感想
アラウィリア領主による試合の終了の号令が鳴る。
あちこちで色んな歓声とざわめきが起こる。
グレイザックはサムエル達の元にゆっくりと天馬をおろした。
「このまま下がる。天馬と皆の対応を頼めるか」
グレイザックはリディオノーレの手を引いて下ろすと、そのまま横抱きにする。
リディオノーレは自分で歩くと言ったが、グレイザックの顔が怖かったので口を噤んだ。
「かしこまりました」
サムエルは返事する。
そして、「熱ですか?」と小さく尋ねる。
その問いにグレイザックは小さく頷いた。
「フェル、バルデ、お前たちも対応を頼む」
グレイザックはそのままリディオノーレを連れて行く。
色んな人が彼らを追おうとするが、サムエル達に止められる。
アブストールとグレティアーナが上空からやってきて、グレイザックの前に止まる。
「リディ、大丈夫?」
グレティアーナが天馬から降りて、リディオノーレに駆け寄った。
「大丈夫です。………勝ちましたね」
リディオノーレはグレイザックに抱かれた状態で微笑んだ。
「ええ。そうね。リディのおかげね」
グレティアーナも微笑んで、彼女の頬を撫でた。
「ゆっくり休みなさい。後のことは任せておきなさい」
「……頼みました」
グレイザックが少し頭を下げて、颯爽と城内へと向かった。
この後のことは、リディオノーレは全く知らない。
サムエルやグレティアーナ達が大変だったのは想像がつくが。
グレイザックも本当は対応するべきなのだが、面倒くさいのは勿論嫌いなのでリディオノーレと共に部屋にこもっていた。
「……いいんですか?」
寝台に寝転んだまま、リディオノーレはそうグレイザックに尋ねた。
「良い。放っておけ」
グレイザックはそう言い放つ。
相変わらずの態度にリディオノーレはくすりと笑った。
「お前は寝てろ」
グレイザックが杖を出す。
「あ、駄目です。お話ししましょう」
睡眠魔法をかけられるのが分かり、彼女は慌てて止める。
その言葉にグレイザックは眉を上げた。
「熱があるくせに何を言ってる」
体調を心配しているのがわかっているので、リディオノーレは少し笑いながら次の言葉を発す。
「大丈夫です。寝るのはその後にしましょう」
リディオノーレはそう言って、体を横にして、寝台横の椅子に腰掛けるグレイザックの袖を掴む。
「どうでしたか、試合」
リディオノーレは尋ねる。
袖の刺繍を少しなぞってみる。
寝台に寝転がるときに外した髪飾りと同じ模様の刺繍。
グレイザックの弟子だと認められている気がして、とても嬉しい。
「……休め、と言っているのに」
グレイザックはため息をつく。
「ほら、教えてください」
リディオノーレは微笑む。
「………上出来だ」
その言葉にリディオノーレは満面の笑みになる。
「良かったです」
「魔力操作があそこまで上手くなっているとは思わなかった。隠していたな」
グレイザックは少し睨みつける。
「えへ」
リディオノーレは笑って誤魔化した。
グレイザックが見てない隙を狙って、ひたすら練習していたのだ。
執務室から書類を届ける間の道中や、自分が入浴の最中、グレイザックが入浴中などを見計らい、彼が見ていない間にずっと毎日。
この結婚式の試合のために。
「師匠を驚かすことが成功して良かったです」
リディオノーレは微笑む。
「………ああ、充分驚いた。まさか、両手で杖を操るとはな」
グレイザックは苦笑する。
「あれは、師匠が衣装に施した魔法陣の効果があったおかげで杖に集中できたのはありました」
防御系の魔法陣が付与されていなかったら、あんな芸当できなかった。
完全にグレイザックのおかげである。
「俺の魔法陣だからな。だが、全くもってお前の成長には驚かされる」
グレイザックは、ふ、と笑うと彼女の頭に手を置く。
「よくやった」
彼の褒め言葉に、リディオノーレはまた笑顔になる。
「だが」
グレイザックの声音が変わったので、リディオノーレはびく、とする。
「これで完全に王族に目をつけられたぞ」
グレイザックは彼女の額を弾いた。
「やっぱり、そうですか?」
リディオノーレはちらりとグレイザックを見る。
「ああ。領主にも一応確認しておくが」
グレイザックはそこで言葉を区切り、彼女を見つめた。
「皆がいたから聞けなかったが、壇上であの王子にリディルレーネと呼ばれたな」
グレイザックのその言葉にリディオノーレは目を見開く。
壇上の会話なんて聞こえていなかったはずだ。
なのに。
「俺を誰だと思ってる。唇くらい読める」
「……なるほど」
リディオノーレは舌を巻いた。
読唇術まで心得ているとは流石である。
「その名で呼ばれて、カチンと来ただろう。魔力が漏れていた」
「………流石にバレてましたか」
リディオノーレはぺろ、と舌を出し言葉を続けた。
「その名は捨てましたので。今は師匠につけてもらったいい名前があります」
彼女は微笑む。
「いい加減、感情を隠せるようになれ」
グレイザックは少し息を吐いた。
「それに、王族相手に威圧を仕返すなど不敬罪になるぞ」
「ですが、仕掛けたのはあちらが先です」
リディオノーレは唇を引き結ぶ。
「だが、王族相手にするな。今回は領主がいたから何とかなったが、むやみやたらに仕返すな。皆、失神する」
グレイザックが咎める。
「ちゃんと調節しました。王子より少し上の威圧をしただけです」
リディオノーレは唇を尖らせる。
自分は悪くない、と言い張る彼女にグレイザックはまた額を弾いた。
「言っても無駄か……」
「それに、領主様のことも煽りましたよ?あれは、駄目でしょう」
リディオノーレは言う。
「お前の中では領主も身内みたいなものなのか?」
グレイザックは眉間に皺を寄せた。
「違いますよ」
彼女は慌てて否定し、言葉を続ける。
「軍事力を担っているのはこのアラウィリアなんですよね?では、そこの領主を怒らせることはすべきではないでしょう?謀反を起こされたら、一瞬でやられますよ?」
リディオノーレの言葉にグレイザックは唇の端を上げた。
「……お前は本当にそういう勘がいいな。策士向きか?」
グレイザックは思わず問う。
「ちょっと考えたら分かりますよ。皆、平和ボケしてませんか?ここ何十年と戦が無かったからと言って、今年も無いとは言い切れませんよ」
リディオノーレは答える。
「その考えは大事だ。本当にお前はここでおさまる器ではないかもな」
グレイザックの言葉にリディオノーレは少し眉間に皺を寄せた。
「それは師匠ですよ。師匠がいるからこそ、こんな事を思いつくんですよ。本当に私の師匠はすごいんですから」
リディオノーレは少し頬を膨らませながら答える。
そして、見つめる。
「グレイザック様、私を捨てないでくださいね」
彼女は、勇気を出してゆっくりとその言葉を発した。
グレイザックは思わず目を瞬く。
そして、目を一瞬だけ伏せると、口を開いた。
「………お前が何処に行ったとしても、もし俺が何処かに行ったとしても、お前は俺の弟子であり、俺はお前の師匠だ」
グレイザックは彼女の頭を優しく撫でた。
「寝ろ。明日も忙しいぞ」
リディオノーレは頭を撫でてくれる彼の指を握る。
彼は彼女の問いには答えてくれなかったが、今はこれが精一杯なのだろう。
指を握ったまま、リディオノーレは目を瞑った。
「……………」
少しすると、指を握る手が弱まり、グレイザックはゆっくりと手を引き抜く。
彼女が寝ている間にやることがある。
領主との面会だ。




