グレイザックへの質問
鯨が出るまで待機となったものの、隷属の首輪を付けた魔獣が何体か現れた。
鹿や狼、兎など、比較的大きくないものばかりだったが、隷属の首輪をつけている時点でおかしい。
そして、その首輪をつけているのは、魔獣化されているものばかりだった。
魔獣の見た目の特徴としては真っ赤な目なのだが、魔獣化されているものは少し色が違う。濁った赤、赤褐色のように見える。
対峙している内にその違いも分かり、疑問が膨らむ。
グレイザックと隣に座り、狼ケネスにもたれながらリディオノーレは口を開いた。
「どうして隷属させられているんですか」
眉間に皺を寄せながら尋ねる。
「実験だろう。本当に隷属できているのか。何十年も前に廃れた魔法だしな」
グレイザックは答える。
「何故、復活させたとお思いですか」
「有無を言わさず従えるのに隷属が1番だと思ったからだろう」
「……それをしてどうするんですか」
「そんなもの、戦いの道具だろ?」
グレイザックは嘲るように答えた。
「誰と何と戦うのですか」
「それは知らんが、魔獣を隷属させることができれば、駒として使える」
「……分かりますが、していいことと悪いことがあります」
「ならば、隷属の実験をしている奴らを止めねばなるまい」
「………」
リディオノーレはグレイザックを見つめる。
「………魔獣化はどうして?」
「魔獣でないと戦いの道具にならないからだろ」
分かってはいたが、ハッキリと聞くとリディオノーレは思わず顔を歪ませる。
隷属を全て解除したかったのだが、彼女の魔力量では1日1匹が限界だった。
精霊に力を借りるあの魔法は、彼女には高度すぎる。
「……グレイザック様」
リディオノーレは名を呼んだ。
グレイザックは無言で先を促す。
「グレイザック様は精霊師、なのですか」
リディオノーレは気になっていたことを単刀直入に尋ねた。
その質問に背もたれになっていたケネスがぴくりと動いた。
「………お前はどう思う?」
「精霊呪文を知っている理由がそれくらいしか思い当たりません」
「お前が知らないだけで、精霊呪文も図書室に保管されている」
そうは言うが、見たことがない。
図書室の本は大抵網羅しているつもりだが、そんな書籍は知らない。
「因みに、アインズビルの図書室ではない」
その一言で考え込むリディオノーレ。
「………学院ですか」
彼女の問いにグレイザックは無言だった。
肯定である。
「だが、お前はまだ立ち入ることが出来んだろうな」
その言葉に彼女はまた思考する。
「……禁書庫ですね」
グレイザックは無言。
肯定を表している。
リディオノーレは頭を抱えた。
禁書庫に施されている魔法陣の解除方法をまだ知らない。
「入るなら、きちんと許可を得て入れよ」
「禁書庫破りをした人に言われたくないんですけど」
リディオノーレは唇を尖らせた。
グレイザックは視線を逸らす。
「でも、精霊の協力がないと行使出来ないんですよね?」
「ああ。協力してくれたろう?」
「誰でもああやって一時的に力を借りることが出来るのですか」
「……誰でもは出来ん。魔力がないとな。しかも、かなり魔力を使うしな」
それは大いに経験済みである。
「………」
聞きたいことが山ほどある。
リディオノーレは一旦口を噤んだ。
自分は精霊師なのか。
あの光は精霊たちなのか。
精霊師なら、公表しなければならないのではないか。
でも、今ハッキリ分かったのはこの師匠が精霊師だということ。
普通の魔法と呪文が全然違うのだ。
昔、睡眠魔法をかけてくれたあの呪文は精霊魔法だったに違いない。
だが、この師匠は自分が精霊師だということを公表していない。
何故なのか。
リディオノーレは悶々と考える。
ひとつ、それっぽい答えが思い浮かんだ。
「グレイザック様」
「何だ」
「目立つのお嫌いですよね」
「……………くく」
背もたれのケネスが少し笑った。
「目立って女性たちが寄ってくるのも嫌だし、担がられるのも好きじゃないし………」
リディオノーレは考えを述べてみた。
グレイザックは眉間に皺を寄せていた。
「よく分かっている弟子じゃないか」
ケネスが言った。
グレイザックはケネスの頭をはたく。
「それくらいしか理由が思いつきません」
「何の理由だ」
「師匠が公表していない理由です。利点の方が多いのでは?」
リディオノーレは聞いてみた。
この言葉は、グレイザックが精霊師だと確信している質問である。
「いや利点の方が少ない。王宮に囚われ、色んな実験をさせられる。そして、勝手に王族と結婚させられる。今のあの国には王女はいない。なら、誰と婚姻させられる?」
グレイザックの問いにリディオノーレは身震いした。
「お、王妃殿下ですか」
リディオノーレはぎょっとする。
「そうだな。もしくは、国王夫妻の姉妹や王族の血に近い女を探し出すだろう。俺の意思とは関係なしに」
「………」
リディオノーレは苦い顔をする。
女性嫌いのグレイザックが知らない女と結婚して子を成すなんてかなり難題であり、無理に近い。
というより、無理だ。
「だから、分かってるよな?」
グレイザックはリディオノーレを見る。
無言の威圧。
「分かってます。言うつもりなんてこれっぽっちもありせん。安心してください。グレイザック様と長く一緒に居たいので」
リディオノーレはそう述べた。
そういう言葉を言うところが、本当に正直すぎる。
グレイザックは思わず彼女の頭を撫でた。
「俺も、お前と長く一緒にいるつもりだ。お前が独り立ちするまで見守る」
「もう独り立ち出来てますよっ」
「どの口が言うか。倒れてアインズビルに帰ってきたのは何処のどいつだ」
それを言われるとぐうの音も出ない。
「くくく」
笑うケネス。
「笑わないでくださいーーー!」
リディオノーレは拗ねる。
「リディ」
今度は、グレイザックが彼女を呼ぶ。
リディオノーレは無言で彼を見つめた。
「覚えているかは分からんが、もしお前が精霊師になることがあれば1番に報告してくれ」
「覚えてますよ。言いますよ。1番先に師匠の元に行きます」
その言葉に満足したのか、グレイザックは彼女の頭を撫でた。
グレイザックは話題を変える。
「お前、あの狼はどうするつもりだ」
視線だけ黒い狼のディールの方に向けるグレイザック。
ケネスがいると近付いてこないディール。
何となく、ケネスの方が格上だと分かっている感じなのだろう。
「使役獣として契約したら駄目なんですか」
「アインズビルまでついてくるか分からんだろ」
そうは言うが、絶対についてくる。
ここまでリディオノーレに懐いていれば、絶対に。
「何にせよ使役獣の契約だけは待て。それは来年の授業内容だ。その時にまだディールがいるなら、そこで契約すればいい」
グレイザックは許可を出した。
一緒に過ごしてみて敵意もなく害もなく、とても彼女に懐いている。
「本当ですか!?」
「それまでディールがお前に付き従うなら許可する」
「鷹が欲しかったのではないのですか?」
「だが、お前と転移陣で手紙のやりとりが出来るのが分かったからまあ良い」
その言葉にリディオノーレは思わず苦笑した。
「あの転移陣、とっても魔力吸われたんですが、何が組み込まれていたんですか」
彼女はそう言えば、と思い出したことを尋ねてみた。
「あー、あれか。あれは人の移動も可能な転移陣だ」
「!!え!?」
リディオノーレは目を見開く。
「あの転移陣を作動するのに結構魔力がいるからな。お前の魔力量で使えることが分かったからあれで事足りる」
とても普通に語るが、リディオノーレにしたら驚愕の事実である。
「じゃあ、自分があの魔法陣に乗れば、いつでもグレイザック様のところに帰れるってことですか」
リディオノーレは目を輝かした。
そう言われ、グレイザックは苦い顔になる。
「待て待て。魔力もかなり食うし、転移酔いするぞ」
「転移酔い、ですか?」
初めての単語に首を傾げた。
「慣れるまで気持ち悪いと思うぞ」
ケネスも言う。
「じゃあ、早く慣れるようにたまに帰りますね」
リディオノーレはにこりと笑った。
「っ」
グレイザックは自分の額を押さえた。
やらかした。教えるんじゃなかった。
「あー……、もう好きにしろ」
グレイザックは苦い顔で答えた。
「じゃあ、私を連れ帰ったのもあの転移陣ですか?」
「そうだ。お前が寝食忘れるのは予想済みだったからな」
グレイザックはにやりとする。
「すいません。お手数かけました」
リディオノーレは肩をすくめた。
「!」
話している最中、急に誰よりも早くディールが飛び出して、海に向かって唸り始めた。
焚き火を調整していたサムエルも立ち上がった。
「グレイザック様、海から背鰭が見えます」
サムエルが声を上げた。
「何がいる?」
その問いに、サムエルは目を凝らす。
「鯨ではないことは確かですが………。大きさ的に鯱ですか。もしかしたら鮫もいるかもしれません」
背鰭がいくつか見える。
リディオノーレは杖を抜いて立ち上がった。
グレイザックも杖を持つ。
「ディール、おいで」
海に向かって最前線で唸るディールにリディオノーレは声をかける。
ディールは彼女の所に駆けてきて隣に並ぶ。
「鮫と鯱は、獅子と熊に相当するからな」
グレイザックはそれだけ言うと大きな風を起こすから増幅と拡大をかけろ、と彼女に命じた。




