領主家族との食事会
夕の鐘が鳴り響き、3人は仕事の手を止めた。
少し仕事がまだ残っているが、これくらいなら明日にまわしても大丈夫だろう。
リディオノーレはそう判断し、立ち上がる。
「食事の準備をして参ります」
3ヶ月の間に食事の準備も1人で出来るようになった。
「いや、今日は本館に招かれている」
グレイザックの言葉に目を瞬くリディオノーレ。
「聞いていません」
「……今、言った」
言うのを忘れていたのだろう。
グレイザックは目を逸らして、そう答えた。
「ど、どうしたらいいんですか?サムエル様、教えてください」
「今日はリディも一緒に食べるように、と伺っています」
サムエルの言葉にリディオノーレは目を見開く。
やいのやいの彼女は抗議しながら、連行されて本館に向かった。
されるがまま、リディオノーレも食事の席につく。
領主であるライリルムント、夫人のシャイリーネ、長女のシャーリネーヴェ、そしてグレイザックとリディオノーレでの食事だ。
なるべく優雅に見えるように気をつけながら、リディオノーレは食事をする。
正直、緊張していて味があまり分からない。
サムエルや領主たちの側近は扉の傍に控えている。
自分もサムエルのように立っていたかった、と彼女は側近たちに羨望の眼差しをたまに向けていた。
半分ほど食べ終えたところで、ライリルムントが口を開いた。
「リディオノーレ、ここの食事は口に合っているか?」
まさかの名指しにリディオノーレは口に含んでいた食事を丸ごと飲み込んで少しむせた。
隣に座っているグレイザックが彼女を少し睨む。
バカかお前は、と目が言っている。
「…っ。美味しくて最近は太ってきた気がします」
こほんと一回咳払いして、リディオノーレは背筋を正し、そう答えた。
「口に合ってるなら何よりだ。年齢的にはまだまだ太ってもいいくらいだぞ」
「……そうなのですか?」
リディオノーレはグレイザックを見る。
確かに2歳違いのシャーリネーヴェと比べると発育はよくないだろう。
「まあ初めに比べたら大分肉がついた方ですね」
グレイザックは水を優雅に飲んでそう答えた。
「確かにそうだな。そうそう、リディオノーレ」
ライリルムントはまた声をかける。
「くるくるとよく働く娘が入った、と評判だぞ」
その言葉に彼女はとても嬉しそうな顔をする。
「…もっと取り繕え」
グレイザックは破顔している彼女にぼそ、と注意する。
慌てて彼女は表情を引き締める。
「……くく。礼儀や作法も問題なさそうだと聞いている。仕事ぶりも本館の者からもとても好評だ」
ライリルムントは言葉を重ねる。
「前カルムクライン夫妻の躾の賜物だな」
「グレイザック様の教育の賜物です」
ライリルムントの褒め言葉に、グレイザックとリディオノーレは同時にそう答えた。
リディオノーレは驚いてグレイザックを見る。
ライリルムントは少し面白そうに2人を見つめた。
「こいつは女嫌いだから、当たりがきついだろう?」
そのライリルムントの言葉にリディオノーレは目を瞬く。
グレイザックを見てみると、すごい嫌そうな顔をしている。
真意を探るようにサムエルの方を見ると、微笑んでいる。
もう一度グレイザックを見たが、嫌そうな顔は変わっていない。
ということは、女嫌いは本当のことなのだろう。
リディオノーレは考えて考えて口を開いた。
「し、仕事や勉強に対しては厳しいですが、生活面では大変お世話になっています」
当たりがきつい、とは一度も思ったことがないのだ。
どちらかと言うと、よく面倒をみてもらっている。
女嫌いなのも初耳だった。
「ほぉ」
彼女の答えにライリルムントは面白そうに唇の端をあげた。
「仕事はどうだ?きついだろう?」
「仕事量は確かに多いですが、グレイザック様の方が断然多いので少しでも負担を減らせればと思い、精進している毎日です」
リディオノーレは正直に答える。
実際にそうなのだ。執務をこなしながら、彼女の勉強や生活面もみているのだ。
全体的にグレイザックの負担が大きいことは確かだ。
「リディオノーレ、あの仕事量は普通じゃないからな」
ライリルムントは苦笑する。
「まあでもリディオノーレがよく手伝ってくれるおかげで助かっていると聞いている。兄として礼を言う」
「い、いやいやいやいや、本当に私は全然手伝えてなくて……。その、お礼を言われるほどのことはしていません。むしろ、私の面倒をみてくれているので、グレイザック様の負担が増えているのでは、とずっと懸念しています」
リディオノーレは慌てる。
領主に礼を言われるなんて、恐れ多すぎる。
「謙虚だなぁ。グレイザックのもとでよく捻くれず育っているな」
「義兄上」
グレイザックはライリルムントを少し睨む。
「グレイザックの所であれだけ仕事をこなせるんだ。俺の側近になるか?」
ライリルムントは笑いながらそんなことを聞いてくる。
「因みに書類仕事はグレイザックがほぼしてくれているので、俺は可か不可かを確認し、最終的に決定するだけだ」
なんと。新事実が発覚した。
リディオノーレは目を瞬いて、グレイザックを見る。
彼は少し目を逸らす。
……どうやら事実らしい。
心惹かれるお誘いだ。だが。
「もの凄い惹かれる内容ではありますが、まだグレイザック様のもとでたくさん勉強したいです」
リディオノーレはまっすぐ見つめてそう答えた。
「物好きだなぁ」
ライリルムントは笑う。
グレイザックを見てみると無表情なのだが、唇の端が少しぴく、としていた。
どうやら、嬉しかったようだ。
ちょっとずつだが、この3ヶ月でグレイザックの表情が読み取れるようになっていて、リディオノーレは自分の答えが間違っていなかったことに安堵する。
ほ、と息をついたのも束の間、シャーリネーヴェが口を開いた。
「お父様、わたくしもグレイザック様に勉強を見ていただきたいです」
可憐な声が響く。
まさかの発言にライリルムントは目を瞬く。
グレイザックは片眉をあげていた。
「辞めておいた方がいい。あいつは容赦ないぞ」
ライリルムントは止める。
何だろう、シャーリネーヴェがグレイザックを見つめる目が他と違う。
リディオノーレはグレイザックを見ると、もの凄い優しい微笑みをしていた。
(ひっ。すんごい嫌がってるときの顔だ…)
微笑みで隠している、社交用の笑顔だ。
リディオノーレは意を決して、助け舟を出すことにした。
「さ、最近は、仕事の量が多いですので、当面は無理かと存じます…」
リディオノーレはちら、とグレイザックを見る。
ふ、と唇の端が上がった。
どうやら、正解発言をしたようだ。
本当は最近は仕事が落ち着いていて、どちらかというとリディオノーレの勉強を見てくれている。
「では、いつ頃なら良いでしょうか?」
シャーリネーヴェは諦めずに尋ねる。
グレイザックがまた微笑む。
(ああ…、これは完全に面倒くさがっている…)
リディオノーレとサムエルは気づいていた。
「そうですね…、この娘が学院を卒業するまで、ですかね」
グレイザックはリディオノーレをちら、と見て微笑んで答えた。
(教える気ないじゃーーーん!!!!!)
口にしなかっただけ褒めてほしい、とリディオノーレは思った。
グレイザックが怖い。
姪に対して、全く容赦がない。
「グレイザック様」
リディオノーレは机の下で彼の袖を引く。
余計なことは言うなよ、という目つきで睨まれた。
でも流石に可哀想すぎる。
リディオノーレはお説教を覚悟し、腹をくくって口を開いた。
「歳の近い方とお勉強をしたことがないので、自分の実力が分かりません。1日だけ……とかならどうですか?」
リディオノーレは内心泣きながら、提案する。
「その、これまで以上に仕事に勉強に励みます。その1日分勉強みてくれるなら、他の日に1日お休みとってください。どうですか?」
リディオノーレの援護射撃に少しシャーリネーヴェが驚いていたが、嬉しそうな顔でグレイザックを見つめている。
でもグレイザックはとても嫌そうだ。
物凄い微笑んでいる。
「1日と言わず、2日でも3日でも。5日……は少し厳しいですが、3日間……本音は2日が限界ですが……、お休みしていただいて構いません」
「何だそれは。結局、2日しか休めないのか」
グレイザックは片眉を上げる。
「……、み、3日!3日お休みしてもらって大丈夫です!私、頑張ります!」
リディオノーレの言葉にグレイザックは唇の端を上げた。
(あと、もうひと押し!)
「シャーリネーヴェ様とも仲良くなりたいです」
その発言にグレイザックは眉間に皺を寄せる。
どうやら、この発言は不正解らしい。
ライリルムントは面白そうに様子を眺めている。
「ま、間違えました。えーーと……」
何か案はないかと、ぐるぐるぐるぐると考える。
「し、師匠!」
今まで呼んだことのない呼称でグレイザックを呼んだ。
「!」
驚いたようだ。
このまま続ける。
「師匠。私は不肖の弟子かもしれませんが、師匠のことを尊敬しています。それは、もうとても。なので、初めての願いを聞き届けてくれませんか?」
ピクピクと唇の端が動いている。
どうやら、嬉しさをごまかすために無表情を装っているようだ。
「師匠」
再度呼んでみる。
「……領主さま、発言してもよろしいですか?」
沈黙していたサムエルが少し苦笑しながら口を開いた。
「許す」
「グレイザック様、あなたのことを尊敬してやまない弟子が仕事も勉強も頑張り、あなたに休みを与えて下さるそうですよ?それも、5日間も」
サムエルはリディオノーレに向けて微笑む。
彼女は、ええええ、という顔をしているが、サムエルの雰囲気に押され反論できない。
「……5日か」
グレイザックは意地悪い顔をした。
「7日。7日で手を打とう。我が弟子よ」
グレイザックはリディオノーレに意地悪く笑いかけた。
(嘘でしょーー!!7日!?7日も休むの!?)
リディオノーレは心中で頭を抱える。
でも、もう前言撤回できない。
シャーリネーヴェも無言だが、早く承諾しろ、的な目で見つめている。
「……な、7日ですね。分かりました。死んだら、骨は拾ってください……」
顔を引き攣らせながら承諾した。
「シャーリネーヴェ様、今の仕事を即片付けますので1週間後でどうでしょう?但し、勉強はリディオノーレと一緒に受けてもらいます。構いませんか?」
グレイザックはシャーリネーヴェににこりと笑った。
「ええ。大丈夫です」
「では、その日は魔法陣の勉強に致しましょう」
グレイザックは満足そうだった。
リディオノーレの内心は満足どころか、焦りと絶望だ。
魔法陣の勉強はまだしていないので、すごい楽しみなのだが、7日もグレイザックに休みを取られたら、完全に死ぬ。
「死なないから心配するな。あー、あと食事を抜いたり、残業したりするとどうなるか分かっているよな?」
グレイザックに睨まれ、リディオノーレは「はい…」とか細い声で答えた。




