過保護なグレイザック
睡眠不足と過労により、リディオノーレは倒れこんだ。
それは本人も覚えている。
目が覚めたらものすごいスッキリしていて、リディオノーレは体が回復してるのを実感した。
もう日がのぼっている!
急いで支度をして、とりあえず倒れたことのお詫びにグレイザックの執務室に向かった。
「この度は申し訳ありませんでした!」
リディオノーレは扉を開け、開口一番謝った。
「…………」
グレイザックは仕事の手を止め、腕組みをし、尊大な態度で椅子にもたれかかった。
サムエルも呆れたような目を彼女に向けてくる。
(す、すんごい怒ってる……)
「こっちこい」
グレイザックは指先で手招きする。
彼女は恐る恐る近付いた。
「頬を差し出せ」
彼女は顔を近付けた。
瞬間、グレイザックは彼女の左頬をつねりあげた。
「ぃぃいいたい、痛い、いひゃい!いだぁい!です!!!」
思いきしつねってくる。
涙が出てきた。
「あれからどれくらい経ったと思う?」
グレイザックは力を緩めたが、頬から手を離さず、そう尋ねてきた。
「え?」
まさかの質問に困惑してしまう。
「3日だ。3日」
グレイザックは唇の端を上げ、またつねった。
「ぃいいいいっ!!」
つねるのが満足いったのか、グレイザックはやっと手を離してくれた。
リディオノーレは左頬を撫でる。
「3日だ。馬鹿者。あれから3日経っている。どれだけ寝るんだ」
グレイザックは呆れている。
「……リディオノーレ、一瞬死んだかと思って、私とグレイザック様は大慌てだったのです」
サムエルも口を挟む。
嘘でしょ……、と彼女は呟く。
「み、3日も寝てたんですか?」
「そうだ。バカたれ」
グレイザックはまた頬をつねろうとしてきた。
彼女は慌てて避ける。
「避けるな」
グレイザックが睨みつける。
「今回は大目に見る。だが、次はない。次、同じことがあったらお前は俺と同室だ」
「ひぃぃ!ごめんなさい!以後、気をつけます!!」
リディオノーレは頭を下げまくる。
「今日は、この部屋でゆっくりしておけ。食事を用意させる。サムエル、胃に優しいものを頼めるか」
「かしこまりました、行って参ります」
サムエルは食事を取りに行く。
グレイザックは腕組みしたまま、机を挟んで目の前に立っているリディオノーレを上から下まで見る。
だが、机が邪魔で下までよく見えない。
「こっちに来い」
グレイザックは手招きして、自分の椅子の横に彼女を立たせ、彼も椅子の向きを変えて彼女をまた上から下まで見る。
「な、何ですか」
「診察中だ」
グレイザックは3度ほど外見を確認すると、手を出せと命じる。
リディオノーレは左手を出すと、グレイザックは彼女の手首を上に向けて脈をはかり始めた。
グレイザックは目をつぶる。
そんな長い時間ではなかったのだが、沈黙のため彼女は居た堪れない。
グレイザックが目を開けると、今度はそこにしゃがめ、と命じる。
言われた通りにリディオノーレはしゃがむ。
すると、今度は彼女の額に手をあててきた。
次に、首に手の甲をあてる。
「…………」
そんな診察中にサムエルが食事を持って帰ってきて、その光景に目を瞬く。
数秒固まったのち、何をしているか察したサムエルはまだ驚きつつも口を挟むことなく、食事の準備をする。
「サムエル、手間をかけたな。礼を言う。診察は終わりだ。食え。ただし、ゆっくりな」
グレイザックは彼女から手を離すと食事を促す。
「あ、ありがとうございました。サムエル様もお手数おかけしました」
リディオノーレは席につく。
グレイザックは何事もなかったように仕事を再開した。
「ごちそうさまでした」
久々の食事ということもあり、胃がビックリしないようグレイザックに言われた通り、彼女はゆっくりと味わった。
「片付けてきます」
リディオノーレが立ち上がると、グレイザックは手で制す。
「すまん、サムエル、今日だけ頼めるか」
グレイザックはサムエルにお願いする。
「構いませんよ。グレイザック様もそんなことができるのですね。少し感慨深いです」
サムエルは苦笑しながら彼女の食器を片付け始める。
「え、え、自分で行きます」
慌てふためくリディオノーレ。
「俺の命令は絶対だ」
グレイザックは彼女を制す。睨んでくるのが怖い。
「リディオノーレ、ああ見えて、グレイザック様は心配しているのです」
サムエルは苦笑いだ。
「え?」
あの目つきで?と言いそうになったのをぐ、とこらえる。
「余計なことを言うな。今日は2倍の仕事をさせることになるから、後日休暇をやる」
グレイザックはサムエルにそう言うと、ひらひらと手を振り、片付けに行けと促す。
「では、行ってきますので、リディオノーレはゆっくりしていてください」
サムエルは微笑んで部屋を出た。
リディオノーレはグレイザックにまた視線を移す。
「し、仕事をください」
「……」
グレイザックは睨みつけながら仕事をする。
「目眩や頭痛などはないか?」
ちら、と彼女を見る。
「ないです。3日も寝たので全快しました!」
にっこり笑うリディオノーレ。
「では、昼の鐘が鳴るまで、この本を読むことを命じる」
グレイザックが引き出しから出してきたのは、呪文の本だった。
目を輝かせて、受け取るリディオノーレ。
そんなに分厚くもない。
「仕事しなくていいのですか?」
「お前の仕事はそれを読むことだ」
「いいんですか!?」
「……ああ」
グレイザックは、ふ、と笑うと仕事に没頭し始めた。
リディオノーレは自分の席でわくわくしながら本を読み始めた。
基本呪文と杖の振り方が書いてある。
頁をめくる音とグレイザック達が仕事している音だけが部屋に響く。
最後の頁を読み終えると、リディオノーレは満足そうに本を閉じた。
表紙や背表紙、裏表紙、著作者など最後に全てを確認し尽くす。
すると、数秒後、昼の鐘が鳴り響いた。
「!!」
リディオノーレは驚く。
ちょうど読み終えたことに驚きを隠せない。
彼女はグレイザックを見る。
彼はにやりと笑っていた。
「読み通りだ」
グレイザックはそう呟く。
1人納得したようにグレイザックは頷くと仕事の手を止める。
サムエルもキリのいいところで手を止めた。
「食事を持ってこさせる。サムエル、頼む」
サムエルは素早く行動する。
リディオノーレも立ちあがろうとしたが、また手で制される。
「もう忘れたのか?」
グレイザックは彼女を睨む。
「……」
彼女は大人しく腰を下ろした。
「本を返せ」
グレイザックは手を出す。
彼女は呪文の本を返すと、「診察するからこっちに来い」と言われ、朝診察してもらった場所に立つ。
手首で脈をはかられ、額にも手をあて熱をはかり、確認のために首にも手の甲をあてられる。
「熱も上がっていないな」
確認して納得いくとグレイザックは書類をバサっと脇の小さい机によける。
「お前、椅子持ってこっちに来い」
リディオノーレは、言われた通りに自分の椅子を取りに行く。
グレイザックの向かい側に椅子を置く。
「え、……もしかして、私ここで食べるんですか?」
恐れ多すぎる。
「ああ、俺が納得いくまで様子を見る」
(ひぃー!!)
声には出さないが、リディオノーレは心の中で叫んだ。
「なんだ、その顔は」
「な、何でもないです」
睨まれ、彼女は首を横にふる。
そうこうしている内にサムエルが食事を持って帰ってきた。
「こいつのもこっちに頼む。サムエルも一緒に食べるか?」
グレイザックに尋ねられ、サムエルはまた目を瞬く。
今日は何だか驚きが多い気がする。
「遠慮しておきます」
サムエルは微笑みながら答え、食事を準備する。
リディオノーレはイヤイヤながらもグレイザックの向かいで食事を摂ることになった。
朝食はお粥だったが、昼食は普通のご飯になっていた。
「食べれそうか」
「……はい。大丈夫です」
リディオノーレはやけくそで食べる。
変な空気だ。居た堪れない。
「これも食え」
グレイザックは自分のおかずを渡す。
「んっ!」
食べてる最中にそんなことをされたので、声が出せない。
グレイザックの行動にサムエルはまた目を瞬いていた。
リディオノーレが爆睡している3日間に彼の中で何か心境の変化があったのだろう。
詳しく聞きたい衝動に駆られるが、サムエルは大人なので堪える。
でも、うずうずする。
「グレイザック様のおかずが減ります!」
ごくりと口の中のものを飲み込むと、リディオノーレは抗議した。
「構わん。食え」
グレイザックは問答無用の雰囲気を出す。
「で、ですが……っ」
「うるさい。あまりにもうるさいとこれもやるぞ」
「……はい……」
彼女は抗議するのを諦め、黙々と食べ進めた。
「か、片付けだけは手伝わせてくださいっ!」
食べ終わったリディオノーレは自分の食器を抱え、絶対に離さないぞという態度をみせる。
グレイザックが睨みつけるが、彼女は負けじと見つめ返す。
「……分かった。サムエルと行ってこい」
何とか片付けの仕事をもぎとった彼女は、3人分の食器を持ってサムエルと部屋を後にした。
そして、片付けから帰ってくるとなんと、彼女の執務机がなくなって、長椅子に変わっていた。
因みにふかふかの長座布団が敷いてある。
「?????」
リディオノーレは目を瞬き、サムエルを見つめた。
サムエルも少し目を瞬き、グレイザックを見つめる。
「リディオノーレ。午後の仕事だ」
グレイザックは彼女を見る。
「な、何するんですか?」
彼女はちらちらと長椅子を見ながら、彼を見る。
(あ……)
久々にグレイザックの周りがチカチカしている。
「昼寝しろ」
「ええええええええっっっ!!!???」
リディオノーレはもう我慢できず、叫んでしまった。
色々突っ込んだり抗ったりするのを我慢していたのに、ここに来て無理だった。
「あ?」
グレイザックの冷ややかな目と声で一気に体がビクッとなる。
「リディオノーレ」
横に立っていたサムエルが彼女を呼ぶ。
彼女を慈愛に満ちた目で見下ろす。
「言うことをきいておきなさい。グレイザック様が納得行くまで付き合いなさい。じゃないとこれは終わらない」
サムエルは、ふ、と唇の端を上げて微笑む。
諦めなさい、と顔が言っている。
「…………」
リディオノーレはサムエル、長椅子、グレイザックをそれぞれ見つめ……そして、諦めた。
「寝転べ」
グレイザックの指示通り、長椅子に寝転ぶ。
案外、寝心地がいい。
「目を閉じろ」
指示通り、目を閉じる。
グレイザックが遠くから何か呟く声が聞こえてきた。
「………その力をして 眠らせ給え」
最後そんな台詞だった。
そして、彼女は眠りに落ちた。
その様子を見て、サムエルはまた目を瞬く。
今日は一体何回、目を瞬いただろう。
「精霊呪文とは……」
サムエルは呟く。
「……どんな心境の変化ですか」
「……わからん」
「3日も眠りについてたのが怖かったですか?」
「……」
そうなのだろう。
グレイザックはグレイザックで生い立ちが他と変わっている。
「勉強も自分でできる、仕事も着々とこなす、だから心配していなかった」
グレイザックはそうこぼす。
「そうでしょうとも。初対面でグレイザック様が気に入るくらいですから度胸満点なお嬢様であることは確かです。ですが、まだまだ子どもです。まあ、グレイザック様からしたら全然でしょうけど。この歳にはあなたはたくさんのことをこなしていらっしゃいましたから」
サムエルは思い出す。
「まあでも全然知らない土地に来て、実兄も置いてきて、よくここまで仕事できるなと思っていました」
サムエルは思いを話す。
「仕事に追われている方が兄のことを考えなくて済むだろうと思ったのだが」
グレイザックは彼女に布団をかけてやりながらそう呟く。
「いつ情緒が不安定になるか分からないから、仕事で紛らわせれば大丈夫だと思っていた」
彼はそう続ける。
「まあそれはそれで勉強大好きな彼女は、のめりこみすぎて寝るのを忘れて倒れたんですがね」
サムエルは呆れる。
本当に、予想外の方向に手がかかる。
まあでも実際、グレイザックもそうだった。
研究に没頭すると寝食忘れて、限界がくると急に寝落ちするのだ。どこでも。いつでも。
トイレで寝落ちすることもあれば、食事しながら寝落ちすることもあった。
本当にグレイザックの昔を見ているような気分になる。
サムエルはため息をつくと、グレイザックの頬を引っ張る。優しく。
「何だ」
「グレイザック様が赤の他人に、しかも女性に、そんな過保護になるなんて感慨深いです。これからもそうやってリディを気遣ってやりなさい」
サムエルは大人として意見を述べた。
「……分かっている。当分体調を見ながら仕事をさせる。大丈夫そうだと判断したら、ムナグレークのもとにまた通わせる」
「……愛称で呼ぶほど仲がいいのか?」
急な変な質問にサムエルはまた目を瞬いた。
本当に今日は驚いてばかりだ。
「リディの方が短くて呼びやすいので。外では流石に呼びませんよ。3人のときはいいんじゃないですか?」
サムエルの言葉に返事することなく、グレイザックはふむ…と呟いて執務を再開した。




