グレイザックとリディオノーレ
「お前と手合わせする時間がなくなったぞ」
グレイザックは自室に戻ると、そう愚痴った。
「私は大丈夫なので、グレイザック様は折角の早上がりなのですから、ゆっくり休んでください」
リディオノーレはお茶を淹れてあげる。
茶器と茶葉はずっと用意してあるので、水魔法と加熱魔法を使って、お茶を淹れる。
「俺のことは良い」
そう言いつつ、グレイザックはお茶に手をつけ、ゆっくりと飲む。
ふぅ、と息を吐くグレイザック。
「やっぱりお疲れじゃないですか」
リディオノーレはグレイザックの背後に回り、肩に手をかけた。
「何をする」
「肩を揉むだけです」
警戒しているグレイザックを解すように、リディオノーレはゆっくりと肩を揉み始める。
「あんまり無理しないでくださいね」
「お前もな」
即答するグレイザック。
最近はこのやりとりが日常化している。
「……痛くないですか?」
リディオノーレは揉みながら尋ねる。
「大丈夫だ。案外上手いな」
グレイザックは目を閉じる。
「……リディ」
グレイザックは目を閉じたまま、呼びかけた。
「はい。何でしょう」
「もしかして、思ってるより剣先が怖いか」
「……分かりません。あれから見ていませんので」
リディオノーレは動揺をしないよう答える。
「そうか」
グレイザックはそう答えると、杖を出して「グラティパーダ」と唱えた。
一瞬にして、杖が剣に変わる。
「!!」
リディオノーレは後退る。
グレイザックは立ち上がり、彼女に剣先を向けた。
「!!」
リディオノーレは再び後退る。
「……っ」
頑張って剣を見つめていたリディオノーレだったが、視線を逸らした。
「見ろ」
グレイザックに命じられ、リディオノーレは再び頑張って剣を見た。
剣先は手の届く範囲にある。
「……っ!」
リディオノーレは口を押さえた。
「はっ。……うっ。はっ」
息が浅くなり、過呼吸を起こす。
「リヴァベーレ」
グレイザックは慌てて剣を解除すると、杖を放り投げ、リディオノーレを抱き締めた。
「すまん。やりすぎた。息を深く吸え」
すーーーーーっとリディオノーレは息を吸う。
「ゆっくり、ゆーっくり、息を吐け」
リディオノーレは言われた通りの呼吸を繰り返す。
それでも浅い。
グレイザックは彼女を担ぎ、リディオノーレの部屋に移る。
彼女の寝台にグレイザックは抱き上げたまま乗る。
グレイザックは胡座をかいて、その上に彼女を乗せた。
その間も呼吸が浅い。
「よし。ゆっくり息を吸えよ」
グレイザックは彼女の背中を優しくさすりながら声をかける。
「そうだ。そう。ゆっくり…。ゆっくりだ。ゆっくり吐いて…」
グレイザックは彼女が落ち着くまでひたすら背中をさすり、優しく声をかけ続けた。
呼吸が整ったところで、グレイザックも息を吐く。
「悪かった。俺が完全に悪い。すまん」
グレイザックは彼女の頭に顔を埋め、謝った。
「……大丈夫です」
リディオノーレは声を振り絞って出す。
「ひとつワガママ聞いてやるから、それで許せ」
本当にもう大丈夫になったし、別に怒ってもないのだが、グレイザックの声が悲痛なので、リディオノーレはワガママを言うことにした。
「じゃあ、このまま一緒に寝たいです」
「………分かった」
グレイザックがまさかこんな普通に許可をしてくれると思わず、リディオノーレは驚く。
少し顔が見たくて、顔を上げようとするのだが、頭を抱き締められ見ることが出来ない。
「このままでいいんだろ」
グレイザックはそんなことを言う。
「これだとグレイザック様がしんどいじゃないですか。お顔は見ないのでぎゅ、として寝たいです」
リディオノーレは言う。
「………」
グレイザックは腕の力を緩める。
「今日はグレイザック様が休まないといけない日なんですから」
リディオノーレはグレイザックを寝台に寝転ばす。
「どうする気だ」
グレイザックは眉間に皺を寄せる。
リディオノーレはその眉間の皺を押して解してから、彼の隣に寝転んだ。
そして、彼の胸に顔を埋める。
「……はぁ」
グレイザックはため息をつきながらも片腕を彼女の頭の下に差し込んだ。
「腕枕疲れないですか?」
リディオノーレは驚きながら尋ねた。
密着度が増したのだが、大丈夫なのだろうか。
「今日だけだ」
グレイザックはそう言って、もう片方の手は彼女の背中に回し、髪を優しく梳く。
その一定の動作が気持ち良くて、そして少し恥ずかしさもあり、リディオノーレは早々に目を閉じて眠った。
彼女が寝たことを確認したのち、グレイザックは髪をいじっていた手を背中に移し、そして目を閉じた。
もぞもぞと何かが動いているのを感じ、グレイザックは目を開けた。
「!」
すぐ真下で自分を見上げるリディオノーレに少し驚く。
かなりの密着度にも驚いたが、そう言えばそうだったな、と昨日のことを思い出す。
「あ、おはようございます」
リディオノーレは笑顔を見せる。
「ああ。……よく眠れたか?」
グレイザックは彼女の髪を弄びながら尋ねた。
「はい。グレイザック様もよく眠れたようで」
リディオノーレは嬉しそうに言う。
「お前があったかいからか、よく眠れた」
グレイザックの顔が幾分かスッキリしている。
「それは良かったです。ご飯取ってきますね」
リディオノーレは起き上がろうとしたが、グレイザックに抱き締められる。
「!」
「もうちょっとだけ寝ていいか」
「……いいですけど。お仕事は?」
「ギリギリまで寝るから後で起こせ。すまんが、このまま寝かせてくれ」
グレイザックは彼女を抱き枕代わりにしてもう一度目を瞑った。
珍しい彼の様子にリディオノーレは驚きつつも身を委ねた。
しかし、少しすると彼女の部屋にサムエルが訪れた。
扉を叩いた音でもグレイザックは起きる気配がなく、リディオノーレは体を反転させ、来訪者の方を向いた。
グレイザックと向かい合わせだったのが、今は彼に背中を向けている状態になる。
ごそごそと動かれ、少し離れたのが嫌だったのか、グレイザックの片方の手が彼女のお腹を持ってぎゅっと抱き寄せられる。
「!……おはようございます、サムエル様」
少し驚きつつ、リディオノーレは小声で言う。
「……一体どういう状況ですか」
サムエルは息をつく。
「先程少し起きたのですが、もう少し寝るとのことです」
「珍しいですね。やはり、お疲れだったのでしょう」
サムエルは呆れたように言った。
疲れを周囲に悟らせないようにしすぎである。
「リディはどうされますか」
「グレイザック様の代わりに参ります。なので、グレイザック様にはこのまま休んでてもらいましょう。魔法かけてあげてください」
サムエルはグレイザックに睡眠魔法をかける。
リディオノーレは彼が完全に寝静まったのを確認し、そろりと腕から抜け出した。
「私が領主さまの元に参ります」
「分かりました。後ほど護衛を誰か向かわせます」
サムエルは先に部屋を出た。
リディオノーレは眼鏡をかけてから、未だに部屋に張ってある結界をくぐり、領主の執務室へと向かった。




