サムエルによる訓練
狼の群れは、人化を解いたケネスの本来の姿を見ると一目散に逃げて行った。
「ちょっと」
リディオノーレがケネスに向かって不満げな顔を見せる。
「狼の魔石も必要なんですからね」
「仕方ないだろう。不可抗力だ」
ケネスは答える。
「鞭の扱いも練習しないといけませんので、出来れば弱い魔獣はおいといてもらえると」
サムエルも苦言を呈す。
ケネスは苦い顔をして人化した。
「分かった分かった。手は出さない」
ケネスはそう言って3人から距離を取った。
隘路を抜け、少し開けたところまで登ってくると大型の鷹や鷲が獲物がいないか旋回していた。
「動く敵は難しいですが、練習には良いかもしれません。物理防御の装飾品もありますし」
サムエルはそう言って、リディオノーレを見た。
「え!?鳥相手にですか?」
「俺はあっちで休んでいるから頑張れ」
グレイザックとケネスは2人かは離れ、素材採集を始めた。
鷹と鷲たちがサムエル達を見つけると一目散に飛んでくる。
「フルティゴゲルム!!」
リディオノーレとサムエルは鞭の魔法陣を出して、唱えた。
一瞬にして杖が鞭に変わると、サムエルが大きく鞭を振るった。
「鞭は殺傷性がないので、初撃が大事です。初手でどれだけ相手を怯ませることが出来るかが重要になってきます」
サムエルは鞭を振るい、魔獣たちに距離を取らせることに成功した。
「鞭の弱点はご存知ですか?」
「懐に入られたら弱いことですよね」
「そうです。なので、接近戦にならないように注意すること」
サムエルは鞭を振るい続け、少しずつ魔獣たちに損傷を与え始める。
「あともう1つ弱点があって、攻撃力が弱いことです」
振るう手は止めず、サムエルは続ける。
「傷を負わせることはできるけど、致命傷にはならないのです。剣のように刺すこともできません。傷を蓄積させて、退散させる。接近戦にもつれこませないようにする。では、どうしますか」
「距離を保ったまま攻撃の手を緩めず、敵に必ずあてないといけません」
「そうですね。少し、今の実力がどれくらいなのか見ても良いですか」
サムエルは鞭を振るうのをやめた。
その瞬間、一気に襲いかかってくる。
リディオノーレが応戦する。
サムエルほど鋭い鞭の振り方ではないため、間合いに飛び込んで来られてしまう。
物理防御のかかった装飾品に防がれるが、あまりにもお粗末である。
「ふむ」
サムエルは実力を確認すると、魔獣たちを鞭で一気に薙ぎ払った。
「グレイザック様、とどめをお願いしてもいいですか」
サムエルはグレイザックに頼むと、彼は風刃で容易に全てを殺した。
「ふむ」
サムエルはもう一度頷くと、リディオノーレに向き直った。
「リディ」
「はい」
「酷なことを言うようですが、鞭は向いていません。なので、剣の練習をします」
サムエルはそう告げた。
その言葉に彼女の顔が歪む。
「でも、見たくないです」
「分かっています。見なければいいのですよ」
サムエルはにこりと微笑んだ。
グレイザックも少し眉間に皺を寄せる。
「……どうにかなるのか?」
「どうにかさせますよ。請負人ですからね」
サムエルは微笑んだ。
「今すぐには出来ないかもしれませんが、毎日コツコツとやっていく内に出来るかと。特に荒療治ですが、魔獣狩りは短期的に伸ばすのに最適です」
サムエルの笑顔が怖い。
リディオノーレは思わず顔が引き攣る。
「グレイザック様」
サムエルはグレイザックを呼んで、コソッと耳打ちをする。
「………荒療治すぎないか」
話を聞いたグレイザックは、更に眉間に皺を寄せた。
「グレイザック様の助けがあれば出来ると思うのですが、どうでしょう」
サムエルはひたすら笑顔だ。
「………分かった」
グレイザックは諦めて了承した。
「な、何をさせるつもりなんですか」
リディオノーレは思わず一歩後退る。
「魔獣の気配は?」
グレイザックがケネスとサムエルに尋ねる。
「とりあえずは大丈夫かと」
「そうだな。臭いはあるが、まだ遠い」
2人が答える。
「じゃあ、まずは10分ほどだ」
グレイザックはそう言って、杖をリディオノーレの方に向けた。
「え、本当に何するんですか」
リディオノーレはまた一歩後退る。
「すまん、リディ」
グレイザックはそう言って、杖を持っていない方の手で彼女の片手を握って、呪文を唱えた。
リディオノーレのまだ知らない呪文だった。
「!!」
急に視界が暗くなったリディオノーレ。
握られていた手を思わず力強く握りしめる。
瞼が開かない。
握っていない手で眼鏡を外し、瞼を触る。
「!!!」
瞼がくっついているかのように開かない。
「その眼鏡は今は預かっておく」
グレイザックに眼鏡を取られる。
「手を離すぞ」
「え、え!無理ですよ!」
リディオノーレは握っている手を離そうとしない。
「嫌です!嫌です!怖いです!」
リディオノーレは慌てふためく。
何も見えないのは怖すぎる。
「落ち着け」
そうは言われるが、リディオノーレはグレイザックの手を引っ張り、服をぎゅっと掴む。
離さないという意思を感じる。
「大丈夫だから、落ち着け」
グレイザックは彼女の背中を優しく撫でる。
「ここから動かなくていい。じっとしてろ」
グレイザックは優しく声をかけ、ゆっくりと彼女から離れていく。
「グレイザック様っ!!」
手が離れるとリディオノーレは思わず叫ぶ。
「大丈夫だ。大丈夫」
グレイザックは宥める。
「では、リディ」
グレイザックが距離を取ったのを見てから、サムエルは口を開いた。
リディオノーレはサムエルの声が聞こえた方向に体を向ける。
「暗闇の中、今何が敏感になっていますか」
「耳です」
「まずは、私たちが何処にいるのか指を差して下さい」
そうしてサムエルによる訓練が始まった。




