出発するまでのこと
翌日には昨日のことが嘘のようにスッキリとした顔になっていたリディオノーレ。
グレイザックもサムエルも他の皆も安堵したのを覚えている。
ラルシャークの子息が迎えに来るまで、リディオノーレはスティルナーデの為に勉強の要点をまとめた紙などをいくつもつくった。
それを執務室で補助に入っていたフェルバールが覗き込み、驚愕した。
「リディ、これ、え?」
フェルバールは中身を見て、驚く。
「え?………もしかして、覚えているのですか?」
フェルバールは目を見開きながら尋ねた。
「ん?いや、何となく?ですけど」
リディオノーレは答えた。
「何ですか?見てもいいですか?」
サムエルも覗き込む。
「………流石と言うべきか」
サムエルは苦笑した。
「グレイザック様も見ますか?」
グレイザックはサムエルの問いに書類から目を離し、リディオノーレを見つめて口を開いた。
「お前らの会話から察するに試験問題だろ?」
その通りだった。
リディオノーレは素材の試験問題を粗方覚えていたのである。
そして、それとは別に覚え方や覚えておいた方がいいことなどを綺麗にまとめていた。
「これは売れますよ。先生方もまさか、試験問題を覚えているとは思っていませんでしょうし」
フェルバールは言う。
「その手がありますね!小遣い稼ぎにふっかけましょうか」
リディオノーレがにやりと笑う。
「値段によりますね」
フェルバールは言った。
「そうですね。銅貨5枚、でどうでしょう?」
学生でも手が届きそうな範囲である。
「もう少し釣り上げろ。銀貨1枚でいいくらいだ」
グレイザックは言う。
「そうなると貧乏な人は買えません。それに魔法が使える人が全員貴族とも限らないでしょう?」
リディオノーレはサムエルを見て言った。
中には平民出身もいるはずだ。
平民にとって、銀貨はかなり高価である。
「本当にお人好しだな、お前。平民の友達がいるのか?」
「………」
いない。というより1週間と少ししか滞在していなかったのに、友達が増えているわけがない。
リディオノーレは苦い顔でグレイザックを見つめた。
「そうだろう?なら、そやつらの事はとりあえず放っておけ。銀貨1枚で売るんだな。身元がしっかりした奴限定でな。血判証明もしてもらえ。平民でも血判証明に署名できるなら、破格で売っても良いと思うぞ」
「……血判証明ですか?試験問題如きに?」
「当たり前だ。試験問題漏洩だからな。だから、他人に漏らさないことを血判証明してもらうんだ」
「……なるほど」
「あと、開示する情報を少しずつにすることだな。情報が更に欲しいと言われたら、値段を釣り上げて対応しろ」
「ぼったくる気満々ですか」
リディオノーレは顔が引き攣る。
「当たり前だろう。商売の基本だ。あと、その脳筋の妹の分はお前がいる所で教えるようにすること。妹にその紙を渡してしまわないこと。お前がきちんと管理しろよ」
「分かりました」
注意事項をつらつらと言われ、リディオノーレは頭を掻く。
ややこしい。
「脳筋妹のことが終われば、執務を手伝え。1週間ほどいなくなるなら、少し多めにやっといてくれ」
グレイザックはそう言って立ち上がり、自分の席を譲ろうとする。
「ちょちょ、待ってください!何処行くんですか」
リディオノーレは慌てて止める。
「お前が俺の代わりしてくれるんだろう?」
「きゅ、急すぎますよ。何処に行くんですか」
「何で止める?お前がいる間しか休めんだろ?休める内に休むだけだ」
グレイザックは腕を組んで言う。
「…………本当ですか?」
リディオノーレはじろりとグレイザックを見やる。
「何だ、俺が今から何すると思ってる?」
「実験、研究にこもるんじゃないかと」
その言葉にグレイザックは彼女の額を弾く。
「まあ半分当たりだ」
グレイザックはにやりと笑って、部屋を出て行った。
「えええーーー!」
リディオノーレは声を上げる。
「リディ、執務よろしくお願いしますよ」
サムエルは彼女の背中を押して、グレイザックの席に座らせた。
「師匠と実験したいです……」
リディオノーレは唇を尖らせながらそう呟いたが、サムエルの笑顔が怖過ぎて執務に集中する羽目になったのだった。
グレイザックはと言うと、図書室に向かっていた。
魔獣の起源について調べる時間が全然無かったのだ。
図書室に入ると、早速魔獣に関する棚へと向かい、それっぽい題名の本をいくつも取って、読み漁る。
グレイザックは、誰かが彼を迎えに来るまでひたすら読み耽った。
「……グレイザック様、お時間です」
サムエルが声をかける。
「師匠だけずるいです!私も本読みたかったです」
リディオノーレは膨れっ面だ。
「あー、もうそんな時間か」
グレイザックは本を閉じた。
彼が魔獣関連の本を読んでいるのを見て、リディオノーレは少し視線を逸らした。
彼女は魔獣の起源の話をしていないのに、何故この師匠は魔獣関連の、しかも古い本を今漁っているのか。
(………ケネス様か)
リディオノーレは内心苦い顔をする。
そりゃそうか。ケネスの主はグレイザックなのだから。
「ご飯食べましょう!お腹すきました!」
リディオノーレは笑顔で本を代わりにしまいに行き、グレイザックの腕を取って図書室を出た。
グレイザックの自室で夕食を摂りながら、リディオノーレは質問する。
「ラルシャークのお祭りには行ったことありますか?」
グレイザックとサムエルに尋ねる。
「昔に1度だけありますね」
サムエルは答える。
「俺はない。だから、楽しみにはしている」
グレイザックも答えた。
「楽しみですよね!射的とかも楽しみですし、どんなお店が出るのかも楽しみです」
「突っ走りすぎないようにしろよ。サムエル頼んだぞ」
「分かっております」
サムエルは深く頷く。
「金は出来るだけ、あっちに払ってもらえ。基本的にこっちは出さなくて良い」
「いいんですか?」
「構わん。あっちが誘ったんだから、あっち持ちで良い」
「何でもかんでも欲しいとねだってはいけませんよ」
サムエルが彼女に注意する。
「分かってますー!」
リディオノーレは膨れっ面になる。
そこからサムエルとグレイザックの注意講座になったのだった。
色々と準備したり執務したりしているとあっという間に祭り前日になった。
夕の鐘が鳴る頃、ラルシャーク子息が天馬車を引っ張りながら側近や護衛と共に大人数でアインズビルに訪れた。
「……すごい大所帯ですね」
出迎えたリディオノーレは驚く。
「当たり前だろ」
グレイザックは彼女の隣でそう呟く。
リディオノーレに何かあれば、責められるのは子息なのだから。
「お迎えに上がりました、リディオノーレ様」
子息は笑顔で声をかけた。
「ありがとうございます。馬車まで用意してもらって」
「お安い御用です」
子息は笑顔で答える。
「では、どうぞ」
子息は手を出す。
リディオノーレは一瞬だけグレイザックを見てから、彼の手を取った。




