手紙のやりとり
「………ちょっとお待ち下さい」
授業が終わり教室から出てきたリディオノーレを見て、フェルバールは眉間に皺を寄せながら彼女を呼び止める。
あまりにも上機嫌すぎる。
「お待ち下さい、リディオノーレ様。もしかして、ですが、まさか試験をしてもらったのですか」
「そうです!終わりました!」
リディオノーレはニッコニコだった。
フェルバールは頭を抱える。
「本気ですか、初日で終わらせるとかあり得るのですか。本当なのですか。アングロード様、本当ですか?」
フェルバールが教室から一緒に出てきたアングロードに慌てて尋ねる。
「………本当です。リディオノーレ様は次元が違う所にいらっしゃるのかもしれません」
アングロードは彼女の優秀さに脱帽していた。
「………はぁ」
フェルバールはため息をついた。
「フェルバール様、私グレイザック様にお手紙書きたいのでご飯先に行きましょう!それで部屋にこもって手紙送ります」
リディオノーレは意気揚々とフェルバールの腕を持って食堂に向かった。
「……ここに居たのね、リディ。捜したわ。あなた噂になっているわよ」
シャーリネーヴェが呆れた様子で、食事を摂るリディオノーレに近付いてきた。
「え?何かありました?」
リディオノーレは首を傾げた。
「そりゃそうよ。素材の授業以外、全て初日に合格をもぎ取ってきたんでしょう」
「お姉様、私聞きたいことあるんですけど、いいですか」
「何かしら?」
「お姉様も早めに杖を貰って、予習していたじゃないですか?普通はそんなことしないんですか?学院での面談の時には杖が必要なのに、それから入学まで時間も期間たくさんあるのに皆さん予習しないのですか?」
リディオノーレは首を傾げた。
「折角あるのに何で練習してこないんですか?」
「………初めて貰った杖は、記念すべき日として初めの授業で使うという昔からの風習みたいなのがあるわ」
アングロードと同じ答えだった。
「でもお姉様は練習してましたよね?」
「私はね。最大領地のアインズビル出身者としての矜持があるもの」
シャーリネーヴェは答える。
「お姉様はやっぱりすごいですね」
リディオノーレは尊敬の眼差しを向ける。
「何が凄いのよ。初日合格をもぎ取ってきたあなたの方が凄いわよ。どうなってるの。教授たちの間でも噂になっているわよ」
「え……」
リディオノーレは目を丸くする。
別に凄いことをした覚えはない。
「当たり前でしょう。どう考えてもそうなります。グレイザック様に報告することが沢山ありすぎて困ります」
フェルバールは頭を抱える。
「別に悪いことはしてないんですが……」
リディオノーレは唇を尖らせた。
「明日から合格した授業はどうするの?」
シャーリネーヴェが尋ねる。
「とりあえずは素材の試験が3日後なので、それまでは普通にどの授業も出席します。素材の試験が終われば、大量の調合が待っているので今度はそちらにかかりきりになります」
リディオノーレは笑顔で答えた。
「シャーリネーヴェ様、今から寮に戻られますか?」
フェルバールは尋ねた。
「ええ。授業も終わったし」
「では、リディオノーレ様のことをお願いしてもよろしいでしょうか?私は報告書を書いて送らねばなりません」
「……大変ね」
シャーリネーヴェは彼に哀れみの目を向けた。
「グレイザック様、お手紙です」
執務室で執務をしていたグレイザックの元に、ムナグレークが手紙を持ってやってきた。
肩に鷹を乗せたまま。
「フェルバールからです」
ムナグレークから受け取ったグレイザックは流し読みすると、それをサムエルに渡した。
サムエルの顔はどんどん眉間に皺が寄っていき、最後はため息だった。
サムエルはムナグレークにもその手紙を見せる。
ムナグレークはそれを読んで、笑ってしまった。
「早すぎます」
サムエルが呟く。
「今日授業が始まったところですよね?」
ムナグレークは確認する。
「そうだな。早いが、早すぎることはない」
予想していたようで、グレイザックはあまり驚いていない。
「夜にはリディからも手紙が届くだろう。今夜、俺の部屋で皆で酒をあおるか。バルデも呼んできていいぞ」
グレイザックの誘いに皆は頷き、その夜、男4人で茶会が開かれた。
消灯の鐘が過ぎてから酒と菓子をつまんでいると、グレイザックの部屋の床に施した転移陣が光って手紙が届いた。
「サムエル宛てもあるぞ」
グレイザックはサムエルにも手紙を渡す。
グレイザックは自分宛ての手紙がフェルバールが送ってきた内容と然程変わりないのを見て、フェルバールが思ったよりきちんと仕事をこなしていることに感心した。
「サムエル、何と書いてあった?」
サムエルは無言でグレイザックに手紙を見せた。
「………」
グレイザックは無言。
それを覗きこむムナグレークとバルデミアン。
「サムエル様に尋ねるところがよくお分かりですね」
ムナグレークは笑った。
「グレイザック様が次々と魔法を教えるものですから、それの弊害ですね」
サムエルは苦笑しながら筆をとり、返信を書き始める。
リディオノーレは皆があまりにも無知すぎて驚いたと書いてあった。
天馬のこと然り、基本呪文のこと然り。
体に魔力を行き渡らせる行為が半年もかかるだなんて嘘だろう!と何故か怒っていた。
それに杖をもらってから呪文を一切唱えず、学院での基本呪文の授業初日を杖を使う記念日にするなんて変ですよ!とまた怒っていた。
「……そんな風習ありましたね」
バルデミアンは呟いた。
「だから、皆頭が悪いんだろう」
グレイザックは酒をあおりながらそう言った。
「杖をもらったら試しておくべきだ」
「何にも気にしていませんでしたが、体の各部位に魔力を流す行為は難しいんですよね…」
ムナグレークはしみじみと呟く。
「お前は威圧があまり好きではないしな」
グレイザックが返す。
「天馬はそのようなことをしなくても大丈夫ですから」
そのことについてもリディオノーレは言及していた。
威圧しなくてもいいのに、と。
天馬はそんなことをしなくても賢いからよく分かってくれるのに、と悲しげな様子が伝わる文章だった。
「……まあこれで、首席は間違いないだろう」
グレイザックは酒を飲み干し、おかわりを自分で注ぎながらそう言った。
「初日で合格をもぎ取ってくるなど、前代未聞ですよ。それに、3日後には素材の試験を受けると書いてありますし」
バルデミアンが突っ込んだ。
「素材の授業は、覚える量が半端ないことから1年かけておこなうのに、入学から1週間も経たない内に試験受けるなんておかしいです」
バルデミアンは更に言い募る。
彼女の頭は一体どうなっているのだろうか。
「元々あいつは読書好きだからな。俺が教えてない魔法も知っていたくらいだ」
グレイザックは唇の端を上げて言う。
自慢しているような表情みたいで、彼女を可愛がっているのがよく分かる。
サムエルはその間に手紙を書き終えると転移陣に乗せる。
「………ちょっとお待ち下さい」
サムエルはその魔法陣の構成を見て、眉間に皺を寄せた。
そして、グレイザックを見る。
「………念の為だ」
グレイザックは視線を逸らしながら答えた。
サムエルは思わずため息をつく。
この転移の魔法陣、普通のやつではない。
「グレイザック様、この魔法陣は私では魔力がギリギリです」
「……そうだったか?」
グレイザックはそう答えると、リディオノーレへの返信をしたためて、サムエルの手紙と一緒に送った。
「あ!」
床の魔法陣が光り、手紙が2通届いて急いで中身を見るリディオノーレ。
サムエルは丁寧に説明を書いてくれていた。
グレイザックは「よくやった」とたった一言だけだったが、それはとても嬉しい一言だった。
リディオノーレはすぐさま返信を書いて、また送った。
「丁寧な説明ありがとうございます、とお礼の手紙ですね」
サムエルは返信を受け取り、そう読み上げた。
「グレイザック様のは?」
「……流石、グレイザックの弟子!と言われるとのことだ。最高の褒め言葉だから嬉しいとさ。あと、素材の試験が終われば調合をすぐさま始めると」
「………なかなか心配ですね」
バルデミアンが呟いた。
「同感ですね」
ムナグレークも言う。
「お前らの言う通り、調合を始めてからがややこしい。恐らく部屋から出なくなるからな」
グレイザックは苦笑しながらそう言った。




