side グレイザック
「……ノーレ!」
「……ザック様!!」
「リディオノーレ!」
「グレイザック様!!!!」
体が揺すられた。大声がする。俺は目を瞬いた。
「………はぁ」
目の前にサムエルがいる。
大きいため息をつかれた。
「リディオノーレ!!」
サムエルはリディオノーレにまだ声をかけ続けている。でも反応がない。また集中しすぎている。
知らない間に机の上に本が10冊以上積み上がっていた。
「……どれくらい経った?」
俺はサムエルに尋ねた。窓から見える景色が暗い。
そして、体があちこち痛い。
首を鳴らしたり、上半身を捻る。
「もう消灯の鐘は鳴りました。いつまで経っても帰ってこないのですから、心配して来たのです。まさかとは思いましたが、まだ図書室にいらっしゃったとは」
サムエルが怒っている。
静かだが、まあまあ怒っている。
「グレイザック様がついているから大丈夫だと思っていたのですが、まさか寝ていらっしゃるとは。お風邪をひきますよ」
サムエルはそう言いながら、あったかいお茶を渡してくれた。
「すまない」
俺は素直に謝った。
「まさか、寝てしまうとは」
お茶で暖をとりながら、呟いてしまう。
お茶がうまい。ふぅ、と息を吐く。
どうやら、かなり図書室にこもっていたようだ。
「そういう時もあると思いますが、ここでは風邪をひいてしまいますので、お気を付けください」
サムエルは苦笑する。
「さて、この娘はどうしましょうかね」
まだサムエルに気付かない集中しまくって周囲の音を遮断しているリディオノーレを困った風に見つめる。
「耳を引っ張ってやれ」
俺は言う。
「……そんな乱暴なことは致しません」
「じゃあ、頬をつねってやれ」
「………」
そんな方法しかないのだろうか、とサムエルはひたすら考えているのが手にとるように分かる。
体を揺すっても手は止まらないのだ。
容赦なくいくしかないだろう。
「この用紙を取り上げてみますか」
結局、サムエルは用紙を奪うことに決めたようだ。
サッと音もなく奪う。
だが、彼女はそのまま机に書き始めた。
「!!!」
サムエルが驚愕に目を見開いている。
「どうする」
俺も苦笑してしまう。
「グレイザック様、よろしくお願いします」
サムエルは諦めて引き下がった。
俺は腕を伸ばし、伸びる限り最大限彼女の両頬を引っ張った。
「ぅああいぃぃいぃだぃぃ」
リディオノーレは声にならない悲鳴を上げた。
ぷ、と思わず笑ってしまったが、顔を引き締める。
「……気づいたか?」
唇の端を上げ、彼女をまっすぐ見つめた。
「ぅあぁぁああ、すぃましぇん……」
両頬を引っ張られながら、彼女は謝った。
正直、とても面白い。
「分かればよろしい」
にやりと笑って手を離す。
彼女は両頬を撫でながら、涙目で見つめてきた。
「痛いです…」
「知ってる」
悪気もなくそう答える。
「リディオノーレ」
サムエルは仁王立ちで彼女を呼ぶ。
「ひっ。サムエル様までいらっしゃったとは」
「いくら呼んでも揺すっても気付かないので、グレイザック様が頬を引っ張ったのです」
「……すみませんでした」
リディオノーレは項垂れる。
「本当に悪い癖ですね、こればかりは。どうしましょうか」
サムエルは顎に手をやり考えこむ。
「とりあえず今のところは体に訴えかけるのが1番だろう」
俺は残っている茶を飲み干してそう述べた。
「ですが、このままだと学院生活が思いやられます」
「まだ3年ある。直していくしかないな」
「……直りますかね?」
リディオノーレがちらりと2人を見つめる。
俺はもう一度両頬を引っ張ってやった。
「いだぁぁぁい」
痛さに涙が出た彼女を見て、俺は満足して手を離した。
「体に覚えさせていくしかないだろう」
これしか方法がなさそうだし、今のところ思いつかない。
「……はぁ」
サムエルはため息をついた。
「とりあえず、こんな所に長時間いると風邪をひきます。これを飲んで温まったら、部屋に戻りますよ」
サムエルは怒りながらも彼女にお茶を出してくれる。
「……えへ」
何だかんだ世話をやいてくれるサムエルに思わず笑みがこぼれたようだ。
「こんな状態が続くのでしたら、自室や1人での読書やお勉強を禁止しますよ」
厳しい言葉を投げかけられ、リディオノーレは慌てる。
「っっ!!無理です無理です!監視付きとか嫌ですー!!!」
「このままだとそうなるぞ」
俺も言う。
どう考えてもそうなるだろう。
「うぅぅぅ」
唇を尖らせるリディオノーレ。
「じゃあ気をつけるんだな。もう消灯の鐘は鳴ったらしい。戻るぞ」
俺は立って体を捻ったりして伸びをする。
ガチガチになっている。
椅子で寝るんじゃなかった、と後悔する。
「わかりました。片付けてきます」
リディオノーレも立ち上がる。
俺は扉に向かって歩いていると、後方で大きな音がした。
「ん?」
俺はその音に振り向く。
「すいません……やりすぎました……」
机に手をついていた彼女は、それだけ言うと意識を手放した。
「!!!!!」
俺は驚いて慌てて駆け寄る。
サムエルが何とか倒れ込む前に彼女を支えてくれた。
「……?」
俺はサムエルを見た。
サムエルも俺を見た。
サムエルに支えてもらったまま、俺はぺちぺちと彼女の頬を叩いたり、引っ張ったりしてみる。
結構引っ張ってみたのだが、反応がない。
「………すー……」
すると彼女から寝息が聞こえてきた。
「ぷ」
思わず吹き出す。
「……ははっ!ぷっ。面白すぎる。…くっ。くくっ。あははは」
消灯の鐘を過ぎているのであまり大声は出せない。
大きい声にならないよう気をつけているが、笑い声は止まらない。
「ぷっ。こいつ、寝やがった!あは、お腹いたいっ」
俺は腹を抱える。
サムエルも呆れた顔をしている。
「グレイザック様」
サムエルは咎めてくる。
「ちょっと待ってくれ。俺をこんなに笑わせるなんてすごいぞ」
俺は腹を抱えながらくたっとなっている彼女の頬をぺちぺちする。
「賑やかになりましたね」
サムエルは苦笑いしながらそう言った。
「確かにな」
俺は笑い過ぎて出た涙を拭い、彼女の頬をもう一度ぺちっと叩くと、サムエルから支えを交代する。
「グレイザック様?」
サムエルは俺を見る。
俺は無視して、左腕を彼女の膝の裏に入れてぐ、と持ち上げる。
「私が運びますよ?」
「起こしに来てくれただけで迷惑をかけているのにこれ以上手間はかけさせられん」
俺はそう答え、彼女を横抱きにして歩を進める。
「……まだこいつ軽いぞ」
俺は呟く。
その呟きを拾ったサムエルが後ろからついてきて口を開く。
「元々がかなり痩せていましたからね。最初と比較すると大分肉がついたのではないですか?」
確かに、痩せすぎていた。
だから食事量もこちらで管理して用意していた。
きちんと量は食べれていたので安心していたが、まだまだだったようだ。
「まだひと月も経ってませんからね。3ヶ月ほど経てば、もう少し年相応になると思いますよ」
サムエルは横に並びながら、彼女を見つめて言う。
「でも、まさか、女性嫌いのグレイザック様が、ね」
横でサムエルはくすくすと笑う。
俺は思わず睨みつける。
「……後見人だしな。妹みたいなもんだ」
俺は睨みながらそう答えた。
あっという間に彼女の部屋につき、寝台におろし、布団をかけてやる。
彼女の部屋に初めて入ったが、殺風景だった。
必要最低限のものしかない。
これが女子の部屋なのか?とふと思った。
同じことをサムエルも思ったらしい。
「シャイリーネ様やシャーリネーヴェ様と比べて、これは、何と言っていいのか……」
サムエルは部屋を見回す。
「とことん、グレイザック様に似てますね」
見回したのち、サムエルは俺を見てそう言った。
「……」
俺は彼女を見下ろす。
確かに。サムエルの言葉に心中で頷く。
「俺の弟子だからな」
俺は変な理由を述べて、彼女の部屋を後にした。




