視察へ出立
グレイザックは色々と語ったが、リディオノーレにとっては耳が痛い細かい注意事項だった。
聞いているだけで彼女の表情がどんどん拗ねていくので、見ている分としては面白くてサムエルは笑っていた。
「……仕事に関しては何も心配していない。リディに任せておけば大丈夫だろう」
グレイザックは告げる。
「フェルはリディの護衛。ただ、それだけに集中しろ。そして、リディ」
グレイザックが改めて呼ぶ。
「何ですか。もう細かいことは嫌ですよ」
リディオノーレは完全に拗ねている。
天馬合戦をするな、とか。
ウィスナビアの末息子と仲良くするな、とか。
素材を条件に出されても安請け合いするな、とか。
高価な素材を貰える代わりに何かをする条件も駄目だ、とか。
細かいことを言われすぎて辟易している彼女である。
「仕方ないだろうが。お前の日頃の行いが悪い」
グレイザックはそう咎め、「何か俺に言わないといけないことはないか?」と尋ねる。
「………?」
リディオノーレは首を傾げた。
「これだ」
グレイザックは自身の腕輪を掲げる。
「……あぁ!」
リディオノーレはぽん、と手を打つ。
「あの方の腕輪に通報の魔法をかけました。ですから、あの方に攻撃すると師匠の腕輪に報せが来ます。光ると思いますので、その光の線を辿って来て頂ければ最速で着くと思います」
「面白いものをつくったな」
グレイザックは唇の端を上げた。
「それがあればどんな状況だろうと、グレイザック様に報せが行くと思いまして」
「お前も何だかんだそんな才能があるんだから、制服に施す魔法も完成させられるだろう。進捗状況は?」
「……7割です」
「そのまま励め」
その言葉にリディオノーレは頷く。
「でもまさか、視察をその面子で行くとは思ってなかったです」
彼女は視察の件に話を戻す。
「腕輪が役立ちそうだな」
グレイザックがにやりとする。
「お前には自衛の術を叩きこんだ。大丈夫だ。とりあえず、通報魔法だけ作動させたら全力で逃げろ。戦うなよ?」
その言葉にリディオノーレは目を逸らした。
「………おい」
グレイザックが眉間に皺を寄せる。
「………分かりません」
リディオノーレは正直に答えた。
その答えに男共全員がため息をつく。
「危なければ全力で逃げなさい」
サムエルが言葉を変えた。
「危なければ、ですね」
彼女は頷く。
「俺がすぐに行くから、俺が来るであろう方向に向かって逃げろ。念話も飛ばす」
「でも、私の念話の魔法はそんな距離があれば届きません」
「届く範囲に行くまで、ひたすら念話を飛ばすから待ってろ」
「分かりました」
「サムエルもバルデもグレークも向かう。合流さえすれば、俺たちの勝ちだ。それにアブストール達もいる」
グレイザックは安心させるように味方の名前を述べる。
「それに、俺があげた装飾品もある。問題ない」
「確かに」
それが1番心強いかもしれない。
リディオノーレは頷いた。
あらゆる事をこなしながら日々を過ごしていると、あっという間に視察の時期になる。
出立の日、リディオノーレは緊張していた。
「うぅ、お腹痛くなってきました」
リディオノーレがキリキリするお腹を押さえる。
グレイザックは思わずため息をついて、彼女の額を弾く。
「結婚式の付き添い人の方が緊張するだろう。視察如きで何言ってる」
グレイザックは呆れている。
その言葉に周囲にいる人たち全員がうんうんと頷いた。
「やっぱりリディって変わってますね」
見送りに来ていた団長が述べた。
「何でですかー」
リディオノーレは頬を膨らます。
「どう考えても結婚式の付き添い人の方が緊張しますね」
ムナグレークも述べる。
「視察は前に行ったことがあるだろ」
領主も呆れている。
「そうね。何故かしら」
シャイリーネは首を傾げながら尋ねた。
「だって、そりゃあ……」
リディオノーレはちらりとグレイザックを見る。
その視線だけで周囲の者たちは意味を察した。
「ああ〜、なるほど」
バルデミアンとムナグレークが納得した顔になる。
「……そういうことね」
シャイリーネも領主も納得した。
サムエルは苦笑しながら口を開いた。
「リディなら大丈夫ですよ」
「………だといいんですけど」
リディオノーレは息を吐く。
グレイザックが居ると居ないのとでは、安心感が全然違う。
これほど寂寥を感じるとは思っていなかったので、リディオノーレはお腹が痛かった。
「……グレイザック様、何かお声をかけてあげて下さい」
サムエルが苦笑いで進言する。
「小言か?いくらでも言ってやる」
グレイザックはあれをするな、これをするな、あれもするな、これもするな、などと細かいことを言い始める。
聞いている周囲の者が辟易してくるような小言である。
皆、苦笑いだ。
「………お前は姑か」
領主が小声で突っ込んだ。
その突っ込みが聞こえたグレイザックは、ぎろりと領主を睨んだ。
「………まあ、いっぱい言いたいことはあるのだが」
グレイザックが一旦区切る。
「まだあるんですか。どれだけ信用されてないんですか」
リディオノーレはますます膨れっ面になる。
「だが」
「だが?」
リディオノーレは聞き返す。
「お前がすごいことを師匠の俺は知っている。弟子として存分に本領発揮してこい」
グレイザックはにやりと笑った。
「責任は?」
リディオノーレが尋ねる。
「俺が取る。好きにしろ」
グレイザックの言葉にリディオノーレもにやりと笑った。
一瞬で緊張が取れた気がする。
リディオノーレは微笑んだ。
そんな2人の様子に周囲も思わず微笑む。
本当に信頼関係がすごい。
「グレイザック様」
リディオノーレは名前を呼ぶと、抱きついた。
身長差があるので、グレイザックの胸元くらいに頭が来る。
ぎゅう、と力強く抱きつくリディオノーレ。
グレイザックも最初驚いたものの、杖をあげたときもこういう事があったので多少は耐性が出来ていた。
周囲の者はぎょっとしていたり、息を呑んだり、目を瞬いたり、それぞれが驚愕を表している。
「………大丈夫だ」
グレイザックは彼女の頭を抱き締めると、そこに顔を埋め、そう囁いた。
そして離すと「行ってこい」と微笑み、送り出す。
「行ってきます」
リディオノーレも微笑み返し、グレイザックから離れた。
そうしてリディオノーレ、フェルバール、ザファムートとケネスが視察に旅立った。
姿が見えなくなるまで見送ったグレイザックは、振り返るとスタスタと城内に戻っていく。
「ま、待て待て待て待て!!!」
領主が慌ててグレイザックを追いかける。
「え!私も!私もお話し聞かせて下さいっ!」
団長までもがグレイザックを追いかける。
「私も聞きたいです!」
「俺も!」
「どういうことですか!」
「いつの間に!?」
「遂に!?」
「聞かせてください!」
「グレイザック様ーーーーっ!!!」
次々とグレイザックを追いかける変な光景がそこにはあった。




