リディオノーレのスープ
「リディ」
「リディ」
「………?」
名前を呼ばれ、リディオノーレは目をこすってから目を開けた。
「おはようございます」
サムエルが声をかけ、眼鏡を渡す。
リディオノーレは体を起こして周りを見たが、ケネスもグレイザックもまだ寝ている。
ケネスを起こさないようにそろりとリディオノーレは動く。
「少し、訓練しましょうか」
サムエルは微笑み、彼女の手を持って立たせる。
「こちらに」
少し離れたところに腰を下ろすリディオノーレ。
「目は瞑っていて下さいね。開けないように。ズルは許しません」
サムエルに言われ、リディオノーレは目を瞑った。
「少し離れたところから小石を投げます。気配を察知して避ける練習です。小石ならそこまで痛くないでしょう」
「え……あ、はい」
リディオノーレは頷くことしかできなかった。
小石でも痛いに決まっている。
有無を言わせず、訓練が始まった。
「いっ!」
後頭部に当たった。
「感じて下さい」
サムエルはそれだけ言ってまた小石を投げる。
「っ!!」
今度は右肩に当たる。
地味に痛い。
「音を聞いて下さい。もっと真剣に」
サムエルは言う。
そうは言うが、分からないものは分からない。
声を頼りに場所を当てるのは出来るが、飛んでくる石を察知するのは難しすぎる。
「当分、これの修行をします。あと10回投げますね」
サムエルはそう言って10回投げきると「はい、終わりです」と手を打った。
「全然ですね」
サムエルは彼女に笑いながら話しかけた。
「流石に難しすぎます」
リディオノーレは苦い顔で答えた。
「逆に私も投げる側やりたいです」
「構いませんよ」
サムエルは笑顔で答える。
リディオノーレは小石を手に取り、サムエルは立ったままそこで目を瞑った。
彼女はそろりと音を立てないように歩いて移動すると小石を後頭部めがけて投げた。
ひょい、と頭を振って避けるサムエル。
「!」
リディオノーレは目を見張る。
もう一度そこに投げてみたが、難なく躱された。
なので、今度は違う方向から投げてみたが、それも避けられる。
「………サムエル様、気持ち悪いです」
リディオノーレは苦い顔でそう述べた。
「何ですか、その感想は」
サムエルも苦い顔になって、目を開けた。
「ぷっ」
グレイザックとケネスも起きてきて、彼女のその言葉に吹き出した。
「こんなの出来るようになるんですか」
リディオノーレは問う。
「なりますよ。私の修行について来ることが出来れば、ですが」
サムエルは答えた。
「………分かりました」
リディオノーレは観念して、そう答えた。
「では、朝食にしましょう。ここからは、魔獣の巣窟になります。いつ何が現れるか分かりませんから、食べれる時にきちっと食べておきますよ」
サムエルは昨夜獲った魔獣の肉を焼き始める。
「私もスープつくります!」
「そうですか?お願いします」
サムエルから許可が出たので、リディオノーレも嬉々としてスープをつくり始めた。
素早く具材を切る。手際は良い。
グレイザックはお茶を2人分淹れると、人化したケネスに1つ渡す。
「近くに魔獣は?」
「いることはいるが、様子見な感じだな。殺気もないし、今のところは問題ない」
ケネスはお茶を飲みながら答えた。
そして、「そう言えば」とケネスは重ねて口を開く。
「リディは料理できるのか?」
ケネスはグレイザックに尋ねた。
「………」
グレイザックは記憶を辿る。
「………いや、待て。待て待て!リディッ!」
グレイザックは慌てて叫ぶ。
呑気にお茶を淹れている場合では無かった。
いつぞやに料理長であるグランエールが、料理の腕はからきしだと言っていなかったか。
グレイザックは慌てる。
そんな奴に料理をさせたらとんでもないことになる。
グレイザックは慌てて腰を上げたが、遅かった。
ぐつぐつ、と鍋で具材を煮込むリディオノーレ。
「……おい」
中身を見て、グレイザックの顔が引き攣った。
「色がおかしいぞ」
グレイザックは言う。
ケネスも覗く。
たった4人分なので小さい鍋だ。
「………これは、何だ」
ケネスも顔を引き攣らせながら尋ねる。
「え?スープですけど?」
リディオノーレは答える。
「サ…サムエル」
グレイザックがサムエルを呼ぶ。
「?どうされましたか?肉の方は焼けましたよ」
サムエルは皆の肉の皿を用意したのち、スープを見に来た。
「………」
サムエルは無言。
表情に出さないところは大人だった。
「ほら、公開授業のとき、グランエールが料理の腕はからきしだと言っていなかったか…?」
グレイザックは恐る恐る尋ねる。
「………言っていたかもしれません」
サムエルは記憶を辿りながら答えた。
男3人は鍋をもう一度見やる。
具材は魔獣の肉、そして……。
「草?薬草か?」
ケネスが尋ねる。
茶色と緑が混じった濁った色のスープだった。
匂いは別にしないのだが、見た目が悪すぎる。
「……ケネス」
グレイザックが声をかける。
お前が毒味してみろ、という視線だ。
「この中で1番毒に耐性があるのは、我が主だが」
ケネスは答えた。
「そうですね。それに愛弟子の初めての手料理ですし」
サムエルもにこりと微笑んだ。
「う……」
グレイザックは一歩後退る。
「毒とは失礼ですね!毒なんて一切入ってないですよ!色が悪いだけです」
リディオノーレは抗議する。
スープを少しだけ器に入れて、自分で飲む。
(色が悪いのは分かっているんだな…)
男3人は安堵した。
「………色が悪いだけで、食べれます」
リディオノーレはスープを飲み干し、膨れっ面をしながらスープをまたよそうとグレイザックに差し出した。
「……因みに、何が入っている?」
グレイザックはスープをじっくり見たり匂ったりしながら尋ねた。
「回復薬の素材たちです。道中に収集した素材を拝借しました」
「それだけか?」
「効果が増幅しそうな素材もいくつか」
「お前を信じるからな」
グレイザックはそう言って、スープを飲んだ。
「……………」
飲んだグレイザックの様子を窺うサムエルとケネス。
「……………味はしない」
グレイザックはそう言って、器をサムエルに渡す。
サムエルは恐る恐る口をつけた。
「…………確かに」
サムエルもそう言って、残りをケネスに渡す。
ケネスは一度匂ってから、飲み干した。
「…………何だこれは」
ケネスは眉間に皺を寄せた。
味はしない。美味しくもないし不味くもない。
だが。
「疲労が一気に飛んだぞ」
ケネスはそう言ってリディオノーレを見た。




