親代わり
「……結構飛ばしたつもりだったんだが、よく追いついたな」
アブストールは自室にムナグレークとグレティアーナを招き、そう言った。
「俺を誰だと思ってる」
ムナグレークは答える。
相乗りしていたのにほぼほぼ変わらない到着時間に驚いているアブストールだった。
まだ陽は沈んでいない。
「グレイザック様もあと1時間もすれば到着されるだろう」
そのムナグレークの読み通り、グレイザック達もアラウィリアに到着した。
それは陽が沈んでからだった。
3人でグレイザック達を出迎える。
「私の天馬をありがとう」
グレティアーナはそう言って、リディオノーレから受け取った。
「首尾は?」
グレイザックは天馬から降りながら尋ねた。
「とりあえず薬は飲ませた。変色も消えた。恐らく効いたんだろう」
アブストールは説明する。
「見ても良いか?」
「ああ。案内する」
例の騎士が休む部屋へと案内すると、グレイザックはその騎士の顔色を診て、首に手を当て脈をはかる。
腕や足も確認し、納得いくまで隅々まで診察する。
「どうだ?」
アブストールは尋ねた。
「薬の効果は出てる。一命は取り留めたが、ここからが山場だ」
グレイザックは薬の副作用を説明を始める。
その間にリディオノーレはその騎士に向けて杖を取り出した。
「!」
ムナグレークが目を見開く。
「リディ、何を!」
ムナグレークは叫ぶ。
グレイザックは慌ててリディオノーレの方を見るが、彼女は魔法陣を描き出していた。
「リディ」
グレイザックは彼女の杖を握る。
描き出していた魔法陣が、その行動により霧散した。
「リディ、何するつもりだ」
「回復を」
「飲む回復薬の方が良いと説明したろ」
「気休めでもいいので」
リディオノーレはまっすぐグレイザックを見る。
「私が出来ることと言えば、これくらいです」
リディオノーレは答えた。
この騎士は、あの国で諜報活動をしていたのだろう。
恐らくだが、グレイザックに頼まれアブストールが派遣したであろう騎士だ。
あの国のことを探っているのは、確実にリディオノーレ絡みである。
元凶は自分だと、彼女は思っていた。
「……それで、お前の気が済むのか」
グレイザックは静かに尋ねた。
「はい。お願いします」
リディオノーレは返す。
「分かった。好きにしろ」
グレイザックは彼女の杖を離した。
リディオノーレは魔法陣を再び描き出す。
回復の魔法陣だ。だが、それに色々組み込んでいく。
初めての試みなので、何回も何回も失敗して相殺されるが、ひたすら魔法陣を描き続ける。
「………」
アブストールとグレティアーナは顔を見合わせ、様子を窺う。
彼女が回復の魔法陣を改良しようとしていることだけは分かる。
ムナグレークとバルデミアンもひたすら魔法陣を見つめていた。
色々組み込みたいが、どうも上手くいかないのだけは見て分かる。
「………」
グレイザックは腕を組んで、静かに佇んでいた。
彼女はこの騎士が目を覚ますまで半永久的に回復が作動するようにしたいらしい。
かなり高度な魔法陣を思いつきで完成させようとしている。
「……はあ」
グレイザックは息を吐くと、彼女の隣に並ぶ。
「ここにこれを置いたらどうだ?こっちの文字をそっちに持っていけ。それと繋げろ。どうだ、これならいけないか?」
グレイザックは口を出した。
他の人は意味が分からないまま見つめている。
この師弟は一体何をしているのか。
「だが、かなり魔力がいるぞ」
グレイザックは隣に並ぶ、背の低い弟子を見やる。
「俺も半分出してやるから、あまり無茶するな」
グレイザックは杖を出した。
改良した回復の魔法陣が完成すると、2人でその陣に魔力を流し発動させた。
「どれくらいで目覚めるか分からんが、少しでも早くなったのは確かだ」
グレイザックはそう言って、杖をしまった。
リディオノーレの額と首を触り、熱がないか確認する。
「……帰るぞ」
大丈夫なのを確認したのち、グレイザックはそう発した。
「大丈夫ですかね」
リディオノーレは徐に口を開いた。
「ああ。運がいいな、こいつは」
グレイザックはそう言って、彼女の頭を撫でる。
「充分すぎる魔法をかけてやった。後はこいつの体力次第だ。元々騎士だから、大丈夫だろ」
「本当ですか?」
リディオノーレは半泣きの顔でグレイザックを見上げる。
「ああ。大丈夫だ。保証する」
グレイザックは安心させるように微笑んだ。
「グレイザック、感謝する」
アブストールは頭を下げた。
グレティアーナも頭を下げる。
「構わん。これくらいしか出来んからな。俺らは帰るぞ」
グレイザックは踵を返す。
「リディ、ティルのことを頼んだ」
「はい」
アブストールの言葉にリディオノーレは返事し、グレイザック達はアインズビルに引き返して行く。
一頭天馬が足らないので、リディオノーレはグレイザックと相乗りである。
師弟の背後を駆けながら、ムナグレークはバルデミアンに尋ねた。
「……何かあったのか?」
「少し、リディが自分を責めているようです」
バルデミアンが小声で答えた。
「何故?」
「……今回の騎士の毒は自分のせいだと思っているようです」
「………なるほど」
ムナグレークは息を吐く。
何故、自分のせいだと思うのか。
責任感が強すぎるのではなかろうか。
何でもかんでも抱え込んでどうする。
ムナグレークはもう一度息を吐くと、口を開いた。
「グレイザック様がいるから大丈夫か」
「ええ。………あの2人は本当に恋仲ではないのですか」
バルデミアンは思わず問うてみた。
「それは俺も聞きたい。あれが恋仲で無いと言うなら何と言うんだ」
ムナグレークは眉間に皺を寄せる。
一緒に天馬に乗り、後ろから手綱を握るグレイザックは左手をずっと前に座るリディオノーレのお腹に添えている。
「行きは、向かい合わせでしたよ」
バルデミアンはムナグレークにそう小声で告げた。
「!」
ムナグレークは驚くと、また息を吐いた。
「……でも公表できないんだよな」
ムナグレークは呟く。
「そうですね…」
バルデミアンは唇を引き結ぶ。
離れ離れになったときのリディオノーレの精神状態が、今でさえ心配である。
2人はグレイザックの背中を見つめながら、少し悲しげな顔をしていた。
アインズビルに到着したのは、少し月が顔を見せた頃だった。
「グレーク、バルデ、急にすまなかったな」
「いえ。お役に立てたようで何よりです」
ムナグレークは答える。
「お2人共、ゆっくりお休み下さい」
バルデミアンは師弟を気遣う。
「ありがとうございます。バルデミアン様もグレーク様も」
リディオノーレは答える。
「お帰りをお待ちしておりました」
サムエルとフェルバールが慌てて出迎えに来てくれた。
「急に悪かったな」
グレイザックはサムエルに言う。
グレイザックの様子に、例の騎士は一命を取り留めたことが分かる。
もし間に合わなかったら、もっと皆が暗い顔をしていたはずだ。
「いえ。お構いなく」
サムエルはそう答え、リディオノーレの顔を覗き込んだ。
「リディ、どうかされましたか」
だが、リディオノーレだけ表情が暗かった。
「リディ、まだ引きずってるのか。お前のせいではない」
グレイザックはため息をつくと、彼女の額を弾く。
「ですがっ!!」
「反論することは許さない。お前のせいではない。これはむしろ俺のせいだ。責められるべきは俺だ」
「いえ、違います!」
リディオノーレは声を上げた。
その会話で何となくを察したサムエルは行く末を見守る。
「いや、俺のせいだ。お前が気に病む問題ではない」
「いえ、私のせいで…」
リディオノーレは俯く。
「元を辿れば、自分を引き取らなければ、カルムクラインで死んでいれば、こんなことには……」
リディオノーレは俯いたまま、拳を握りしめ呟いた。
その言葉を聞いた瞬間にサムエルが彼女の頬を打った。
「っ!!!」
サムエル以外全員が驚く。
リディオノーレは打たれた頬を押さえながら、サムエルを見上げた。
「それは言ってはなりません。グレイザック様の判断が間違いだったと仰るのですか」
サムエルの低い声音が響く。
「いえ、そういうわけでは…」
「あなたはそういうことを言ったんです」
サムエルは彼女の両手を持って、しゃがむ。
「リディ。これまでの3年ちょっとのことを全て否定するつもりですか」
慌てて首を振るリディオノーレ。
「いえ。とても楽しかったです。何だかんだ色々ありましたが、皆といれて、グレイザック様といれて楽しかったです」
リディオノーレはぐす、と鼻をすすりながら答える。
「では、引き取ってもらわなければ良かったなどと2度と言ってはなりません。あの時、あなたは引き取ってもらう運命だった。そして、今回のこの騎士は毒にやられる運命だった。ただ、それだけです。あなたのせいではありません」
「………」
「全てを自分のせいにしてどうするのですか。関係ないことまで背負う必要はありません」
サムエルはそう言って立ち上がり、杖を取り出すと打った頬に回復をかける。
「何でこうも自分で抱え込もうとするのですか」
サムエルは息を吐くとリディオノーレを抱き上げた。
サムエルは長身なので、抱き上げても目線は同じくらいだった。
「サ、サムエル様…っ!?」
リディオノーレは驚く。
「その騎士は無事だったのでしょう?」
サムエルは彼女の頭を自分の左肩に押し付け、背中を撫でる。
「……はい」
「なら、問題ありませんよ」
サムエルは背中をとんとんと叩き、あやす。
親子のようだった。
「楽しいことだけ考えていなさい。もうすぐラルシャークのお祭りに行くんでしょう?」
「……はい」
「今日はもう休みなさい。それとも私と訓練しますか」
「っ。や、休みます」
リディオノーレは素直に言う。
「素直過ぎですが、まあ良いでしょう。ほら、グレイザック様がお待ちですよ。お部屋で2人でゆっくりして来なさい」
サムエルはリディオノーレを下ろすと、グレイザックの元へ行くよう促す。
リディオノーレは一度サムエルの方を振り返って頭を下げた。
「悪いな、サムエル」
グレイザックはそう言って、リディオノーレと城の中に入って行った。




