ストレス発散
アインズビルに帰領したリディオノーレ達は内通者のことでピリピリすることもなく、いつもの日常に追われる。
溜まっていた執務をこなすグレイザックとリディオノーレ。
その補助をこなすサムエルとフェルバールとバルデミアン。
たまにリディオノーレの武器の練習に付き合わされる護衛騎士2人とムナグレーク。
剣に関してはグレイザックが未だに教えている。
地上で練習していたのだが、今度は天馬に乗って上空での訓練へと変わった。
そして、変わったことと言えば、縁談の手紙だ。
案の定、第二夫人の座にリディオノーレを求める人が多い。
グレイザックへの縁談もどっと増えた。
リディオノーレと仲睦まじい様子を見て、グレイザックの女性嫌いが直ったと思った人が多いらしい。
そのおかげで彼の機嫌が最悪である。
「………グレイザック様に面会を希望する方がいらっしゃっております」
朝一で、サムエルがグレイザックに報告する。
さあ執務を始めようかと思っていた矢先のことだったので、出鼻を挫かれた気分である。
「追い返せ」
グレイザックはにべもなく言い返した。
「私、執務しておきますよ?」
リディオノーレは提案する。
「俺に対応してこいと?」
グレイザックの眉が吊り上がる。
「……サムエル様がわざわざ報告するくらいですから、グレイザック様のお知り合いとかではないのですか?」
リディオノーレはサムエルに尋ねる。
「仰る通りです。ご学友だった方です」
「女か?」
「……はい」
サムエルは苦い顔で答えた。
「誰だ」
グレイザックは鋭く短く尋ねる。
「ラルシャーク領のアマリューチェ様です」
名前を聞いてもグレイザックは誰か分からなかった。
「……誰だ」
「ラルシャーク領主の親戚の娘です」
「………分からん」
グレイザックは答えた。
サムエルは一度ため息をついてから口を開いた。
「そうでしょうとも。女生徒の名前なんて誰1人覚えていらっしゃらないでしょう」
サムエルはまたため息をつく。
「一度お会いしてみてはどうですか?」
リディオノーレは首を傾げる。
「………会ってどうする」
グレイザックは逆に尋ねる。
「そりゃあ、昔話に花咲かせたり?」
リディオノーレは言ってみて、これは違うな、と苦い顔になった。
「お前は、その女が何しに来たのか分かっているのか?」
グレイザックは不機嫌丸出しで尋ねる。
「………グレイザック様に気があるんでしょうか」
リディオノーレは恐る恐る口にした。
「十中八九そうでしょうね」
サムエルが答える。
「……何も話すことはないんだが」
グレイザックはすごい嫌そうに答える。
「とりあえず断ってきたらいいじゃないですか。執務に関しては全く気にしなくていいですよ」
リディオノーレはそう言って送り出した。
その台詞、のちのち後悔することを彼女は知らない。
グレイザックがサムエルを引き連れて出て行くため、ムナグレークとフェルバールが急遽、執務の手伝いに来てくれた。
3人で執務をこなして30分くらいだろうか、いやそれよりもっと短かったかもしれない。
グレイザックは不機嫌最高潮で執務室に帰ってきた。
「………」
これはやばい、と直感したムナグレークとフェルバールはそそくさと退散していく。
リディオノーレは顔が引き攣った。
グレイザックが爽やかな微笑みを見せている。
リディオノーレは席から立ち上がり、後退った。
グレイザックは微笑んだまま、ツカツカと彼女に寄ると、「来い。付き合え」と腕を掴んで連れて行く。
「ひっ……」
リディオノーレは思わず声を上げてしまった。
グレイザックに睨まれ、体を思わず縮める。
問答無用で引っ張られて行くリディオノーレ。
それを申し訳なさそうな顔で追うサムエル。
何があったのか聞きたいが、何も聞けない。
聞いたら自分自身にも火の粉が降りかかるのを分かっているため、彼女は大人しく従う。
連れて来られたのは、訓練場だった。
訓練をしていた騎士たちが、グレイザックの様子を見て一瞬で場所を譲った。
驚くくらいの早技であった。
「グラティパーダ」
グレイザックは杖を素早く大剣に変えると、リディオノーレに向かって行く。
「ええっ、ちょっ!」
リディオノーレも慌てて剣に変えて、グレイザックの剣を受ける。
「〜っ!」
彼の剣はとにかく重い。
リディオノーレは何とか剣の向きを変えようと、腕に魔力を多めに流す。
「ふんっ」
グレイザックは何事もないように、彼女の体ごと剣を薙ぎ払った。
ものすごい力である。
「ぐっ!」
リディオノーレは思わず呻き、剣を地面に突き刺す。
そんな隙を見逃さないグレイザックはそのまま突っ込んでくる。
「つまらんぞ」
グレイザックはそう呟く。
怒りの発散に付き合っているのは分かっているので、リディオノーレは悔しそうな顔をする。
剣なら、騎士たちに頼めばいいものを。
リディオノーレはそう思いつつも、グレイザックの連撃を頑張って凌ぐ。
少しの間、剣が交わる音しか聞こえなかった。
「防戦一方だな」
グレイザックは嘲笑する。
その言葉にリディオノーレは悔しそうな顔をする。
結構な魔力を腕に流しているのに、グレイザックの剣はとにかく重く感じる。
彼は特に身体強化をしているわけでもないのに、剣が重いのだ。鍛錬の量が段違いなのだろう。
リディオノーレは少しずつ痺れてきた。
「……皆の前で見せてもいいなら、やりますけど」
リディオノーレは打ち合いながら提案してみた。
「いいぞ」
グレイザックは唇の端を上げ、剣を薙ぎ払って後ろに飛んだ。
少し距離を取った状態で、待ってくれるグレイザック。
リディオノーレは剣に魔力を帯びさせる。
特に剣先に集中させ始める。
剣先に魔力が集まり安定したところで、リディオノーレは剣を杖のように振り始める。
剣から弓矢に、弓矢から槍になど、武器から武器の変更が出来ることは実証済みなのだから、それと原理は同じである。
完全に非常識だが。
どちらかと言うと、先日の結婚式で見せたグレイザックの風魔法を操りながらの闇の魔法陣を描く方が非常識である。
魔法の同時発動になるため、かなりの集中力と魔力が必要なため成功できる人は少ないだろう。
「フランヴェ」
リディオノーレは炎を剣に纏わせた。
「何だあれは!」
騎士たちがざわめき出す。
「……やるな」
グレイザックはにやりと笑う。
グレイザックも同様に剣に炎を纏わせた。
2人がものすごく普通にするものだから、騎士たちは目を瞬く。
「いやいやいやいや」
「そんなこと普通にされても困るんですが」
「どういうことですか」
「剣を出したまま魔法を唱えたってことですよね」
「剣を杖代わりにした、ってことですか」
騎士たちが次々と呟き出す。
騎士たちは一斉にフェルバールとバルデミアンの方を向く。
皆が説明をしろ、という顔をしている。
「……無理ですよ、説明なんて」
バルデミアンは苦い顔をする。
「もう規格外、ということで納得して下さい」
フェルバールも答える。
「あれだけ一緒にいて分からんのか」
団長が突っ込んできた。
「分かると思いますか?訓練も一緒にしたことがありますが、習得するには何年もかかりますよ。それをいとも容易く短期間でやってのけるリディが凄いのですよ」
フェルバールは息を吐いた。
その頃、リディオノーレとグレイザックは、炎を纏った剣で打ち合いを始めていた。
リディオノーレは彼と対等に打ち合えるように体に魔力を流し、強化する。
炎を纏っているせいで熱いし、チリチリと肌や髪が焼ける。
痛がりも熱がりもせず、リディオノーレは我慢して打ち合いを続ける。
強化して、彼の速度についていくのがやっとである。
リディオノーレの息が少し上がってきた。
グレイザックがそんな隙を見逃すはずもなく、力を込めて剣を薙ぎ払った。
くるくると彼女の剣は飛んでいき、地面に突き刺さる。
「……はぁっ」
リディオノーレは息を吐き、地面に座り込んだ。
「………」
息を整えながら、リディオノーレは立っているグレイザックを見上げた。
汗はかいているが、息は乱れていない。
流石である。
「………少しは、発散、できましたか」
リディオノーレは尋ねる。
「少しな」
グレイザックはそう答えて、手を出した。
彼女がその手を掴むと、グレイザックがぐい、と引っ張って立たせてくれる。
「リヴァベーレ」
グレイザックは剣を解除し、杖に戻す。
サムエルもリディオノーレの剣を杖に戻しながら、持ってくる。
「ありがとうございます」
リディオノーレは杖を受け取る。
「どうだ、もう一戦」
グレイザックはにやりと笑った。
「………武器じゃなければ」
リディオノーレは息を吐きながら答える。
正直へとへとなのだが、どうやらまだグレイザックの発散が足らないようである。
「お待ち下さい、グレイザック様。このままでは、リディが倒れてしまいます」
サムエルが進言する。
「あと少し付き合ってくれるだけでいいんだが」
グレイザックが困った顔をしながら言った。
「う……」
なかなか見ない困った顔に、リディオノーレは思わず悩む。
「………分かりました。発散させてしまってくださいね」
リディオノーレは息を吐くと、距離を取って杖を構えた。
「……………はぁ」
サムエルはため息をついた。
グレイザックの発散に付き合ってくれる人がいるのは有難いのだが、訓練場が破壊されるのが目に見える。
もう、仕方がないので、サムエルは現実逃避することにしたのだった。




