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苦労少女の英雄伝  作者: 疾 弥生
学院~下級生編~

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203/912

海




「もうすぐ渓谷を抜けて、海に出ます」

隘路、樹海、洞窟、魔獣の巣穴をいくつもくぐりぬけ、そして荒天もありながらも無事に渓谷を抜けた。


ディールと出会ってから早5日のことだった。


当のディールは最後尾をひたすらついてきていた。

ここまでついて来られるとリディオノーレも愛着が出たのか、背中に乗せてもらったりするようになっていた。


渓谷を抜けた瞬間、天気が思いきり晴れてリディオノーレは感動した。


「ぅわああ」

一面海だ。海。海。海。


リディオノーレは駆け出す。


「こら!」

グレイザックは慌てて追いかける。

無鉄砲にも程がある。


リディオノーレは靴を途中で脱ぎ捨て、裾を捲り上げ、勢いよく海に入って行く。


「冷たーーーっ!!!」

リディオノーレは大はしゃぎだ。

「こら!風邪ひくだろ!」

グレイザックは波打ち際で止まり、怒りの声を上げる。


「いいじゃないですか!」

リディオノーレは両手で水をすくってグレイザックに向かってかけた。


「………」

頭から水をかぶったグレイザックは、少しの沈黙のあとにこりと微笑んだ。

「あ……」

やばい。

あの微笑みはやばい。

リディオノーレはそう思ったが、もう後の祭りである。


なので、もうやけくそだ。


もう一度水をすくうとグレイザックに思いきりかけた。

「………リディ」

グレイザックも裾を捲り上げ、海に入ると水を彼女に思いきりかける。


「冷たっ!」

リディオノーレは髪の毛が濡れたので、ぶるぶると頭を振る。


「やりましたねー!」

リディオノーレはグレイザックに向かって、更に水をかけまくる。

グレイザックは彼女のしたいようにさせてやり、彼女が疲れたところで問答無用で担ぎ上げ、海から引き上げた。


「サムエル、乾燥させてくれ」

グレイザックは彼女を肩に担いだまま、サムエルに乾燥魔法をかけてもらった。


そこでようやくリディオノーレをおろすと、彼女の額を弾くグレイザック。


「興奮するのは分かるが、危険すぎる」

グレイザックが説教する。

「だって海ですよ?入りたいじゃないですか」

リディオノーレは唇を尖らせた。


その表情にグレイザックは再度額を弾く。


「何が出てくるか分からんだろう。海ならまた来ればいい」

「!!本当ですか!?」

リディオノーレは目を輝かす。


「………いつになるか分からんが」

グレイザックは視線を逸らして答えた。

リディオノーレはグレイザックの顔を両手で挟み、自分の方に向かせた。


「絶対にまた連れてきてくださいね」

リディオノーレはまっすぐグレイザックを見つめてそう言った。

「約束ですからね」

彼女は言葉を重ねる。


「………」

グレイザックは無言。

「約束です」

リディオノーレはそれだけ言うと、少し悲しそうな顔で手を離した。


彼女は地面に座り込むと「はぁ…疲れた」と息を漏らす。

水をかけまくるのは案外疲労した。


座り込んだリディオノーレにディールは擦り寄ってくる。

顔を舐められたリディオノーレは、くすぐったいと言いながら楽しんでいる様子だった。


「鯨が出ると思うか」

じゃれ合う1人と1匹を横目に、グレイザックはサムエルに問うた。


「それは何とも言えません。どれくらいまで待機の予定ですか」

サムエルが逆に尋ねる。


「1週間だな。それ以上待って出なければ、帰る」

「ええええ」

聞いていたリディオノーレが抗議の声を上げた。


「執務は心配しなくても大丈夫ですよ」

「それは心配していない。お前宛てにそろそろたくさんの手紙が届いているんじゃないか」

「私ですか?」

リディオノーレは立ち上がって、首を傾げる。

ディールは彼女の足元に座り込む。


「そろそろあの脳筋の妹がやばそうだがな」

「ティルのことですか?」

まさにグレイザックの言う通りである。


「学院が始まったばかりで補講続きの奴なんてやばいに決まってる」

グレイザックが嘲笑する。

「………」

流石に庇えないのか、リディオノーレは視線を逸らした。


「双子の兄の方からでも手紙が届いているんじゃないか」

「返信するだけですよ?学院にすぐ帰りませんからね」

「………リディ。あなた、今学生なのを忘れていませんか?」

サムエルが呆れ顔で突っ込む。


「わ、忘れてませんよ。アインズビルで皆といた方が楽しいだけです」

リディオノーレは唇を尖らせた。

「正直すぎます」

サムエルは苦笑する。


「リディ、学院も楽しいだろう?」

人化ケネスが口を挟む。

「この面子と、そしてフェルバール様とバルデミアン様とグレーク様といる方が断然好きです」

「……」

ケネスはグレイザックを見て苦笑した。


「何故、俺を見る。俺のせいじゃないだろ」

グレイザックは眉を上げた。


「リディ、何で学院よりアインズビルの方が楽しいんだ?」

ケネスは笑いながら尋ねる。

「グレイザック様がいるからに決まってるじゃないですか。師匠がいるから、今こうやってドロゴルミットまで来れてるわけですし」

リディオノーレが微笑む。


その言葉にケネスは再びグレイザックを見た。

ほら、我が主のせいだろ、と目が訴えている。


グレイザックは苦い顔で、彼女の額を弾いた。


「とりあえずは待機だ。飯にしよう。肉ばっかで飽きただろうから魚釣るぞ」

グレイザックは唇の端を上げて、腕まくりをした。




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