グレイザックの代わりに
グレイザックの代わりに領主の補助に入ったリディオノーレはグレイザックの仕事の進捗状況に目を見張った。
軽くひと月分くらいはもうすぐ終わりそうである。
流石だ。
ということは、余裕をもってひと月過ぎてもいいくらいの量は終わらせておくべきか。
リディオノーレは気合いを入れて、仕事に取り掛かった。
彼女の他にもシャイリーネが執務をしていた。
「グレイザックはどうした」
領主ライリルムントが怪訝な顔をする。
今日はリディオノーレが代わりに入ると言っただけで、理由を言っていなかった。
「寝かせています」
リディオノーレは筆を滑らせながら答えた。
「どういうことだ」
「疲れていたようなので、睡眠魔法をかけてきました」
「……あいつにそんな隙があるのか」
ライリルムントは驚く。
あのグレイザックに魔法をかけられる隙があるとは思えない。
「領主さまがグレイザック様を酷使させすぎなんです」
「違うぞ。あいつが勝手に仕事を先々やってるんだ」
ライリルムントは反論する。
「そんなに先のことまでやってどうするつもりなんだ」
その問いにリディオノーレは首を傾げた。
「あれ、何も聞いていませんか?」
「何だ。何かあるのか」
ライリルムントは眉間に皺を寄せる。
「グレイザック様が言ってないことは言えません」
リディオノーレはにこりと笑う。
「私、今から集中するので、周囲の音が聞こえなくなります。昼の鐘が鳴りましたら教えてください」
彼女はそれだけ言うと筆を高速で滑らせ始める。
その集中ぶりに領主夫婦は目を見張った。
仕分け作業も早く、書類を読むのも早い。
グレイザックにはどれも少し劣るが、彼に追随する実力を確かに持っている。
ここ数年、グレイザックに執務の余裕が出来たのは、彼女がいたからである。
そんな彼女が学院に行ったため居なくなり、グレイザックの負担はまた増えて大変だったところに、1週間ほどで彼女は帰ってきた。
「………2人に結婚させて、跡を継がせたら安泰だろうな」
ライリルムントは思わず呟いた。
「そうでしょうね。ですから、ジャンドを負けないように育てないと。騎士として訓練させている場合ではないですよ」
シャイリーネは言う。
「まあリディもグレイザックも領主になる気になんてさらさら無いのは知ってますから構いませんが、外野がどう言うか分かりませんからね」
シャイリーネは重ねて言う。
「あまりにも外野が煩いと、この2人は実力行使で黙らせそうですし」
シャイリーネの言葉にライリルムントが苦い顔になる。
有り得る可能性があるから、彼は唸った。
「シャーリーはどうするつもりだ」
ライリルムントが尋ねる。
「どうでしょうか。グレイザックに惚れていましたが、今は少し弁えるようになったようです。ですが、気になる殿方の存在も聞いていません」
「そっちも心配だな」
ライリルムントはため息をついたのだった。
昼の鐘が鳴ると、サムエルが領主の執務室に訪れた。
ライリルムントは顎でリディオノーレを指し示す。
サムエルはため息をつきながら彼女に近付き、筆を掴んだ。
「リディ、ご飯の時間です」
サムエルは告げた。
「ん……。そんな時間ですか」
リディオノーレはサムエルを見上げた。
「この書類仕上げたら終わります。少しお待ちください」
リディオノーレは素早く目を通し確認する。
「はい、終わりました!グレイザック様は?」
リディオノーレはサムエルに尋ねる。
「先程起きたので、食事は用意してきましたよ。行きましょう」
サムエルとリディオノーレ、そして密かに廊下で護衛任務に就いていたバルデミアンと共に自室に戻った。
グレイザックの部屋に戻ると彼は読書をしながら待っていた。
「え、先に食べてくれてたら良かったのに」
リディオノーレはそう言って、グレイザックの向かいに腰を下ろした。
「すまん。寝過ぎた」
彼女が着席したと同時にグレイザックは謝った。
「ゆっくり休めましたか?」
リディオノーレは尋ねる。
「ああ」
グレイザックはふわりと微笑んだ。
あまりにも優しい笑みにサムエルとバルデミアンは少し驚くのだが、リディオノーレはとても嬉しそうに微笑み返した。
「それなら良かったです。仕事終わらせて来ましたよ。あれだけ進めてたらそりゃ帰り遅くなりますよね」
リディオノーレは苦笑した。
「どれくらい進んだ?」
「ひと月とちょっと分くらいなので、1週間分ほどやっただけですね」
「あの短時間にですか?」
バルデミアンが目を見開く。
「いや、リディですから出来ますもんね。私、執務室の方で食事して来ます」
バルデミアンはそう言って部屋を辞して行った。
「……結構、頑張ったな。午前中だけでそれほどやったのか」
バルデミアンが去ったあと、グレイザックは少し驚きつつそう発言した。
「グレイザック様の為ならやれますよ」
リディオノーレはにやりと笑った。
「だから、自分のことを優先しろ」
グレイザックは呆れたように言うと食事に手をつけた。




