アブストール夫妻到着
去って行く際、子息はグレイザックを見下げながら少しほくそ笑んだ。
だが、グレイザックは余裕な感じで唇の端を上げただけで、見送った。
(誘えたくらいで調子に乗るな)
グレイザックは内心、鼻で笑う。
「お茶を淹れ直しましょう」
サムエルは子息の茶器を片付け、2人にお茶を出す。
「とっても楽しみになってきました!お祭り初めてです!」
「だろうな。……気を付けろよ?」
「え、グレイザック様も来るでしょう?」
リディオノーレは首を傾げる。
「ん?」
グレイザックも聞き返す。
「私は子息に誘われて、サムエル様とバルデミアン様と一緒に行く予定ですが、グレイザック様もグレーク様とかと一緒に来たらいいじゃないですか」
リディオノーレは言う。
「………ぷ」
サムエルは背後で少し吹いた。
肩を震わせながらサムエルは口を開いた。
「とても良い案ですね、リディ」
「………」
機嫌が悪かったグレイザックだったが、空気が変わった。
「俺は当日行く」
「お待ちしてますね。帰りは一緒に帰りましょう」
「分かった。天馬車で行っておく」
「そんな優しいグレイザック様が大好きです」
帰りは彼女が寝てもいいように馬車で来てくれるらしい。
相変わらず彼女には優しい。
そして、それに対し素直に表現しすぎるリディオノーレも相変わらずである。
グレイザックは立ち上がりながら、彼女の頭に手を置き、「戻るぞ」と告げる。
「はい」
リディオノーレも彼の後に続いていく。
サムエルは微笑ましく見送ったのち、片付けをしてから執務室に向かった。
その頃、学院ではアングロードが妹の補講にひたすら付き合う毎日だった。
素材の勉強なんて暗記問題なため、個人の頑張り次第である。
「……ティル、このままだとやばい。確実に」
アングロードは頭を抱えて、向かいに座る妹に向かってそう言い放つ。
「こんなの無理。覚えられない」
スティルナーデは文字や数字を読むと急に眠たくなるのだ。
覚える覚えない以前の問題である。
「リディもいないし、面白くない」
スティルナーデはずっとそれを言っている。
「リディが帰ったらちゃんとやるから」
スティルナーデはそれの一点張りである。
「僕からも催促してるからちょっと待っててくれ」
実兄のアブストールにも連絡を取り、兄からも早く帰ってきてくれと頼んでほしいとお願いした。
「はぁぁぁぁ」
スティルナーデはため息をついて机に突っ伏した。
「……はあ」
投げ出したいのはアングロードの方である。
妹の脳筋ぶりに呆れ返っているアングロードだった。
ラルシャーク子息が帰った翌日、早朝にアブストールから手紙が届き、「今日会いに行く」と書いてあった。
「今日だと?」
グレイザックが片眉を上げた。
「何をそんな急いでいるのでしょうかね」
手紙を届けに来たムナグレークが呆れている。
「到着するとしたら昼過ぎくらいか」
グレイザックは予測し、サムエルに準備を頼むと言いつける。
「リディ、お前も準備を手伝って来い。恐らく大人数は来ないと思うが、念の為だ」
「分かりました」
サムエルとリディオノーレは部屋を出る。
「グレーク」
グレイザックは手紙を投げ捨てると、ムナグレークに呼びかけた。
「4日後、ラルシャークで開かれる祭りに行くぞ」
「………え?あ、はい」
ムナグレークは目を瞬きつつも返事する。
「俺とお前とフェルで行くぞ」
「え?………あ、なるほど。サムエル様とバルがリディの護衛ですか?」
ムナグレークは尋ねる。
「そうだ」
「で、我々の名目は?」
「俺らは息抜きだ」
グレイザックは唇の端を上げて答えた。
グレイザックの読み通り、本当に昼過ぎにアブストールがアインズビルにやってきた。
しかも、グレティアーナも一緒である。
グレイザックは眉間に皺を寄せながら出迎えた。
「ティア様っ!」
リディオノーレは喜んでグレティアーナに駆け寄った。
「久しぶりね、リディ。元気そうで良かったわ。でもちょっと痩せたかしら?」
グレティアーナはリディオノーレの頬や腕、お腹を触る。
「ちゃんと食べてるの?」
「食べてますよ。最近旅に出てたので、それのせいかもしれません」
リディオノーレは答え、彼女の手を取る。
「アインズビルへようこそ。ご案内しますね」
リディオノーレはグレティアーナを連れて先に入って行く。
そんな女性2人を見送って、グレイザックは不機嫌な顔で、残っているアブストールを見る。
「何の用だ」
グレイザックが眉を上げながら尋ねた。
「リディに用があるんだ」
「俺に先に話を通せ」
「………学院に戻ってやって欲しいだけだ」
それには答えず、グレイザックは「ついてこい」と言って、スタスタと歩き始めた。
サムエルは苦笑しながら「どうぞこちらに」と案内を始める。
「アブストール様ご自身が来るくらいですから、緊急案件でしょうか?」
サムエルは歩きながら問いかけた。
グレイザックの姿はもう見えない。
「グレイザックからしたら関係ないことなのだが」
「そんなにスティルナーデ様は、その、あれ、えーと………」
サムエルが言葉を考える。
その様子にアブストールは思わず苦笑いになる。
「ええ、馬鹿なのです」
アブストールは苦い顔で正直に答えたのだった。




