鯨
鯨を待って7日目の夕方。
「今日出なかったら帰るからな」
「分かってますー」
リディオノーレは返事する。
「私がディールとケネス様と起きておくので、グレイザック様とサムエル様は先に寝ててください」
「大丈夫か?」
グレイザックは尋ねる。
「ケネス様もいますから」
「……ケネス、頼んだぞ」
グレイザックはケネスに念押しして、先に仮眠を取ることにした。
「何かあれば、遠慮なく起こして下さいね」
サムエルもそう言って、仮眠を取る。
2人がちゃんと寝たのを確認し、リディオノーレは眼鏡を取り、服を脱ぎ去り、下着姿になる。
「こら、リディ。我も男だぞ」
人化しているケネスが咎める。
「ケネス様は本来は狼なんでしょう?では、無視してください」
「……お前は」
ケネスは、はぁとため息をつく。
「ディール、最後だから水遊びしとこ!」
リディオノーレはディールを誘う。
「波打ち際だけだぞ」
ケネスは呆れたように忠告した。
リディオノーレとディールは楽しそうに海に足を入れた。
追いかけ回したり、水をかけ合ったり、とても楽しそうである。
ケネスは呆れた。
「これをやりたいが為に主たちを先に寝かしたのか」
またため息をつくケネス。
「たまにはいいじゃないですか」
「リディは危機感が無さすぎる」
ケネスが睨む。
「ケネス様も入りましょう」
リディオノーレはケネスの手を引っ張る。
「リディとディールで楽しめ」
ケネスは断る。
「入りましょうよ」
リディオノーレは無理矢理腕を引っ張って、ケネスを海に引き入れる。
「!!」
足が波に持っていかれ、リディオノーレは尻餅をついた。
ケネスは何とか踏み止まり、彼女に手を出した。
リディオノーレはケネスの手を掴むと、そのまま引っ張った。
「っ!!」
ケネスは水浸しになる。
「リディ〜〜っ!」
ケネスは髪を掻き上げながら、怒った。
「えへ」
リディオノーレは笑うと逃げ回る。
それを追いかけるケネスと面白がって駆け回るディール。
リディオノーレは少し深い所にも足を踏み入れてみた。
「リディッ!駄目だ!」
ケネスは慌てて止める。
「大丈夫ですよ。何にも居ませんよ」
リディオノーレは鼻をつまんで、もぐって海中を見た。
姿が海中に消えたことで、慌てて駆け寄るケネスとディール。
「ぷはっ」と顔を出したリディオノーレにケネスは思い切り頭を叩いた。
「こらっ!ふざけるな!」
ケネスは怒鳴る。
その怒鳴り声にディールが、びくっ!となる。
「毒を持った生き物だっているんだからな」
「………すいません」
リディオノーレは、しゅん、とする。
その瞬間、大きな波が2人と1匹をさらった。
あっという間の出来事だった。
「っっ!!!」
リディオノーレは思わず息を止める。
ケネスは慌ててリディオノーレを抱きしめた。
大きな波が上がったまま、時間が止まったように波が止まった。海中に今、存在している。何とも不思議な現象だった。
すると、目の前に巨大な鯨が2頭現れる。
あまりにも巨大すぎて、リディオノーレは目と口を開く。
慌てて息を止めたが、海中にいるのに全然苦しくないので、息が出来ることが分かり喋ってみた。
「しゃ、喋れますよ」
リディオノーレは口を開いた。
「……みたいだな」
ケネスは眉間に皺を寄せ、目の前に迫る鯨を見据えながら答えた。
ディールはリディオノーレの足元に寄ってきて、鯨に向かって尻尾を立てている。
「………攻撃の意思はない」
「っ!!!」
鯨が口を開いた。
リディオノーレ達は目を見開き、驚愕を露わにする。
そして、よく見れば一頭は魔獣ではない。
目は赤くも赤褐色にもなっていない。
ただの魔力の高い鯨だ。
だが、もう一頭は赤褐色になっており、何と隷属の首輪を嵌めていた。
魔獣化された鯨をもう一頭の鯨が攻撃をしないように抑え込んでいる状態みたいだった。
リディオノーレはケネスを見上げる。
ケネスは彼女のお腹に手を回し、引き寄せたまま口を開いた。
「何の用か聞いても?」
「首輪を解除してくれる者がいると聞いた。こやつの首輪も解除してやってほしい」
その言葉を聞いて、リディオノーレはケネスを見やる。
ケネスも彼女を見つめた。
「恐らくだが、かなりの魔力を食うぞ。枯渇する可能性が高い」
今ですら精霊の光が見えているのだ。
これ以上枯渇して魔力が上がれば、精霊と契約せざる得なくなる。
グレイザックは出来るだけその期間を延ばそうとしているのに、わざわざ枯渇しそうなことをさせるわけにはいかない。
ケネスは唇を噛む。
「我が主に相談させてくれ」
ケネスは告げる。
「駄目だ。ここで判断を下せ」
そう言われたら従うしかないケネス。
鯨は動物たちの中で最大級の大きさを誇るのだ。
完全に格上である。
「やります。やりますけれど、私の身の安全を保証してください」
リディオノーレは身を乗り出し告げる。
「リディっ!」
ケネスは咎める。
「あと、私だけでは魔力が足らないかもしれません。それを助けてくれるなら」
リディオノーレは話す。
「あい分かった。ならば、人化してやろう」
鯨はそう言うとすぐに姿を変えた。
首輪の鯨も真似するように人化する。
あまりにも普通に人化するものだから、驚愕してる暇もなかった。
一瞬だけ目を瞬いたリディオノーレは、ケネスの手をほどき近付いて行く。
「リディ!」
「お前は寄るな、狼」
人化した鯨はそう言い放つ。
格上にそう言われると、ケネスはもう動けない。
リディオノーレは一歩一歩近付く。
長い青い髪がとても綺麗だった。
首輪をつけている方も同じような長い青い髪で、どちらも中性的な感じである。
首輪の方はリディオノーレに攻撃を仕掛けそうな勢いなのだが、そうでない方が必死に止めている。
「気絶させたら駄目ですか?」
リディオノーレは提案してみる。
「………待て」
理性がある方はそう言うと、首輪の方の腹に拳を捻りこんだ。
首輪の方が一瞬にして気絶し、下に寝転ばす。
リディオノーレは目をぱちくりしたものの、とりあえず安心して近付いた。
「魔力を貸せばいいんだな?」
鯨はそう言うと、体が透け始め、リディオノーレの体に重なった。
奇妙で不思議な感覚にリディオノーレは「ぅわ」と、声が出た。
「やれ、人間。精霊魔法で全て元に戻るのを聞いている」
そう促され、リディオノーレは気絶している人化鯨の首輪を掴む。
息を深く吸った。
光もたくさん見える。眩しいくらい寄ってきた。
大丈夫。
リディオノーレは唱え始めた。
いつもなら、魔力が吸われる感覚があるのだが、透けて体を重ねている人化鯨から魔力が流れているのを感じる。
祈るように唱える。
隷属の首輪がゆっくりと砂になって消えていった。
リディオノーレは安堵し、思わずお尻をついて座った。
体を重ねていた人化鯨はするりと彼女から離れると、気絶している人化鯨の頬を優しく撫でる。
「……礼を言う、人間」
「いえ。解除したのはあなたですから。私は呪文を唱えただけで」
リディオノーレは立ち上がろうとしたが、立てなかった。
どうやら、安心して腰が抜けたらしい。
「人間」
気絶した人化鯨を担ぎながら、リディオノーレに呼びかけた。




