サムエルとグレイザック
昼食はその女将の店でご馳走になった。
「ありがとうございました」
サムエルが店を出るときに頭を下げた。
「いいよいいよ。あのサムエル様があたしの店に来ただけでこれから客足が増えるよ。そちらこそ気を付けて。何やら魔獣の動きもおかしいんだ」
「店でも他の客が言ってましたね」
サムエルが言う。
「他の店でも聞いてみるといいよ。最恐の請負人なら何の心配もないだろうがね」
「女将。ナックルンドの噂は何か聞いていないか?」
グレイザックが口を挟んだ。
「ナックルンドかい?あまりいい噂は聞かないね。今は王女と王子が国政をしてるそうだが、グダグダらしいよ」
「詳しく分かったりは?」
「噂でしか聞かないから分からないが、こっちに亡命してきているのが何人かいるらしいよ」
「亡命、ですか」
サムエルは怖い顔をする。
「らしいよ。王宮騎士団さんとかに聞けば分かるんじゃないか」
「ありがとう、女将」
グレイザックは人当たりの良い感じで礼を述べた。
「あら、かっこいいお兄ちゃんにそんな笑顔を見せられたら惚れちまうねぇ」
女将がそんなことを言うので、グレイザックの顔が少し引き攣った。
「女将さん、ありがとうございました!料理も美味しかったです!また来ますね!」
リディオノーレはグレイザックの腕を掴み、その場から先に離れる。
サムエルも最後もう一度女将に礼を言って、グレイザック達の元に来た。
「大丈夫ですか、グレイザック様」
サムエルは尋ねる。
「ああ。あまりにも直球すぎて」
グレイザックは苦い顔をする。
「もう少し町から情報を得てから向かいますか?少し気になるのでは?」
サムエルがグレイザックの顔色を窺う。
「……そうだな。亡命者が出てることは気になるな」
「亡命しないといけないほど、ナックルンドがやばいということですか」
リディオノーレは尋ねる。
「さあな。まだ俺の所には情報が来てないから何とも言えん」
グレイザックは少し考え込む。
「酒場とかなら情報が入りやすいが、リディを連れて行くには気が引ける」
「そうですね。未成年ですし。町の酒場はやかましいですから」
サムエルも同意する。
「今回は、本来の目的の方を優先させる。その道中、何か情報が入ってくればそれで良し」
グレイザックは決定した。
「かしこまりました。では、進みましょう」
サムエルはひと気のないところに行き、天馬に跨る。
ケネスもやっとここで人化し、天馬に乗った。
どんどん人里から離れて行く。
速度も少し速い。
渓谷の入り口に着くと、サムエルはそこに降り立った。
渓谷の上空は雲でびっしりと覆われており、視界が悪そうだった。
「今日はここで野営します」
サムエルは枝を拾い集め、火をつける。
「食事をしたら、リディは早めに寝て下さいね。渓谷に入ると身体強化で進みますので、体力を温存しておいて下さい」
サムエルに命じられ、リディオノーレは保存食を口にすると寝袋を準備し始める。
「ケネス」
グレイザックがそう呼び掛けると、ケネスはめんどくさそうに人化を解き、狼に戻る。
「寝袋よりは温かいはずだ」
ケネスはそう言って、こっちに来いと尻尾を揺らす。
「??」
リディオノーレは首を傾げ、グレイザックを見た。
「ケネスにくるまって寝ろ。それが1番、風邪をひかん」
グレイザックは温かいお茶を飲みながらそう命じた。
「我が主はそのためだけに我を連れてきたんだ」
ケネスはため息をつきながら言った。
「過保護ですね、相変わらず」
サムエルは苦笑する。
リディオノーレは目を瞬きながら、グレイザックを見た。
「寝ろ」
グレイザックはそう言って、一瞬にして睡眠魔法をかける。
ケネスは自分の体を布団代わりにして彼女をくるむ。
リディオノーレが寝たのを確認し、グレイザックはサムエルを見つめた。
「サムエル、聞きたいことが山ほどあるんだが」
「何でしょう」
サムエルはにっこり微笑む。
「あの二つ名、本当なのか」
グレイザックは単刀直入に切り込んだ。
「どう思われますか」
サムエルは笑顔で聞き返す。
「サムエルの剣の腕からして、大いに有り得る話だと思っている」
グレイザックは答える。
「ここに入ってからサムエルのことを知らぬ者は居ない様子だった。子どもたちはサムエルの顔を知らなくても二つ名を聞けば、敬意を示していた」
グレイザックは町での様子を思い出す。
ドロゴルミットでは、最恐の請負人は畏怖の対象である共に英雄的な存在である。
彼に頼めばどんな魔獣でも倒してくれるし、危機的状況も彼が居れば逆転できる。
「何故やめた?」
グレイザックは尋ねた。
「疲れたのです。その時に前領主様とお会いしたのですよ」
サムエルは答えた。
自分が最恐の請負人であることを暗に認めた。
「そうか」
グレイザックはお茶を飲み干し、息を吐く。
「請負人で居てほしかったですか?」
「いや」
グレイザックは即答する。
即答ぶりにサムエルは少し目を瞬いた。
「リディの言葉を借りるなら、サムエルがいなければ今の俺はいない」
グレイザックが答える。
乳飲み子だった彼を育て上げたのはサムエルである。
故にサムエルは親代わりだ。
「……本当に変わりましたね」
サムエルは感慨深げにそう呟いた。




