グレイザックとザファムート
「………ち」
グレイザックは結界を触りながら舌打ちした。
面倒くさい。重ね掛けだ。
遮蔽結界もあるため、中が見えない。
『リディ、聞こえるか』
呼びかけるが返事はない。
この結界のせいで届かない。
上空からは攻撃魔法で。
地上からはグレイザックが解除を始めた。
「…はぁっ」
リディオノーレは魔力の減りをかなり感じていた。
威圧も長くは続かない。
それに剣の腕では敵わないので、身体強化でずっと補っていたため、魔力の消耗が激しい。
「誰かが結界を攻撃しているようだが……そんなすぐには破れない」
ザファムートは笑う。
「聞きたいことがあります」
リディオノーレは息を吐きながら彼を見据える。
「時間稼ぎをしようとしても無駄だ」
ザファムートは彼女と剣を交え、力で押し切ろうとする。
「魔力量はそちらが上でもその魔力を使わせるように戦えることができれば、こちらの勝ちだ。魔力が無ければ、ただの子ども」
ザファムートは更に力を込める。
ぐ、と踏ん張るリディオノーレだったが、どんどん押されていく。
油断していたわけではない。
ザファムートは彼女に足払いをかけると、難なくリディオノーレは地面に転がった。
その隙に彼は彼女の剣を薙ぎ払う。
剣は遠くに飛んで行き、地面に突き刺さった。
「負けだな」
ザファムートは彼女に覆い被さり、剣を突き立てるようにして振り下ろす。
リディオノーレは思わず両手を交差して目を瞑る。
キィィン!と彼女の装飾品の防御魔法が発動した。
リディオノーレは目を開け、防御魔法に感嘆しつつ身をよじるが押さえつけられていて動けない。
ザファムートはそのまま力を込めていく。
ぱぁん!と弾け飛ぶ音が聞こえた。
装飾品の魔法が解けたのかと思って、思わず目を瞑ったリディオノーレだったが、どうやら違った。
遮蔽の結界がなくなっていた。
「リディ!!!!!」
複数人が彼女の名前を叫んだ。
遮蔽の結界が解除され、結界の中が見えるようになった。
かなりの人数が結界の外にいる。
アラウィリア騎士団たちも到着していた。
装飾品が防いでくれているのを見て、グレイザックは少し安堵する。
「ザファムート、リディを殺した所でお前は死ぬぞ」
グレイザックは結界の解除をしながら話しかける。
彼以外は攻撃魔法を放ち、結界が揺れまくる。
リディオノーレはアブストールを見つけて叫んだ。
「ティルが斜面から落ちました!行ってくださいっ!」
それを聞いて、騎士団たちが捜索しに行く。
『リディ、指先に魔力を集中させろ』
『!!!』
念話が飛んできて、リディオノーレはグレイザックの方に首を向けた。
物理攻撃を防ぐ装飾品が頑張ってくれているが、いつまで保つか分からないし、目の前に切っ先があるので怖すぎるのだが、指先に意識を向ける。
装飾品を信じて、目の前の切っ先を忘れるように目を瞑った。
「観念したか」
ザファムートは更に力を込める。
「ザファムート、お前、王女の護衛騎士だったろう」
グレイザックが静かに告げた。
「……っ」
ザファムートはちら、とグレイザックを見たが答えない。
それがもう答えだった。
「容貌は変えているようだがな。その目は変えられん」
グレイザックは言う。
「俺と王女の事件があった後だよな、お前がアインズビルに来たのは」
グレイザックが記憶を辿りながら語る。
あの時、王女の護衛騎士としてザファムートが確かに居た。
それの裏を取るのにかなりの時間を要したが。
「俺が学院にいる間に義兄の側近が変わっていた」
グレイザックは義兄が視察や領主会議の際は、執務を手伝うため必ず帰領していた。
話しかけながら、グレイザックは杖を持っていない方の手を挙げた。
それを合図にサムエルやバルデミアン達が杖を剣へと変える。
「お前が側近になって、義兄や周囲はやりやすくなったと喜んでいたが、俺に回ってくる仕事が格段に増えていた」
その言葉にリディオノーレは驚く。
「……っ、何でこんなに皆が仕事出来ないのかと思っていましたが、あなたのせいだったんですねっ」
リディオノーレは瞑っていた目を開け、彼を睨みつけながら言った。
覆い被さるザファムートが彼女に身動きを取らせない。
腕も全て足で押さえつけられている。
「アインズビルの弱体化を内側からやってのけるとはな」
グレイザックが感心したように述べる。
「折角腐ってきた所だったのにな」
ザファムートは唇の端を上げながら言った。
「そしたら、この小娘を拾ってきやがった」
ザファムートはリディオノーレを睨みつける。
装飾品にかかっている防御の魔法が少しずつ弱まってきた。
「それにカルムクラインで毒の実験をしたな」
グレイザックの問いにザファムートは笑った。
グレイザックは重ねて問う。
「あの毒が何か分かっていたのか」
「分かっていたとも。もう後は、血だけだ」
ザファムートがにやりと笑う。
「グレイザック。私は、お前がそうだと思っているのだがな」
ザファムートはグレイザックを見る。
「あの薬さえ完成すれば、この世の全てはあの方の物になる」
ザファムートは醜く笑った。
グレイザックはそれに答えることなく、『リディ!今だ!』と念話で叫ぶ。
そして、それと同時にグレイザックは左手を振り下ろした。
「ヴァンビエ!!」
リディオノーレは右手の指先だけを動かし、風を起こした。
杖ほど強い風は起こらなかったが、ザファムートの体を吹き飛ばすことには成功した。
今何をした?とグレイザック以外が驚愕する。
「ぐっ!!!」
ザファムートが横腹を押さえながら呻く。
彼の体が飛んだと同時に結界も、装飾品の防御魔法も砕け散った。
一斉に味方が雪崩れ込み、アラウィリアの騎士団はアングロードを連れてすぐさま戦線から離脱する。
ケネスの所にはムナグレークとバルデミアンが向かった。
グレイザックが杖を剣に変える。
もう既に打ち合わせ済みなのか、一斉にザファムートに飛びかかることなく、グレイザックが1人で対峙する。
「リディ、大丈夫ですか」
サムエルとフェルバールが駆け寄り、介抱してくれる。
「フェルバール様、私の杖を、取ってください」
リディオノーレはゆっくりと体を起こす。
フェルバールが飛んでいった彼女の剣を解除して持ってきてくれた。
「お前がそうなんだろう?グレイザック」
ザファムートはにやりと笑った。
危機的状況だというのに笑えるとは、大したものである。
「………何の話、ですか」
リディオノーレがゆっくりと立ち上がりながら杖をザファムートに向ける。
フェルバールが彼女を支えてくれた。
「もう魔力が殆どないだろう。なのに、まだ立つか」
ザファムートは眉間に皺を寄せる。
確かに彼の言う通りだった。
体が火照っているのが分かる。
ザファムートは続ける。
「私が慕う主を侮辱し、あまつさえ求婚も断ったグレイザック」
「………外交問題に発展するぞ」
グレイザックは脅しをかけた。
その言葉にザファムートは鼻で笑う。
「あの女にそんな価値があるとでも?」
グレイザックこそ鼻で笑い飛ばす。
「……今、何て言ったっ!!!!」
ザファムートの魔力が暴れ出す。
「あの国を背負って立つお方に向かって何を……っ!」
ザファムートの怒りが皆に伝わってくる。
グレイザックは彼のそんな様子に何も表情は変わらない。
冷静なまま言葉を紡ぐ。
「俺に復讐しようと思ったことが始まりか……。お前が潜入している間に陛下たちの容体も悪くなり、禁忌に手を出そうとしているのが現状というわけか」
グレイザックは納得した顔になった。
周囲は2人が何の会話をしているのか全く分からない。
だが、今ここでザファムートを逃がせば大変なことになるのは分かっていた。




