起床
そして、リディオノーレが目覚めたのは、アインズビルに帰ってきてから3日目の夜中だった。
周囲を確認すると懐かしい天井。
隣には長椅子で眠るグレイザック。
目を瞬きながら体を起こす。
部屋を見渡し確認し、グレイザックの所で視線が止まる。
「?」
いつ帰ってきた?
リディオノーレは首を傾げた。
そんな覚えは全くない。
でも、とりあえずグレイザックの顔を見て思わずにやけてしまったリディオノーレ。
やっぱり安心感が違う。
ホッと安堵する何かが彼にはある。
目標の数の回復薬はつくったし、自分がここにいるということはグレイザックがどうにかしてくれたということだろう。
いつも彼女が起きたらどんな時間でも起きてくるグレイザックが全然起きてこないので、リディオノーレはじっと彼を見つめた。
それでも起きる気配がないので、リディオノーレはもう一度布団に寝転び、グレイザックの片手を握って目を瞑った。
少しすると寝息が規則的になり、リディオノーレが眠ったことを確認してから、グレイザックは目を開けた。
握られている手を握り返してやり、グレイザックももう一度目を閉じた。
翌朝。
リディオノーレが目を開けると、グレイザックの左手を握ったままの手が視界に入った。
グレイザックは起き上がって、右手だけで読書している。
「……おはようございます」
リディオノーレは寝転んだまま彼を見上げてそう呼びかけた。
「ああ。………早い帰りだったな」
グレイザックはにやりと笑った。
「ただいまです」
リディオノーレは苦笑しながら答える。
そして、名残惜しそうにしながら手を離してゆっくりと起き上がった。
近くにあった眼鏡をかける。
グレイザックは本を閉じると、彼女の額と首を触って熱がないか確認する。
「大丈夫そうだな」
グレイザックはそう言って、立ち上がる。
「食べれそうか?」
「……お腹はすいてます。けど」
リディオノーレは思わずお腹を押さえる。
「最近いつ食べたのか分かんないので、油っこいものは無理かもしれません」
リディオノーレは答える。
グレイザックは彼女の額を思わず弾いた。
「そんなことくらい分かってる。お前は何かに没頭したら、寝食忘れるからな。朝食取ってくる」
持ってきてもらった朝食を2人で仲良く平らげるのだが、お互いの嫌いなものはお互いの好きなものなので交換し、食べ終えた所でサムエルが部屋を訪れた。
「グレイザック様の執務室へのお越しが遅いのでもしやと思いましたが……」
サムエルはリディオノーレを見て一旦言葉を途切る。
「リディ、おはようございます。お帰りが早い気がしますが、そこの所どうお思いですか」
サムエルはリディオノーレを見て微笑んだ。
彼女は思わず後退る。
開口一番、鋭い切り込みである。
「お、おおお怒ってますか」
リディオノーレはグレイザックの後ろに隠れて尋ねた。
「怒ってはいません。呆れております」
サムエルが言う。
「う、嘘です。怒ってるじゃないですか」
「怒ってはいません。呆れているだけです。リディ、少しお話ししましょうか」
そう微笑むサムエルが怖い。
(ひぃぃぃ、怖い)
リディオノーレはグレイザックの服を掴んで、身を縮める。
グレイザックは声を出して笑わないように口を押さえていた。
肩は震えているのだが。
「執務室に全員集合しております。グレイザック様、そこの小娘をきちんと連行してきて下さいね」
サムエルはそれだけ言って、先に部屋を出た。
「………こ、小娘って言われました。絶対怒ってるじゃないですかー!」
リディオノーレは嘆く。
「ぷ。ほら、行くぞ」
グレイザックは彼女の背中を押す。
「笑ってるじゃないですか」
リディオノーレはグレイザックを見て唇を尖らせた。
「すまんすまん。言っておくが、サムエルの怒りは早めに終わらせておく方がいいぞ。どうせ、俺にも飛び火するから一緒に怒られてやるから、ほら行くぞ」
「……本当ですか?裏切りませんか?」
「お前、俺を何だと思ってる。優しい師匠だろうが」
「後ろに隠れててもいいですか」
リディオノーレはちらりとグレイザックを見る。
「それはサムエルの怒りを煽るぞ。さっさと終わらせるには意見せず、頷くこと。反論はしない。いいか?」
「分かりました」
リディオノーレは頷き、グレイザックと共に執務室に向かった。
執務室には、サムエルが言った通り、皆が集合していた。
サムエルにムナグレークにフェルバールにバルデミアン。そして、リディオノーレとグレイザックが揃った。
椅子が3席用意してあり、仁王立ちで待っているのはサムエルとムナグレークとバルデミアン。
椅子の1つには、フェルバールが既に座っている。
ということは、残り2席は師弟の椅子ということだ。
リディオノーレとグレイザックは顔を見合わせて着席した。
「まず、リディ」
サムエルは呼びかける。
「試験の最速合格おめでとうございます」
サムエルの褒め言葉にリディオノーレは目をぱちくりさせたのち、破顔した。
「ありがとうございます。最速なのですか?」
「グレイザック様よりはほんの数日早いです」
その言葉にリディオノーレはグレイザックを見た。
「俺はちゃんと授業に出てたからな」
グレイザックは彼女の額を弾いた。
「ですが」
サムエルの声が低くなる。
リディオノーレは思わず肩をすくめた。
「ですが、帰ってくるのも最速です。お叱りのお手紙が学院長から届きました」
サムエルは手紙を見せる。
要約すると、優秀なのは良いが、周囲に迷惑をかけすぎている、とのことだった。
「すいません……」
リディオノーレは謝る。
「別にわざとやってるわけではないんですが……」
リディオノーレはそう反論を呟いてしまう。
瞬間、膝をグレイザックにはたかれた。
『黙っておけ、と言っただろう。長引くだろうが』
念話が飛んできた。
リディオノーレはサムエルを見て「すいません、以後気を付けます」と答えた。
「はい。是非気を付けて下さい。突っ走りすぎです。フェルバール様もどうにかリディと連絡取れるように手段を講じないといけません」
サムエルの口撃がフェルバールに移る。
「申し訳ございません…」
フェルバールは素直に謝った。
彼は完全に悪くないのだが。
「元はと言えばリディが悪いのですから。調合が好きなのは良いですが、部屋にこもりきりは良くありません」
バルデミアンが口を挟んだ。
「そうですね。人間ですから、食べて寝ないといけません。だから倒れるのですよ」
ムナグレークも攻める。
リディオノーレはどんどん苦い顔付きになっていくのが自分でも分かった。




