鯨が去ったあと
「何でしょう?」
リディオノーレは座ったまま聞き返す。
「隣の国に気を付けろ。禁忌の魔法に手を出している」
「!ま、待って下さい」
リディオノーレは呼び止める。
人化鯨は片眉を吊り上げた。
グレイザックみたいだとそんな不謹慎なことを思ったリディオノーレである。
「質問してもいいですか」
「!!!リディ!!!」
傍観していたケネスが叫ぶ。
あまりにも恐れ多すぎる。
「……………」
リディオノーレをまっすぐ見つめる人化鯨。
リディオノーレも目を逸らさず、見つめ返した。
長い沈黙のあと、人化鯨がゆっくりと口を開く。
「何だ」
「ここに魔獣狩りをしに来たんですが、全てが魔獣というわけではないんですね」
「魔獣とそうでないものと共存しているつもりだ」
そう言って、リディオノーレのことをまたまっすぐ見つめる。
リディオノーレは抜けた腰がなおり、やっと立ち上がることが出来た。
「人間よ。何故、魔獣になるのか知っているか」
「………魔獣に咬まれたりすると、ですか?」
その答えに人化鯨は嘲笑した。
「魔獣の血を注入されると魔獣化する。その他に魔獣化する原因は?」
「………すいません、知りません」
リディオノーレは答える。
「お前達人間が、使役獣を魔獣化させているんだ」
「!?」
「魔獣の起源を調べてみよ」
「起源、ですか?分かりました。調べます」
「素直で珍しい人間だな。だから精霊に愛されし者か」
その人化鯨は、彼女を上から下まで見つめる。
「強大な力に溺れるなよ」
「はい」
「隷属を解いてくれた礼にこれをやろう」
髪の毛を一房ぶちっと適当に千切る。
ぱらぱらと散ることなく、それは一本にまとまった。
「手を出せ」
大人しく手を出すリディオノーレ。
腕輪がついてない方の手首にそれを巻き付ける鯨。
すると、結んでもないのに端と端がくっつき、腕輪のようになった。
「我を呼びたいときにそれに魔力を流し、呼びかけろ」
目をぱちくりさせてリディオノーレは人化鯨を見た。
「そんな貴重なものをいいんですか?」
「構わん。だが、呼びかけに応えるのは一度だけだ。一度だけ、お前の願いを叶えてやる」
「無理難題でも、ですか?」
リディオノーレは問う。
「ああ。だが、人間の世界に介入することはできんからな。肝に銘じておけ」
「分かりました」
リディオノーレは何かを考えながら返事する。
「さらばだ。人間の娘よ」
背中を向けて足を一歩出した瞬間、鯨たちの姿が一瞬にして掻き消えた。
途端、止まっていた波が動き、リディオノーレ達は浜に打ち上げられた。
「リディッ!!!!!」
こほこほと鼻と喉に入った海水で咳き込むリディオノーレに、グレイザックが大声を上げて駆けてきた。
サムエルも彼女の名前を叫ぶ。
グレイザックは慌てて自分の服を脱ぎ、彼女に着せた。
「何があった」
グレイザックは彼女の背中をさすってやりながら、ケネスに怖い顔で尋ねた。
「っ」
ケネスは顔を歪ませる。
「詳細を話します」
リディオノーレはグレイザックの腕を掴んで、そう言った。
「包み隠さず話せよ。リディも、ケネスも」
グレイザックはそう2人を睨みつけると、杖を出して乾燥させてくれた。
「サムエル、リディの服は砂だらけだから洗って乾燥させといてくれ」
その台詞で、リディオノーレは自分が下着姿なのを思い出した。
だから服を被せてくれたのか、と呑気なリディオノーレである。
とりあえず仔細を話すと、2人はかなり驚いていた。
鯨から貰った髪の毛でつくった腕輪をグレイザックは興味深げに触っていた。
「……前代未聞ですね」
「ああ。頭が痛い」
グレイザックはこめかみを揉む。
「急に波が上がり、結界のようにお前たちを包み込んだんだ。俺でさえ弾かれた」
「え」
そっちの方が驚きである。
「ハラハラしたが、無事で良かった」
グレイザックは自分の足の間に座るリディオノーレの鯨の髪の腕輪を触りながら、そう言った。
「枯渇しなくて済んで良かった」
グレイザックは、はぁと息を吐く。
「何でも交渉してみるものですね」
リディオノーレは笑いながら言って、背後のグレイザックにもたれかかった。
「……眠たいか?」
「少し」
「ディール」
グレイザックに呼ばれ、ディールは少し驚きつつも近くにやってきた。
「リディを寝かせてやれ」
グレイザックはそう命じ、リディオノーレにディールの方に行けと促す。
彼女はのそのそと移動すると、ディールにくるまれて瞬く間に眠りに落ちた。
「禁忌の魔法に手を出しているのを動物たちも分かっているんだな」
グレイザックは口を開く。
「そうみたいだ」
ケネスは答え、ちらりとリディオノーレを見た。
「ひとつ、気になることを言っていた」
ケネスは口を開く。
リディオノーレは話していなかったが、ケネスは洗いざらい喋る。
グレイザックが主だから。
「魔獣の起源を調べてみろ、と。魔獣化は、人間たちのせいで起こったことだと言っていた」
「本当か?」
「主も知らないのか」
ケネスは聞き返す。
「知らん。魔獣化の起源など、何千年も前の話じゃないのか?サムエルは知っているか?」
グレイザックはサムエルに尋ねる。
「いえ。私も知りません」
サムエルは答える。
「これはリディも俺も興味深い案件だな」
グレイザックは立てている膝に肘を置いて、頬杖をつく。
「そんな記録、どこにあるのか。どうやって調べようか…」
グレイザックは考え出す。
「グレイザック様でこれですから、リディも興味津々でしょうね」
サムエルは苦笑する。
「そうだろうな」
ケネスも同意する。
「リディといると飽きないな」
ケネスはふと呟いた。
「そうでしょうとも」
サムエルは笑いながら同意した。
「俺は苦労してるぞ」
グレイザックがふと口を挟んだ。
「苦労されてるのも知ってますが、楽しんでおいででしょう」
サムエルは言う。
「我らはずっとこのままここで暮らしても良いと思うほどに、帰りたくないがな」
ケネスのその言葉にグレイザックは少し苦い顔をしたのだった。




