学院へ到着
「必ずグレイザック様の言うことを聞くこと」
学院に出発する直前、見送りに来ているムナグレークがリディオノーレに注意する。
「絶対に離れないこと」
フェルバールも隣で言う。
「探検しては駄目ですよ」
バルデミアンも言う。
「好奇の目で見られても怒るなよ」
領主も言う。
「天馬合戦を申し込まれても勝手に受けてはなりませんよ」
団長も言う。
「………皆、小言が多いですね」
ずっと聞いていたジャンドバルトが苦い顔で述べる。
「そうでしょう!?どう思われますか」
リディオノーレは少し拗ねている。
「リディ、シャーリーによろしくね。腕輪も渡すんでしょう?忘れずに持ったかしら?」
シャイリーネはくすくすと笑いながら話す。
「持ちました!シャーリーお姉様に何か伝言ありますか?」
「手紙でやりとりしてるから大丈夫よ。元気かどうか見てきてちょうだい」
「かしこまりました!」
リディオノーレは意気込んで返事する。
「では、そろそろ行きましょうか」
サムエルが天馬車の御者台に上がる。
「ああ」
グレイザックとリディオノーレは車内に乗り込んだ。
「とりあえず、お前の今日の仕事は黙っておくこと」
グレイザックは彼女と向かい合わせに座って、真剣な顔で告げる。
「………」
リディオノーレは唇を尖らせる。
「教授たちとの受け応えはきちんとしろよ。あとの奴らは無視で構わん。喋りたいときは念話しろ。いくらでも文句聞いてやるから」
グレイザックはめんどくさそうに話す。
「まず、到着したら教科書と制服を買いに行く。教科書は前払いだ。入学してから渡してくれる。制服はそのまま持って帰るぞ」
「分かりました。それで天馬車なんですね」
リディオノーレは納得する。
「あと、今から大事なことを言う」
「??はい」
何だろう?と彼女は首を傾げる。
「お前は今からリディオノーレ・ネルク・オルネリアだ」
「!!!え!?」
彼女は大声を出して目を瞬いた。
「もう一度言う。リディオノーレ・ネルク・オルネリアだ」
「オルネリア……?」
リディオノーレはピンと来ず、聞き返す。
そんな彼女に御者台からサムエルが口を挟む。
「云十年前に存在していた領地の名前です」
「聞いても分からないです……」
「大分前に廃れましたからね。仕方ないです。グレイザック様の母方の姓なんですよ」
サムエルは説明する。
「!!!」
その言葉にリディオノーレは目を見開いて驚き、グレイザックを見つめる。
「そんな大それた姓をもらうわけには……」
「良い。誰も分からんだろう。それに姓が無い方が困るぞ」
グレイザックは足と腕を組み、尊大な態度で述べる。
「このままで良かったのに…」
「良くない」
グレイザックはスパッと吐き捨てる。
「姓が無いだけで平民と思われるぞ。お前の魔力と知識は羨望と嫉妬の対象となる」
「……分かりました。その名前有り難く使わせてもらいます」
リディオノーレは見つめ返し、質問をした。
「オルネリアはどんなどこだったんですか?」
「俺は知らん。生まれたときからアインズビルだからな。サムエルは知っているんじゃないか?」
グレイザックはサムエルに話を振った。
サムエルは御者台からゆっくり語り始めた。
「……グレイザック様のお母様は、オルネリア領主息女だったのですよ。よくオルネリアのお話を聞かせて頂きました」
サムエルは楽しそうに語る。
「サムエル様はグレイザック様のお母様と仲が良かったんですね」
「そうですね。本当に聡明で魅力的な方でしたから」
サムエルの表情は車内に居るリディオノーレからは見えないが、恐らく今微笑んでいることだろう。
「会ってみたかったです」
彼女はそう述べる。
「会ってどうする」
グレイザックが怪訝な顔をする。
「そりゃ勿論、グレイザック様を産んでくれてありがとうございます!って感謝を」
彼女の言葉にグレイザックは目を瞬いた。
「何だそれは」
「そのまんまですよ。グレイザック様がいなければ、今の私はいませんでしたからね」
彼女は微笑む。
「本当によくよく考えてみると、あの時引き取って貰わなければ、私も粛清時に処刑されてましたもんね」
思い返すリディオノーレ。
「だろうな。発言した瞬間に首を落とされていただろう」
そう言われ、彼女はブルッと体を震わせた。
想像しただけで怖い。
「本当にあの時、兄の言うことを聞いていて良かったです」
彼女はうんうんと頷く。
「……お前の兄は、本当に聡明だったな。正直、俺以上だったかもしれん」
グレイザックの言葉に彼女は目を見開く。
「グレイザック様に妹を預けるということを判断した彼は、慧眼の持ち主でしたね」
サムエルが口を挟んだ。
「サムエルもそう思うか。だって、俺の噂など成績が良いということだけだろう?あとは何も良い所などない。何をどう判断して俺に託そうとしたのか、正直聞きたかった」
グレイザックは言う。
「お前の兄がすごいことは確かだ。誇って良い。生きていれば、俺の相棒として雇いたかった所だ」
彼はにやりとする。
「そんなに兄を買ってくれてるんですか」
リディオノーレは驚く。
会ったこともないはずなのに。
「あれほどの資料を揃えられる腕を持つ者はいないだろう。そして、俺より年下で執務をこなし、領地を何とか保たせていた手腕は尊敬する」
グレイザックの褒め言葉にリディオノーレは嬉しくなった。
「その兄に追いつけるよう、このまま精進しろよ」
「頑張ります」
「今日の約束は?」
「黙っておくこと」
「よろしい」
グレイザックは満足げに頷くと、目を伏せた。
「サムエル、着く前に声をかけてくれ。少し休む」
「かしこまりました」
サムエルは返事する。
「リディも休んでおくといいですよ。面談は緊張しますからね」
「では、お言葉に甘えて」
リディオノーレはそう答え、背もたれにもたれ、深く座り、到着するまで目を伏せた。
1時間もしない内に天馬車がふわりと地上に降り立った。
本当にサムエルの手綱捌きは見事である。
「さあ、行くぞ」
グレイザックが先に降りる。
「はい」
リディオノーレは意気込んで返事した。
「私はこちらで待機になりますので。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
サムエルに送り出され、学院の玄関へと向かう。
各領地の城より2回りくらい大きいほどで、同じような建物がもうひとつある。
「あちらが寮だ」
グレイザックが一言説明してくれた。
天馬車が控える場所から玄関まではまあまあ遠く、同じように到着したと思われる新入生が何人も歩いている。
玄関に向かっていると、制服に身を包む1人の女性が見えてきた。
リディオノーレは一瞬にして顔を綻ばす。
「リディ!!!」
その女性は手を振ってくれた。
「お姉様!!!」
互いに駆け寄り、抱き合う。
「待っていたわ。………グレイザック様もお元気そうでなによりです」
待っていたシャーリネーヴェは、グレイザックにきちんと挨拶する。
「そっちこそ元気にやってるようだな」
グレイザックは返した。
まさかの返答にシャーリネーヴェは少し目を丸くし、微笑む。
「また勉強のコツを教えて下さいませ」
「機会があればな。こいつが入学すれば、こいつに聞いたらいい」
グレイザックは親指でリディオノーレを差す。
その言葉にシャーリネーヴェは目を瞬いて、リディオノーレを見た。
その視線にリディオノーレは苦笑しながら答えた。
「………上級生までの勉強は詰め込んできました」
「………」
苦笑気味の彼女の回答にシャーリネーヴェは思わず息を吐いた。
「もう驚かないわ」
シャーリネーヴェも苦笑しながら答えた。
「そんなことより、お姉様に渡したいものが」
リディオノーレが腕輪を取り出す。
「何かしら、これ」
受け取って、シャーリネーヴェは腕輪を嵌める。
「疲労回復魔法をかけてある腕輪です。良ければ使ってください」
「!!??」
シャーリネーヴェは流石にそれには驚いた。
「高かったんじゃなくて?」
「石だけ買ったので大丈夫です。魔法の付与は自分でしたので、そこまで高くなってないかと」
その言葉にシャーリネーヴェはため息をついた。
もうイチイチ驚いていたら、体がもたない。
「ありがとう、リディ」
シャーリネーヴェは微笑み、「案内するわ」と言って、教授たちが待つ広間に案内してくれた。
「私はここまでよ」
「ありがとうございました」
リディオノーレは頭を下げた。
そして、師弟は広間の扉を開けた。




