2連続の合格
素材の授業が終わり、リディオノーレはるんるんで教室から出てきた。
「上機嫌ですね?」
フェルバールが怪訝な顔をする。
「3日後の夕食後に素材の試験をしてもらえることになりました」
「………」
フェルバールはため息をついた。
「驚くくらいに早いですね。いや、リディオノーレ様からしたら今日試験して欲しいくらいですかね」
「そうなんですよねー!じゃないと調合出来ないですし」
リディオノーレは困った顔をした。
相変わらずの規格外さである。
これはまた報告を書かないといけない。
「次は魔力の流し方についての講義です」
フェルバールに案内され、リディオノーレは次の授業へと向かった。
魔力の流し方はまず、片手に。次は両手に。片足、両足ときて、全身に。
言われたところだけに魔力を流すという操作を覚える。
難しいことではないと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
リディオノーレは首を傾げた。
「え、何で?」
「………魔力が多くないとしんどいのですよ。全身に魔力を行き渡らせるのなんて、魔力を結構使いますからね」
先生が教えてくれた。
「え、でも天馬を扱うときに威圧をする予定なんですよね?」
「そうです。なので、天馬を扱えるのはこの全身に魔力操作が出来るようになってからになります」
見ている限り、かなり道のりが長いのではないだろうか。
それに天馬は威圧じゃなくても従ってくれるとても賢い動物なのに。
「でも、皆さん天馬に乗って学院に来たのでは?」
「側近の方に相乗りさせてもらっていませんでしたか?それか天馬車か」
先生に言われ、リディオノーレは記憶を辿る。
「……そうだったかもしれません」
リディオノーレは答えた。
「先生、この授業は下級生は最終的にどこまで出来たら合格ですか?」
「各部位に魔力を流せるようになること。全身に魔力を纏えて、威圧をできるようになること。そして、威圧で天馬を従えることです」
リディオノーレは目を瞬いた。
びっくりするくらい簡単ではなかろうか。
「その合格をもらうのに1年もかかるのですか?」
思わず尋ねてしまった。
「そうですね。大体1割くらいは1年かかりますね。大抵は半年くらいですが。残りの半年に大変な素材の試験勉強の方に時間を費やしたりされています」
「………」
リディオノーレは呆気に取られた。
何というレベルの低さだと。
それとも自分や自分の周りがおかしいのだろうか。
これはグレイザックに…いや、サムエルに聞いてみようと思った。
「先生、その試験、今してもらうことって可能ですか?」
リディオノーレの問いかけにまたもや周囲がざわついた。
先生も目を瞬く。
「………今ですか?正気ですか?」
「はい。お願い致します」
そうして、試験を受けたリディオノーレは合格を軽くもぎ取ってきた。
おかげで規格外という噂がまた一気に広まった。
天馬を威圧する行為だけは、ムナグレークに内心で謝りながらおこなった。
授業をまた上機嫌で終えたリディオノーレは、迎えのフェルバールにまた尋ねられる。
「何かいいことでも?」
「この授業は合格をもらいました」
「……………」
フェルバールは無言ののち、大きなため息をついた。
「嘘だと言いたい所ですが、本当なのでしょう。はぁ………いくらなんでも早すぎます」
フェルバールは頭を抱えた。
また報告することが1つ増えたではないか。
「今日の授業はあと、こちらの基本呪文の講義で終わりになります」
フェルバールの案内で教室に辿り着くとリディオノーレは嬉々として部屋に入って行った。
後に続くアングロードが苦笑する。
「大変ですね」
アングロードはフェルバールに労いの言葉をかけた。
「リディって本当に頭おかしいのね」
スティルナーデもフェルバールにそう言いながら入って行った。
基本呪文の教科書をぱらぱらとめくるリディオノーレ。
皆の話を聞いていると、どうやら保護者からもらった杖を使うのはこの授業の日に、と決めていた生徒が大多数らしい。
そういうものなのか、とリディオノーレは皆の感覚に驚いていた。
「今日初めてその杖を使う方が多いかと存じます。嬉しくても馬鹿スカ魔法を行使しないように。思ってるより魔力を吸い取られますよ。魔力が枯渇すると最悪死にますからね」
先生の言葉にリディオノーレはうんうん、と頷いた。
あの時の心臓を掴まれたような感覚はもう経験したくないし、血も吐きたくない。
「では、まずは簡単なバニヴィアンからやりましょう。教科書を開いて。杖の振り方は書いてありますね?それを見て唱えます。こちらに筆を用意しておりますので、それをバニヴィアンで自分の元に飛ばして下さい。前の端の生徒から順に1人ずつ唱えて下さい」
先生に言われた通り、1人ずつ順番に唱える。
「………」
だが、リディオノーレは皆のあまりの出来なささに愕然とした。
「アングロード様、先程の授業といい、これくらいが普通なのですか?」
リディオノーレは思わず尋ねた。
今のところ10人唱えて1人しか成功していない。
「初めて唱える方が多いですからこんなものではないでしょうか」
「………皆さん、予習してきてないのですか」
リディオノーレは言う。
「予習?ですか?この日を杖を初めて使う記念日にする方が多いので、敢えて予習してない形かと思われます」
「折角面談の時には杖をもらっていたのに皆さん変わってるんですね。じゃあ、もう一つ聞いてもいいですか?杖をもらうまで、魔法を唱えることがないのですか?」
「自分にそぐわない杖で唱えると破壊か枯渇状態になってしまうので、流石に出来ませんよ」
アングロードの答えにリディオノーレは自分の境遇がおかしいことに今気が付いた。
「……自分で杖を調合して使っていたのは、もしかして、非常識、ですか」
「え?自分で杖を?……え?」
アングロードは聞き返す。
「いえ、何でもないです」
リディオノーレは笑って誤魔化した。
話している間にスティルナーデは何とか成功し、アングロードは安定したバニヴィアンを見せ、そしてリディオノーレの番になった。
「……あの、先生。この授業の合格をもらうにはどうすれば良いのでしょうか?」
リディオノーレは恐る恐る尋ねてみた。
「???」
先生は目を瞬きつつも、納得がいった顔で思い出したように口を開いた。
「あー、あなたがそういえばグレイザックの弟子でしたね」
にこりと微笑む先生。
「配布した教科書に載っている呪文を全て、諳んじて出来るようになることです」
先生は答えた。
「分かりました。では、このまま試験お願いしても大丈夫ですか?」
リディオノーレも微笑んで問うた。
「??え?今?ですか?覚えていると?」
「……多分、恐らく」
リディオノーレは答える。
ぱらぱらと教科書の中身を見たが、知らない呪文は無かった。
だから、大丈夫だろう。
「………分かりました。では、他の生徒のバニヴィアンが終わりましたら、見てあげましょう」
約束通り、リディオノーレ以外の生徒のバニヴィアンが終わると先生は次々に彼女に問題を出して行く。
まずはバニヴィアンから。
「拡声」
先生が問題を出す。
「アグラヴォス」
彼女は難なく唱える。
「直れ」
「レパラトゥーア」
「増えろ」
「オグメント」
唱えたあと、きちんとその魔法が発動しているかしっかり確認していく先生。
「固まれ」
「フリンドレ」
「重くなれ」
「ルーナド。因みに重さも変えられます」
リディオノーレは付け加えた。
「軽くなれ」
「レジェヘロ。これも軽さを変えられますけど」
アングロードに重量を変えた本を持ってもらった。
彼は両手の本の重さが違うことに目を瞬いていた。
「浮遊は?」
「シュテジエンテ」
「睡眠魔法」
「シュラーミール」
リディオノーレはスティルナーデに術を行使した。
「加熱は?」
「えーと、水を出して頂かないと分かりにくいのでは?」
リディオノーレは教室の備品の何かの器に水を出す。
「アクヴァドール」と。
「え?今、水まで出したの?」
教室内がざわついた。
リディオノーレはそんなの気にせず、その水に「シュエンテ」と唱えた。
生徒は呆然、唖然、愕然としていたが、先生は面白くなってきたのか、自然呪文系も言い出した。
「水が出来るなら、風は?」
「ヴァンビエ」
なるべく風力を抑えた風を起こした。
「炎は………危ないかしら」
リディオノーレは紙をちぎり、その紙を「フランヴェ」と唱えて燃やした。
先生は心ゆくまで楽しむと、とても楽しそうな顔をして口を開いた。
「合格よ。素晴らしいわね。流石、グレイザックの弟子だと名乗るだけあるわ」
先生はそう言って合格証明書をくれたのだった。




