔力が少し引っ込んだ。
ほ、と息を吐くケネスとバイルミング。
ケネスはゆっくり彼女に近付く。
弾かれないか確認してからリディオノーレを抱き締め、背中を撫でる。
その間、バイルミングが床に転がった腕輪を拾い集め、修復しだす。
元通りになった腕輪を見て、リディオノーレの魔力が半分は引っ込んだ。
意識がある者が、はぁぁと全員息を吐いた。
フェルバールも体を起こす。
ケネスはゆっくりとリディオノーレの体を離した。
バイルミングは彼女に腕輪を渡すと、そのまま額を弾く。
「お前の威圧は人を殺しかねない。魔力も上がっている。グレイと並ぶほどの威圧だ。気を付けろ」
バイルミングは言う。
「…………」
リディオノーレは真紅の瞳でバイルミングをジッと見上げる。
「………」
バイルミングはため息をつくと、わしゃわしゃと彼女の頭を撫でた。
何故かグレイザックにされている気分だった。
先程の額を弾く行為といい、グレイザックを思い出す。
「後処理はやっておく」
バイルミングはそう言って、ここからすぐに立ち去れと指示する。
「すまない」
ケネスはそう言って、リディオノーレを担ぐ。
「双子、何か軽食を持ってきてくれ。庭に向かう」
ケネスは失神せずに耐えた双子にそう言って、食堂を出た。
ひと気のない庭に設置してある椅子にリディオノーレをおろすと、ケネスは盛大に息を吐いた。
「落ち着いたか?」
「………」
リディオノーレは少し頷いた。
「………でも、許してません」
リディオノーレは唇を噛む。
「帰ってきて早々にこれは………」
フェルバールはしゃがみこみ、彼女の顔を下から覗く。
魔力漏れはなくなったが、かなり怒っている様子である。
「………一旦帰るか?」
ケネスはため息をつきながら尋ねた。
漏れなくはなったが、いつ漏れてもおかしくない感じの揺らぎがある。
「完全に抑えられないなら、ここに居ない方がいい。どうする?」
ケネスは尋ねる。
「……怒りが収まれば、大丈夫です」
リディオノーレは全く怒りが収まっていない顔でそう告げた。
「リディーーーッ!!!」
スティルナーデが彼女の名前を呼びながら、庭を駆けてくる。
アングロードが軽食を手に後を追う。
「何があったの、リディ」
スティルナーデは彼女の隣に腰を下ろす。
「リディオノーレ様、食べれそうですか?」
アングロードが肉が挟んだパンを差し出す。
「……大丈夫ですか?」
アングロードは心配そうな顔で尋ねる。
「どうしたの、リディ。あいつらに何かされたの?何かされたなら、私がこてんぱんにしとくから言ってちょうだい」
スティルナーデが言う。
「もう充分こてんぱんにされてるから」
アングロードが小声で突っ込む。
「……何があったか聞いても?」
彼は恐る恐る尋ねる。
「大丈夫。とりあえずは、元通りになったし」
リディオノーレは苦笑しながら答えた。
「……本当に?」
「うん、とりあえずは」
リディオノーレは作り笑顔で答えた。
「だけど、今度同じことがあったら殺すかもしれない」
リディオノーレは冷ややかな声音で呟いた。
その一言で彼女の周囲の温度が急激に下がる。
ぶる、と双子が震えたのが分かった。
「………分かった、帰れ。また明日の朝、戻ってこい」
ケネスは頭を掻く。
この彼女の怒りはまだ冷めない。
寮まで戻る間に誰彼構わず威圧しそうである。
「双子の兄。紙と筆持ってるか」
ケネスの問いにアングロードが側近からそれを出してもらい、ケネスに渡す。
ケネスは素早く書き綴り、それをリディオノーレに渡す。
「その手紙を我が主に。魔法陣はこちらで消しておくから、今すぐに帰れ。お前の威圧は毒になる」
ケネスに言われ、リディオノーレは杖を取り出した。
地面に転移陣を描き、魔力を流す。
「ごめん、また明日」
リディオノーレは双子にそう言って、転移した。
彼女の姿が完全に消え、ケネスは転移陣を消去する。
「今見たことは内緒だぞ」
ケネスは双子にそう言った。
スティルナーデは何が何だか分からず、目を瞬いている。
アングロードは呆然としていた。
「今のは人の転移陣ですか」
アングロードは思わず問いかける。
「ああ」
ケネスは苦笑した。
「下級生ですよ、まだ。下級生で、転移陣が使えるのですか」
アングロードは驚愕していた。
持っていたパンは少し潰れていた。
「っ!」
グレイザックの自室に転移したリディオノーレは、また少し口を押さえた。
少し気持ち悪いが、昨晩よりはマシである。
持参していた回復薬をすぐさま飲むと、リディオノーレは立ち上がって部屋を見渡した。
そこには何と、グレイザックがいた。
「今日はお仕事早かったんですね」
リディオノーレは目を瞬きながらそう言った。
グレイザックは、はぁとため息をつく。
少し、魔力がまだ揺らいでいるのが見て分かったグレイザックはちょいちょいと手招きする。
リディオノーレは彼に近付いた。
彼の横に立ったリディオノーレは、腕を引っ張られて彼の膝の上に横向きに座らされた。
「!?」
ぎゅ、とお腹を抱き寄せられる。
少しの間無言で抱き締められると魔力が収まってきた。
「………」
グレイザックは魔力が安定したのが分かって、お腹にまわしていた手を離した。
「落ち着いたか?」
グレイザックは尋ねた。
「……聞いてくれますか?」
リディオノーレは口を開く。
「ケネスの番から軽くは聞いている。念話が届いているからな。ケネスから手紙も預かっているだろう?それを寄越せ」
リディオノーレは預かっていた手紙を渡す。
グレイザックはそれを読んで、息を吐いた。
「………よく殺さなかったな」
グレイザックはそう言って、彼女の背中を撫でた。
「そうでしょう!?あいつら、あたしのこの、グレイザック様から貰った腕輪を……っ!!」
リディオノーレは顔を歪ませる。
グレイザックは彼女の背中を撫でて、優しくあやす。
「こんなものいくらでもつくってやるし、気にするな」
「そんな簡単に割り切れませんよ。今度同じことがあったら、殺すかもしれません」
リディオノーレの魔力がまた高ぶる。
グレイザックはよしよし、と背中を撫でる。
「帰って早々、災難だったな」
「………戻らないと駄目ですか?」
リディオノーレは悲しそうな顔で尋ねる。
「約束だからな。脳筋妹のために色々してやらねばならんのだろう?ならば、きちんと果たせ」
「別に私がしなくてもいいって言ってたじゃないですか」
リディオノーレは唇を尖らせる。
「………結構怒ってるな」
グレイザックは呆れながらも彼女の頭を抱き寄せ、よしよしと撫で続けた。




