手足として働く者
「本当にあなた達は読書が好きですね……」
図書室に迎えに来たサムエルは、案の定の状況に呆れ果てる。
「ん?ああ、もうそんな時間か」
グレイザックが本を閉じて、伸びをする。
「リディ」
グレイザックが呼びかけるが、彼女は反応がない。
相変わらずの集中ぶりにグレイザックは苦笑する。
彼は、彼女が読んでいる本を取り上げた。
「ん!あぁぁ!!」
リディオノーレが本に手を伸ばしながら抗議の声を上げる。
そして、グレイザックと目が合い、一瞬体をびくつかせた。
「………ん、いえ、何もありません」
リディオノーレは咳払いをして、立ち上がる。
「本、借りていってもいいですか」
「構わん」
グレイザックの許可をもらい、リディオノーレは大量の本を抱える。
「そんなに持って行くのですか」
サムエルが目を丸くし、半分持ってくれた。
「借りてもいいと言ったが、借りすぎだろ…」
グレイザックもそう言いつつ、残り半分を持ってくれた。
「え、あ、自分で持ちます」
リディオノーレは慌てる。
「構わん」
グレイザックが素っ気なく答える。
「………」
リディオノーレは大人しく従うことにした。
「ありがとうございます」
彼女は微笑みながら2人に礼を述べた。
部屋に戻って夕食を摂ると、サムエルがお茶を淹れながら口を開いた。
「今度は一体、何について調べていたのですか」
「汚れ防止の魔法についてです」
その答えにサムエルは記憶を辿る。
「あーー……、グレイザック様が本などに施しているやつですか」
「やっぱり知ってるんですね!」
リディオノーレは食い付く。
「でもまさか、魔法をつくっているとは思ってなくて…」
「そうでしょうね。私も意味不明ですから」
サムエルはにこりとする。
「魔法って簡単につくれるものなんですか?」
リディオノーレは首を傾げる。
「そう簡単につくれたら叙勲ものでしょう?」
サムエルは微笑む。
この微笑みは何も聞くな、という顔だ。
「サムエル様が分からない魔法を私が分かりますかね」
「グレイザック様は何と仰ってましたか?」
サムエルは彼を一瞥してから尋ねた。
「入学までになら何とか出来るだろう、と」
「では、そういうことなんでしょう。リディなら出来るんですよ」
サムエルは優しく微笑んだ。
ずっと話を聞いていたグレイザックが、徐にここで口を開いた。
「お前は何の魔法陣があって何が無いのか、特に考えてないだろう?」
「……そうですね。あるから覚える。あるから使う、って感じです」
「なら、現存する魔法陣を省略させたり、改良するのと全く一緒だ。自分が使いたいから使えるように工夫する。それだけだ」
グレイザックの言葉にリディオノーレは顎に手をやって考え始める。
「色んな視点から考えろ。それでも行き詰まれば、俺の資料を貸してやる。入学までだから時間はある」
グレイザックはそう言って、お茶を飲み干す。
「その魔法付与も大事だが、視察の方がもっと大事だ」
グレイザックにそう言われ、リディオノーレは顔を歪めた。
魔法のことだけを考えていたい。
「囮の件はとりあえず置いておけ」
その言葉にサムエルが眉間に皺を寄せる。
どう考えてもそちらの方が大事なのに。
「今回の視察、お前の差配に任せる」
「どの順に領地を回ろうが勝手にしろ、という事ですか?」
「ああ。全て任せる。前回の視察で何となく分かっているだろう?」
「……何となく、ですよ?」
リディオノーレは困った顔をする。
一回で分かるわけがないし、自信もない。
「どういった行程で進むのか、予定を立てて報告するように。持ち物等の確認もおこなうこと。そして、視察に向かう前に、どうやって各領地の情報を先に手に入れるか」
「グレイザック様はいつもどうやってるんですか?」
リディオノーレは尋ねる。
「俺の目と耳になる者がいる」
「誰ですか」
リディオノーレは単刀直入に尋ねた。
「ムナグレークだ」
「!」
リディオノーレは目を丸くした。
「グレーク様ですか」
「他国の情報を探るのには、アブストールを使ったりするがな」
「……影の騎士団のこと、ですか?」
リディオノーレは尋ねてみた。
「知ってるのか?」
今度はグレイザックが目を丸くする。
「名前だけですが。グレイザック様がその騎士団に仕事を依頼することがあると聞きました」
「ほぉ。誰から聞いたか知らんが、それはまた話す。で、どうする?グレークを使うか?」
リディオノーレは考える。
「……このままいけば、ゆくゆくはグレイザック様の弟子である私が次の主だと聞きました。……グレーク様を借りてもいいでしょうか」
彼女はグレイザックを見つめて、そう言った。
覚悟を決めてまっすぐ見つめてくる目に、グレイザックは思わず唇の端を上げる。
「いいぞ。好きに使え」
「ありがとうございます」
リディオノーレは礼を言う。
「その持ってきた情報を精査するのはお前だ。自分で取捨選択しろよ。あと、グレークの他に俺の使役獣も調査に出している。視察の際にケネスを付ける、と言ったろう?そのケネスが俺の使役獣だ。明日、紹介しよう」
「使役獣を紹介してもらえるんですか?」
わざわざ紹介してもらえることは殆どない。
一緒にいるから、あの獣があの人の使役獣だなと分かるくらいだ。
アインズビルでは、天馬番と使役獣番を兼ねているムナグレークが管理しているので、どんな使役獣がいるのかだけは知っている。
習性や特性はひと通り、ムナグレークから教わっている。
「ああ、紹介しておく。俺のは特別だからな。視察までに信頼関係を築いておけ」
「……いいんですか?他人の使役獣なのに?」
「良い。師匠の物はゆくゆくお前も使うことがある。反対に弟子の物を師匠は問答無用で使う」
断言するグレイザックにリディオノーレは苦笑いだ。
「出来ればだが、お前が学院で使役獣を得る際は、鳥類にしてくれると助かる」
「こちらが選ぶ立場なんですか」
違うかった気がするのだが。
「出会った瞬間にあー、こいつだ、ってなる」
「じゃあ、選べないじゃないですか」
リディオノーレは唇を尖らせた。
「そうだが、出来るだけ鳥類にしてくれ。手紙を送るのに便利だ。出来れば猛禽類で」
「めちゃくちゃ要求するじゃないですか…」
「当たり前だ。使いやすい動物の方がいいだろう?」
「……グレイザック様の使いやすい動物、ってことですね」
リディオノーレは皮肉ってみた。
その瞬間、左頬をつねり上げられ、悲鳴を上げたリディオノーレだった。




