ラルシャークへ
リディオノーレとサムエルが馬車内に乗り込み、バルデミアンが天馬に跨り、空に駆けて行く。
アインズビル城が小さくなり見えなくなって、リディオノーレは座席に座り直した。
彼女は見えなくなるまでひたすら手を振っていたのだ。
まあ、グレイザックが手を振り返してくれることはないんだが。
「リディオノーレ様、楽しみですか?」
向かいに座る子息が尋ねる。
「楽しみです!行ったことないので」
笑顔で答えるリディオノーレ。
「今日の夕食は豪華にしてますので、是非そちらも楽しみにしていて下さい」
「そうなんですね!天馬車といいご飯といい、色々とありがとうございます」
リディオノーレは頭を下げる。
ここにグレイザックが居たら、それくらい当たり前だと一蹴されそうだが、サムエルは黙って聞いている。
「色々お伺いしたいのですが、構いませんか?」
子息は彼女に尋ねた。
「いいですよ?」
リディオノーレは少し首を傾げる。
「試験を終えられたと聞いたのですが、本当なのですか?」
「え、あ、はい。終わりました」
学院のことだとは思ってなかったようで、リディオノーレは初め少し詰まってしまった。
「本当に優秀なのですね」
「どうでしょうか。出来て当たり前だと言われておりますので」
リディオノーレは苦笑する。
「グレイザック様は本当に手厳しい」
子息は苦い顔になる。
その言葉にリディオノーレの手がぴくりとしたのを、サムエルは見た。
「皆さん思い違いをされているようですが、グレイザック様はとてもお優しい方ですよ」
リディオノーレはにこりと微笑んでグレイザックの株を上げようと試みる。
「優しいのであれば、あのアラウィリア次期領主の結婚式にあんな魔法を弟子に放ちませんよ」
(ああ……、なるほど)
とサムエルは内心で苦笑いする。
本人たちはものすごく楽しくやっていたのに傍から見ればそういう風に見えるということだ。
これはなかなか鬼畜師匠の名は払拭出来ないな、とサムエルは思った。
子息の言葉にリディオノーレの手がまたぴくりとしたのをサムエルは視界の端で捉えた。
キレなければ良いのだが、とサムエルは思いながら、彼女の様子を見守る。
「そうなんですね……。皆さんにはそう見えていたのですか……」
リディオノーレは悲しそうな目を子息に向けた。
「……っ。違うのですか?」
彼女の悲しそうな顔に子息はたじろぐ。
「あの試合は私が全力を出したので、それを迎え討ってくれただけですよ。決して師匠に虐められていたわけではありません」
リディオノーレはにこりと笑う。
「そのように見えたのなら、私の実力が足らないということですよね。精進します」
彼女の言葉に、サムエルは内心で彼女の成長を感じていた。
「充分すぎるくらいの実力をお持ちでしょう!?もう試験も終わっているくらいなのですから、首席間違いないのでは?」
子息は言い繕う。
「結果が出るまでは分からないですが、首席を狙っている事は確かです」
リディオノーレは答えた。
「首席だと私は信じていますよ。リディオノーレ様ですからね」
子息は彼女を持ち上げようとする。
「私もそのつもりなんですが、こればかりは結果が出るまでは分からないですからね」
「素材の授業は大変ではなかったですか?覚えることありすぎるでしょう?」
「量は多いですが、色々関連してますからね。紐付けて覚えると案外スルスルと頭に入りますよ」
彼女はにこりと笑った。
「……?」
子息は少し首を傾げ、違う話題を振る。
何がどう紐付けたらスルスルと頭に入るのか。
そのことに疑問を覚えたのであろう。
サムエルも当然疑問に思ったので、子息の気持ちが分かった。
「基本呪文なら、リディオノーレ様でしたら簡単だったでしょう?」
「そうですね。何やらその授業初日に杖を初めて使うという風習があるのを知りました」
「あー、昔からありましたよ。まだそれ続いているんですね」
子息は笑う。
「誰が始めたのでしょうか。すごい非効率ですよね」
「非効率?とは?」
「だって、折角保護者から早めに杖を貰っているのに何で練習していないんでしょうか。皆が全然杖を扱えないのでかなり驚きました」
その発言に子息は苦笑いになる。
「風習がそうすぐになくなるわけでもないですし、それは難しい問題ですね」
「ラルシャークではそんなことがないように、杖を貰ったら練習しておくように伝えておいてくださいね」
「……ど、努力します」
子息は引き気味だが、笑顔で答えた。
そして、今度はリディオノーレが質問を始めた。
ラルシャークでの素材、特産品など色んなことを尋ねられ、子息は少し引きつつも対応していた。
アブストールからリディオノーレが一週間後に学院へ帰ってくると聞いたアングロードは胸を撫で下ろした。
「これで、ティルが勉強してくれる……」
本当に本当に助かる。
一週間後と言わず、今すぐにでも帰ってきてもらいたいのだが、流石にそこまでは求められない。
帰ってきてくれるだけで、充分ありがたいのだ。
というより、彼女はどうやって帰領したのかが気になる。
彼女が乗ってきた天馬はずっと学院にあるのだから。
しかも、部屋から出ずに。
そして、どうやって学院に帰ってくるのかも不明だが。
妹といい、その友達といい、本当に変わっている。
アングロードは至って普通の少年だし、常識人のつもりなのだが、妹とその友達のせいで彼も奇怪な目で見られることが増えた。
「おかしい……」
普通なのに。
アングロードは微塵たりとも変な事はしていない。
ただ、脳筋の妹とその友達のせいで同じ括りにされていた。
その事にも頭を悩ます苦労人アングロードだった。
リディオノーレが馬車内で会話を楽しんでいた頃、フェルバールはひたすら執務の手伝いをさせられていた。
「初めに比べると大分板についてきたんじゃないか」
一緒に執務をしているムナグレークがフェルバールに向けてそう言った。
「そうですか?」
フェルバールが目を輝かす。
嬉しそうな顔をしている。
「まあリディには遠く及ばないがな」
グレイザックが突っ込む。
「上げたあとに下げないで下さい」
フェルバールは拗ねた顔をする。
「まあリディは特殊だから、比べるだけ無駄だがな」
ムナグレークが笑って言う。
「本当にグレーク様が側近として学院に行って欲しいくらいですよ」
フェルバールは呟く。
「何を馬鹿なことを言う」
ムナグレークは嫌そうな顔をする。
「フェル。グレークは俺のだ」
グレイザックが書類から目を離さず言い放った。
その言葉を聞いて、ムナグレークが唇の端を上げ、フェルバールを見下げる。
「行きたいなら行かせてやるが、どうする、グレーク?」
グレイザックの言葉にムナグレークの顔が強張った。
「冗談言わないで下さいよ」
ムナグレークがすぐさま突っ込む。
「嘘に決まってるだろ」
グレイザックが書類から顔を上げて、ムナグレークをちらりと見て言った。
意地悪な顔をしているグレイザックだ。
「やめて下さい」
ムナグレークは苦い顔をしていた。




