最速帰還
「グレイザック様、緊急のお手紙です」
ムナグレークがシャーリネーヴェからの緊急の手紙を渡す。
グレイザックは片眉を上げながら受け取る。
今から朝食を摂ろうとしていたところだった。
「私も覗いても?」
サムエルは許可を取り、一緒に中身を読む。
読み終えるとグレイザックはそれをムナグレークに見せた。
「倒れた所を見たことがないシャーリネーヴェ様からしたら、怖くて仕方ありませんよ」
ムナグレークが進言する。
「………とりあえず落ち着け、と返信しといてくれ。アリウォーナと学院長に昼までに連れて帰ると申請を出しておくように、と。あー、あと、部屋の中にあと何本の薬瓶があるか見えるか?とも尋ねておいてくれ」
グレイザックは朝食を摂りながら、サムエルに指示を出す。
「フェルにも帰る用意をしておくように言っておいてくれ」
グレイザックは何も焦った様子を見せず、そう指示をする。
「かしこまりました」
サムエルがすぐさま動く。
「もう連れ帰るのですか?前代未聞かつ最速では?」
ムナグレークが苦笑いで述べる。
「試験も終わっているし、連れ帰っても何ら問題ない。最速なのは認める」
グレイザックも呆れている。
「まあどこかに出歩かれるよりは、フェルには悪いが部屋にこもってもらっておいた方が良い。だが、寝食忘れるのは予想済み。調合を何日も徹夜してやれば、流石に誰でも作り終われば気が抜けて寝るだろ。で、床に寝落ちしたんだろうな。結界を解除出来ないなら、誰も食事を持って入れない。空腹も重なって倒れただけだから当分寝れば起きるだろう」
グレイザックの言葉にムナグレークとサムエルは苦笑いになる。
今までもそういうことがあったが、学院でもそうなるとは。
あれだけ注意しておいたのに、何ら響いていない彼女にため息が出る。
「でも、どうやって連れ帰るおつもりですか?」
ムナグレークは尋ねる。
女子寮は男子禁制だ。
如何なる事情があろうと入ることは出来ない。
「そんなこともあろうかと、グレイザック様は用意周到なのですよ…」
サムエルは呆れた風に呟き、床にある転移陣を指差した。
「………?」
ムナグレークはその転移の魔法陣をじっくりと観察する。
普通の転移陣とはどこか違うのは気付いていたが、じっくり見たことはなかった。
少しの間じっと色んな角度から見つめたムナグレークは、何かに気付き声を上げた。
「これは、もしかして、人の転移陣?ですか?」
ムナグレークは目を瞬いた。
「そうです。ですから、私がこの魔法陣を使うには魔力がギリギリといった訳はこれなんです」
サムエルが苦笑いで答えた。
「……」
ムナグレークがグレイザックを見やる。
グレイザックは知らぬ顔で朝食を食べ終え、フェルバールとシャーリネーヴェからの返信を待っていた。
グレイザックから帰る準備をしておくように、と言われたフェルバールは大忙しだった。
しかもシャーリネーヴェにも「連れて帰るっていう手紙が来たのですけれど、どうやって!?」とすごい剣幕で聞かれた。
「分かりませんが、グレイザック様がそう言っているのですから、そうなのでしょう」
フェルバールは苦笑いで答えた。
彼もそうとしか答えようがない。
「シャーリネーヴェ様への手紙は何と?」
「アリウォーナ先生と学院長に連れ帰る許可申請を出すことと、部屋にあと薬瓶がいくつあるか教えてほしい、と」
「………慌てているのは私たちだけということですね」
フェルバールは余計苦笑いになる。
「アリウォーナ先生もずっと部屋に張り付いて調合見てたから許可はもらってきたわ」
「では、学院長の所には私が行っておきますのでリディオノーレ様を見ていて下さい」
フェルバールは足早に学院長の元へ向かった。
最初の2日くらいは流石に寮の皆も大騒ぎしていたが、3日も経てば生きているならいいんじゃないか、という楽観的思想に代わり、リディオノーレが部屋から出て来ないのを心配するのはシャーリネーヴェだけになっていた。
スティルナーデは補講続きで、毎日へとへとになっていたため、使いものにならなかった。
床に倒れるリディオノーレを見て、シャーリネーヴェは心臓が縮み上がったものである。
リディオノーレは時々、体調不良で寝込んでいたのも知っていたし、いつぞやは約1年ほど姿を現さなかった。
そんな彼女が倒れたら心配するだろう。
「フェルバール様から学院長の許可が出たと知らせが来ました!」
シャーリネーヴェの側近が彼女に報告しに来た瞬間、リディオノーレの部屋の魔法陣が光った。
まだそこで見ていたアリウォーナも驚く。
魔法陣から現れたのは、グレイザックとサムエルだった。
「えっ!!!???」
シャーリネーヴェは驚きの声を上げる。
グレイザックは人差し指を自分の唇に当てて彼女の方を向く。
シャーリネーヴェは慌てて口を押さえた。
サムエルは素早く薬瓶と手荷物を片付け、魔法陣に乗せる。
「………前代未聞ですよ、グレイザック」
アリウォーナが結界の外から話しかける。
「結界を破れぬ方が悪い。こういうこともあろうかと、用意は入念にしておかないとな」
グレイザックは唇の端を上げてそう答えた。
そして、リディオノーレを肩に担ぐ。
「………軽くなってる」
グレイザックはそう呟いた。
「6日間も飲まず食わずでしたら流石に痩せます」
サムエルは苦笑いで答え、魔法陣に乗る。
「シャーリネーヴェ、フェルバールに帰ってくるよう伝えてくれ。では、アリウォーナ先生、今度は卒院式で」
グレイザックは意地悪な笑みでそう話しかけ、魔法陣を発動させた。
「ああ!薬と結界!!!!」
アリウォーナは叫んだが、その時にはもう遅かった。
3人の姿が消えていた。
結界はそのまま。
「………はあ」
シャーリネーヴェがため息をつく。
「アリウォーナ先生、お手数をおかけしました」
彼女はそう言って、側近に「少し休むわ」と声をかけて部屋に戻って行った。
アリウォーナも呆然としながら、自室に戻って行った。
転移で戻ってきたグレイザック達は、リディオノーレをすぐに彼女の部屋で寝かせてやる。
一緒に持ち帰ってきた荷物は、サムエルと部屋で待機していたムナグレークが手分けして片付ける。
「リディはどんな様子ですか」
サムエルが尋ねる。
「爆睡だ」
グレイザックは笑いながら答え、薬瓶の数を数える。
「………確かにあるな」
「よくこれだけの量を短期間でつくりましたね」
サムエルは感心する。
「学院に行ってまで、相変わらずすぎます」
ムナグレークは手荷物を片付けながら呆れた。
「想定内だから良い」
グレイザックはそう答え、片付け終わると何事もなかったように執務に取り掛かった。




