領主からの説教
その日の晩、グレイザックの自室で湯浴み後のお茶をしていたとき、領主がやってきた。
「………すいませんでした」
リディオノーレは開口一番、素直に謝罪した。
完全に訓練場のことだろう。
そんな彼女の隣に座っているグレイザック。
彼の部屋でお茶を飲むことが増えたので、1つ折り畳みができる小さめの丸机を発注したのだ。
仲睦まじくサムエルも合わせて3人でお茶をしているのを見て、領主はため息をついた。
「分かっているようで何よりだ。……グレイザック、何か言うことは?」
領主が問う。
「明日には直しますので」
グレイザックは悪びれもなく言い放つ。
「すいません。綺麗に完璧に前よりいい状態で直します」
リディオノーレが頭を下げる。
「良ければ、お茶どうぞ」
お茶で機嫌を直してもらおうと思い、リディオノーレが立ち上がって席をすすめた。
そのままお茶を注ぐリディオノーレ。
「………」
領主はため息をつきながら、彼女が座っていた席に腰を下ろした。
「領主さま、このお茶美味しいのでどうぞ」
アラウィリアのお茶と茶菓子をすすめる。
そのままリディオノーレはグレイザックの後ろに控える。
「リディ、座っておけ」
グレイザックが腰を上げようとし、リディオノーレは慌てた。サムエルも慌てて、「グレイザック様は立たないで下さい」と制し、腰を上げる。
「いいですいいです。後ろにいますよ」
リディオノーレは微笑む。
「いや、座れ」
グレイザックが命じる。
「まだ完全に回復してないだろう」
彼の言葉にリディオノーレは取り繕うように微笑んだ。
領主の前でそんな姿を見せるわけにはいかない。
少し筋肉痛が残っているだけだ。
「大丈夫です」
リディオノーレは微笑む。
「………座れ」
領主が苦い顔で立ち上がろうとする。
「俺が邪魔なようだ。グレイザックが気を遣うとはよっぽどなんだろう」
「いやいやいやいや」
リディオノーレは更に慌てる。
「お話があって来られたのに。流石に領主さまを立たせるわけには」
彼女は慌てふためく。どうすれば解決するのか。
「あ、いや別に、ほら、椅子半分こするので大丈夫ですよ」
リディオノーレは狼狽えて突拍子もない発言をし、サムエルの椅子に半分腰掛けようとする。
サムエルは少し驚き、苦笑しながら椅子を半分譲った。
グレイザックは片眉を一瞬上げたが、領主に話を振る。
「訓練場は綺麗にしますのでご心配なく」
「見て来たが、かなり壊れていたぞ。直すのに魔力が足りるのか」
その質問に彼女は少し首を傾げた。
「………魔力足りませんか?」
リディオノーレは口を開いた。
大丈夫だろうと踏んでいたのだが。
グレイザックは安心させるように微笑んだ。
その彼の笑みに領主は目を瞬く。
グレイザックが女性に微笑むことがあるとは。
「俺とお前だぞ。大丈夫に決まってる」
その言葉にリディオノーレは安心した。
グレイザックがそこまで自信満々に言うものだから、領主はサムエルを見た。
本当に大丈夫なのか?という目をしている。
サムエルは苦笑気味の表情を返した。
「………今日、来客があったと聞いが、それが原因か」
領主はお茶をすすりながら尋ねる。
その質問に誰も答えない。
グレイザックはお茶をすするだけ。サムエルとリディオノーレは苦笑いだ。
「リディオノーレ、答えろ」
領主に命じられ、リディオノーレはグレイザックを一瞥したのち口を開いた。
「グレイザック様のご学友の方がいらっしゃったようです」
「………何をされた」
領主は簡潔に尋ねる。
「詳細は知りません。私は執務をしていたので」
リディオノーレはまっすぐ見つめて答える。
「サムエル」
領主がサムエルに話を振る。
サムエルは少し息を吐くと口を開いた。
「………リディを弟子に取ったことにより、女性嫌いが直ったと思ったのでしょう。グレイザック様の手を触ろうと……」
サムエルが話していると、部屋の空気が冷え込んだ気がした。
グレイザックの目が怖い。
「……良い。大体分かった。その八つ当たりに訓練場を破壊したのか」
領主はため息をつく。
「ち、違いますよ。八つ当たりは私にしてきただけで」
リディオノーレは思わず口走る。
あ………、と彼女は口を押さえる。
「………」
リディオノーレはグレイザックをちらりと見た。
グレイザックは少し彼女を睨むと、領主に視線を移し、口を開いた。
「俺の八つ当たりにリディが付き合ってくれたんですよ、義兄上。俺とリディが魔法を放てばあれくらいになりますし、加減はしたのであれで済んで良かったと思って下さい」
グレイザックはお茶を飲み干す。
「義兄上が付き合ってくれてもいいんですよ」
グレイザックがにこりと笑う。
その笑顔に領主は頬が引き攣る。
「いや、遠慮しておく」
領主は即答すると、リディオノーレに視線を向ける。
「リディオノーレ、付き合ってやるのはこちらとしては有難い。誰もグレイザックに付き合えるような魔力を持ち合わせてないからな。だが、被害は考えてくれ」
「領主さまは、機嫌の悪いグレイザック様を止めることが出来るのですか。その方法をご存知でしたら教えてください」
リディオノーレは懇願するように身を乗り出した。
不機嫌最高潮のグレイザックの剣の相手をするのは、リディオノーレですらなかなかしんどいものがある。
今日程度のものなら、まだマシだったと思っている所だ。
「リディオノーレが本気で止めれば、何とかなるだろう?」
領主が問う。
「私如きが不機嫌なグレイザック様を止められるとでもお思いですか」
リディオノーレは目を瞬く。
「お前以外、誰が止められると思っているんだ」
領主が眉間に皺を寄せる。
「え?」
リディオノーレは目を瞬く。
「グレイザックはお前の言うこと、案外聞いてくれるぞ」
領主はそう言ってお茶を飲み干した。
「………このお茶美味かった」
領主は感想を言って、立ち上がった。
「明日には綺麗に直しておくように」
そう言って、領主は部屋を去って行った。
「片付けてきますね。私もこのままお暇致します」
サムエルも立ち上がり、食器類を片付け始める。
「リディ、よく休むんですよ」
サムエルはそう言って退室した。
「………」
リディオノーレはちらりとグレイザックを見る。
「私の言うことなら聞いてくれるんですか?」
「内容による」
「ですよね」
リディオノーレは苦笑する。
「明日はどう修復したらいいんですか?」
彼女の質問にグレイザックはにやりと笑った。
「聞きたいか?」
これは完全に何か企んでいる顔である。
リディオノーレは笑って、「聞きます」と身を乗り出した。




