入学当日
シャイリーネはリディオノーレと抱擁を交わし、「シャーリーによろしくね」と言って、次はジャンドバルトに譲った。
「ジャンドバルト様も色々とお手伝い大変かと思いますが、頑張ってください」
リディオノーレは言う。
「ああ、執務に時間をもうちょっと割くようにする」
ジャンドバルトは頷いた。
「実験ばかりするんじゃないぞ」
彼も皆と同じように、そう注意した。
「フェル、体に気を付けろよ」
バルデミアンはフェルバールを気遣う言葉をかける。
「リディオノーレ様、フェルバールにあまり迷惑をかけないようにお願いしますね」
今度はリディオノーレに向けてそう言うバルデミアン。
「分かってますー!」
「リディ、くれぐれも、くれぐれも、問題は起こさないように」
次はムナグレークが言う。
「分かってますって!」
「分かってないから言われるんですよ。今朝まで実験してたのは何処のどなたですか」
サムエルが横から突っ込む。
それには肩をすくめるしかなかった。
「はぁ」
サムエルはひとつため息をつくと、彼女を抱きしめた。
「大きくなりましたね」
「確かに少し背は伸びました」
リディオノーレも抱きしめ返しながら答える。
「この3年は実に早かったですね。あなたを引き取って良かったのは、グレイザック様にいい影響を及ぼしてくれたことです。これほど感情豊かになるとは思っていませんでした」
サムエルはゆっくりと彼女を離し、しゃがんだ。
彼女の手を握り、そして見つめる。
「あまり心配をかけないようにするのですよ?」
「はい」
「フェルバール様の言うことをよく聞くように」
「はい」
サムエルはそれだけ言うと後ろに下がった。
代わりにグレイザックが前に出る。
「さて」
「……小言ですか」
リディオノーレは嫌そうな顔をする。
「言って欲しいなら言うぞ」
「遠慮しておきます」
彼女の答えに皆が笑う。
「じゃあ約束していけ」
グレイザックはそう言って、指を一本立てる。
「まず、1週間に1回は手紙を出すこと」
「お安い御用です」
リディオノーレは答えた。
「売られた喧嘩は買っても良いが、自分から喧嘩は売らないこと」
「売られたら買っていいんですね?」
彼女は聞き返す。
よくないに決まってる、と皆が内心突っ込んでいることだろう。
「我慢しろ、なんて無理な話だろう?」
グレイザックはそう言って続ける。
「俺の話題で腹が立つことがあっても手や口を出さないこと」
「……………」
リディオノーレは顔を歪ませた。
「ぜ、善処します」
リディオノーレは視線を逸らしながら答えた。
グレイザックはため息をつく。
サムエル達は苦笑した。
「誰彼構わず威圧するなよ?」
「しませんよ。師匠じゃあるまいし……」
グレイザックは彼女の左頬を引っ張った。
「何か言ったか」
「いいえ。まさか。……威圧しませんよ。大丈夫です」
リディオノーレはそう答え、グレイザックは頬を離した。
「じゃあ、私からもいいですか?」
リディオノーレもグレイザックを見据える。
グレイザックは片眉を上げた。
「今の仕事量以上の仕事は引き受けないでください。周りにやらせてください。グレイザック様もしっかり休んでくださいね」
「………」
「それと私の面倒を見なくて良くなったからと言って、その暇な時間に実験や研究ばかりしないでくださいよ」
「………」
「残りの素材、結構ありますよね?」
リディオノーレは言う。
アラウィリアからの帰り道に採集した素材は、かなり多かった。
「………分かった分かった。お前にも置いておく」
「そういう問題じゃないです」
リディオノーレは腰に両手をあてながら言う。
「グレイザック様こそ、サムエル様に迷惑かけたら駄目ですよ」
「お前と一緒にするな」
2人のやりとりに皆は微笑ましくなる。
グレイザックを心配してくれる者など少数で、その中で彼女がグイグイと彼の懐に踏み込んでいる。
それをグレイザックが嫌がっていないのだから、本当に互いが互いを思い合っている証拠だ。
「首飾りは付けてるな?」
「はい」
「腕輪は?」
「ここに」
「じゃあ、これと」
グレイザックは金色の髪留めを出し、彼女の左前髪の方に付けた。
あっという間に付けられて、リディオノーレは目を瞬く。
「あの時に髪飾り壊れただろう?その代わりの物だ」
「………反則です」
リディオノーレはそう答え、彼女も懐から筆を取り出した。
持ち手は赤紫でそこにグレイザック、と名前が彫ってあり、それを彼に渡す。
「驚かそうと思ったのに……」
リディオノーレは唇を尖らせながらそう呟いた。
これは、アラウィリアの市で密かに購入していた物だった。
グレイザックは目を瞬いたのち、嬉しそうに受け取った。
「使わせてもらう」
「私も髪留めありがとうございます」
リディオノーレは微笑む。
グレイザックがひとつに編み込みしてくれた髪を胸前に垂らすリディオノーレ。
くくっているのは金色の髪紐。
そして金色の髪留めももらって、彼女はとても嬉しかった。
お互いが贈り物をしあうのを見た領主たちはかなり驚いていた。
サムエルたちはもう温かい目で2人を見ている。
「何かあれば連絡しろよ」
「分かってます」
「ご飯はきちんと食べろよ」
「食べますよ」
もう!と少し怒るリディオノーレ。
でも、にこりと微笑むとこう言った。
「寂しくなったらいつでも連絡してきてくださいね」
「それはお前だろうが」
グレイザックは呆れる。
「視察中も寂しくて早く帰りたい、って言ってたそうだな」
「う。………だって、毎日一緒に居ましたからね」
リディオノーレは唇を尖らせながら、彼を見上げる。
「今度会うときはもっと背も伸びてますからねっ」
リディオノーレは背伸びをして近付いてみた。
「分かった分かった」
グレイザックは彼女の頭に手を置き、優しく撫でる。
「なんか珍しく優しいんですね」
いつもならもっとわしゃわしゃと髪を撫で回されるのに。
「そりゃ俺が頑張って編み込みしたからな。崩すわけにはいかんだろ」
グレイザックはひとしきり撫でると、両手を広げた。
その行為で周りがざわ、と揺らぐ。
「いいんですか?甘えますよ。ぐずぐず言いますよ?」
リディオノーレは確認を取る。
「言いたい顔をしてるから、こうしてるんだが?今の内だぞ。10…9…」
数え始めた瞬間、リディオノーレは彼の胸に飛び込んだ。
グレイザックは膝から持ち上げて抱き上げてやり、視線が上になった彼女を見上げる。
リディオノーレも驚いたが、彼を見下げて微笑んだ。
その行動にまた周囲がざわめくが、2人はそんなの気にしない。
「いつでも帰ってきていいからな」
「グレイザック様が寂しいんでしょ」
「当たり前だろう」
「素直に言ってください………え?」
リディオノーレは目を見開いた。
サムエルもムナグレークもフェルバールもバルデミアンも2人の仲の良さを元々知るこの4人さえも目を見開いた。
グレイザックがまさかそんな台詞を吐くとは。
リディオノーレは少し固まったが、我に返ると、彼の首に抱きついた。
「私も実はすごく寂しいです」
「知ってる」
「実験とかはしたいんですけど、本当は行きたくないです」
その彼女の言葉に周りは驚く。
楽しみにしていた印象だったのに。
「何故だ?」
「離れるのが嫌です」
「それは知ってる」
「でもグレイザック様が行けと言うなら行きます」
「仕方ないな。魔法を使う者が成人として認められるためには学院を卒業しないといけない」
「……だから行きます」
グレイザックはよしよし、とあやすように背中を優しく叩く。
「元々、視察の時期には帰還させるつもりで考えてる」
グレイザックの言葉を聞いて、顔を上げて輝く表情を見せるリディオノーレ。
「寂しくなったら帰ってきたらいい。但し、試験を終わらせておくこと。お前を引き取るときに出した条件は覚えているか」
「首席、ですよね」
「そうだ。首席以外は認めない」
グレイザックはそう言って彼女を地面に下ろす。
リディオノーレは少し名残惜しそうにしながら、今度は彼を見上げる。
「格の違いを見せてやれ」
グレイザックはそう言って、彼女の額を弾いた。
「グレイザック様も寂しければいつでも連絡してくださいね」
リディオノーレは額を押さえながらからりと笑うと、天馬の方を向いた。
「………行ってきます」
リディオノーレはグレイザックの方を振り返りながら、トボトボと歩を進める。
「前見て歩け」
グレイザックは苦笑いになる。
リディオノーレはフェルバールと共にそれぞれ天馬に跨った。
「することが無くなったら帰ってきてもいいですか?」
「………好きにしろ」
グレイザックは笑って答えた。
この娘は素直に感情を表現しすぎだ。
「行け」
グレイザックは杖を握り、やさしめの風を起こす。
「入学初日なのに間に合わなくなるぞ。ほら行け」
「………行ってきます」
リディオノーレは寂しそうな顔をしたまま、グレイザックの風に押され空へ駆け上がった。
彼女の姿が見えなくなるまで見送ると、グレイザックは何事もなかったようにスタスタと城内へと戻る。
それに続くサムエル達。
「おいおい、流石に無理があるだろ」
ライリルムントが思わず声を上げる。
「何がですか」
グレイザックは眉を上げながら聞き返す。
「そういう仲なのか」
「どう取ってもらっても大丈夫です」
グレイザックはそれだけ言うと去って行く。
サムエルも後に続きながら口を開いた。
「あれでは、別れるときに辛すぎませんか」
サムエルの言葉に、一緒についてきていたバルデミアンとムナグレークが息を呑んだ。
「じゃあ、どうすれば、いいんだ?」
グレイザックは悲しそうな顔をしながら、サムエルに聞き返した。




