束の間の休み
「使い方が粗くて荒すぎるのですよ。魔力をとりあえずぶつけたらいいものではないのです」
サムエルの講義が始まった。
「長期戦も見越して、魔力を惜しみながら使わないといけません。確実に倒せる自信があるなら、最初から全力をぶつけてもいいですが、もう少し出し惜しみしましょう」
「はい……」
「それにもう魔力がないと分かっているのに使うところは本当によくありません」
「すいません……」
「あの時、どうなったのか覚えていますか?」
「心臓が掴まれたように痛くなって、意識がなくなる前に血を吐きました。そこまで覚えています」
リディオノーレは記憶を辿る。
「完全なる枯渇症状です。心臓が痛くなったときに止めておけばまだ大丈夫だったかもしれませんが、それでも魔法を使うのをやめなかった。それは本当に良くないです」
「ですが……」
『口ごたえはしない方がいいぞ』
グレイザックがお茶を飲みながら念話を飛ばした。
「あの後どうやって助けたかご存知ですか?」
「……知りません」
リディオノーレは項垂れる。
「ですよね。後で調べておいて下さい。知っておいて損はありません。それにグレイザック様がいたからこそ、すぐさま対応できたことです。私は咄嗟にあんな魔法陣を描けません。グレイザック様だからこそです」
「はい。すいません……」
「素直でよろしい。あまり無茶をしないこと。突っ走りすぎないこと。魔力は出来るだけ温存しておくことが大事です」
「分かりました。気を付けます」
「よろしい。グレイザック様、あと何日くらいで出発する予定ですか?」
サムエルはグレイザックに声をかける。
「そうだな。余裕みて5日後で」
「かしこまりました。では、リディ。手紙が返ってきていますので返信しておきましょう。少し旅に出ることも書いておくように」
「分かりました。グレイザック様は今日はこのまま休んでおいてくださいね」
リディオノーレはグレイザックの分も食器を片付けながらそう言う。
「何でだ。流石に午後からは俺も出る」
「1日くらい休んでも大丈夫ですよ。日頃休んでないのですから。私がいる間だけでも休んでください」
リディオノーレは立ち上がる。
「いや、俺も行く」
「駄目です。寝る時間も少なくなってましたし、5日後には出発です。休める時に休んでおいてください」
「それはお前も一緒だろう。お前こそ、元々体力がないのだから、休んでおけ」
「それではグレイザック様の負担が相変わらず多すぎます。今日だけでいいですから。今日はゆっくり休んでください」
リディオノーレは頑として譲らない。
少しの間睨み合いが続き、今回折れたのはグレイザックだった。
「分かった。今日だけだからな。夕の鐘が鳴れば迎えに行く」
「分かりました。お願いします」
リディオノーレは頷く。
「リディ。俺の執務机に脇に避けていた書類があるだろ?」
「……ありました」
記憶を辿りながら彼女は答えた。
「あれも読んでみろ。お前の意見も聞きたい。気になる所やこうしたい事があれば書いててくれ」
「???分かりました。私が見ても良い書類なんですね」
「ああ。ちょっと参考にしたい」
「分かりました」
「食器を片付けたらそのまま行かれますか?」
サムエルに聞かれる。
「はい。なので、手紙をまとめて後で届けてくれますか?」
「かしこまりました」
「ではグレイザック様。今日は読書でもして、ゆっくり過ごしてくださいね」
「ああ。迎えに行くから待ってろよ」
「はい」
リディオノーレは笑顔で部屋を出た。
彼女を見送ってからサムエルは笑顔でグレイザックに話しかける。
「精霊師は関係なしに本当に良い娘を引き取りましたね」
「英断だったと思っている」
グレイザックはサムエルに再び淹れてもらったお茶を飲みながら答えた。
「少々難はありますがね」
「……まあな。こんなに早く帰ってくると思ってなかったが」
「そうですね。早すぎます。それについては、どうにかしないといけません。今年はどの頃合いで学院に返すつもりですか?」
「本人は卒院式に出れたらそれでいいと言ってるが、大分先の話すぎる。半年後くらいには一旦返す。あの双子の妹の方が煩そうだからな」
「スティルナーデ様ですね。勉強にかなり難があるとお伺いしている娘ですね」
「らしいがよく分からん。躓くほど難しくないだろう」
グレイザックの言葉にサムエルはため息をついた。
「グレイザック様には一生分からないと思いますよ」
サムエルは苦笑しながら言った。
「それではそのまま学院生活ですか?」
「いや、視察時期には帰ってきてもらう。領主の側近として視察に出てもらう。俺は待機組だ」
「……リディを領主側近にするおつもりですか?」
「どうなるか分からんが、丁度、席が空いたしな」
グレイザックは言う。
「俺が居なくなってもどうにかなるくらい、執務は問題ないだろう?領主側近兼俺の後釜だ」
「なかなかしんどい役回りですよ、それ」
「リディなら出来る」
絶大な信頼を寄せている言葉だった。
「グレイザック様は本当にあの作戦を遂行するつもりなのですか」
サムエルは怖い顔で尋ねる。
「ああ。リディも言っていただろう。潜入が1番良いと」
グレイザックは言う。そして続ける。
「外側からなら戦しかないが、内側からなら暗殺出来る」
怖い単語が出たことに、サムエルは表情が暗くなる。
「逃げ切れても暗殺者として指名手配されてしまいます」
「その時はその時だ。まあ、逃げ切れるとは思えんが」
流石に無理がある。多勢に無勢すぎる。
「大義名分を掲げて、戦を起こした方が良いのでは」
「今の王たちがあの国相手に戦を起こすと思うか。何の大義名分がある?」
「……精霊師を貶めた罰としてどうでしょう」
「今になって公表しろと?」
グレイザックはサムエルを睨む。
「……ですよね」
「ひとつの策として、俺が精霊師だと知ったリディが、俺がナックルンドで殺されたことにより戦を起こすのが大義名分として1番成り立つ」
「自分が死ぬことを前提に話をしないで下さい」
「死ぬ覚悟で行くのとそうでないとでは、後のことも色々と変わってくるだろう」
「リディがそれを許すとは思いませんがね」
「禁忌の薬は止めねばならん。それは、精霊師である俺の仕事だ」
「その場所が死地だとしても、ですか」
「そうだ」
グレイザックは静かに頷いた。




