規格外の証明
「楽しいな」
グレイザックは離れたところで対峙している弟子に話しかける。
「はい!」
リディオノーレは笑顔で嬉しそうに返事する。
本当に楽しい。
グレイザックが何を仕掛けてくるのか読めないのがまた面白い。
「ルミーチェ!!!」
グレイザックはにやりと笑って、閃光させる。
「!!」
リディオノーレは慌てて片目だけを閉じた。
「ヴァンビエ!」
風を起こし、近付いてこないように距離を取る。
接近戦が苦手なのは自分でも分かっているので、近付かさせないようにしないといけない。
「お前は本当にセンスがいい」
グレイザックがまさかの褒め言葉を口にする。
片目だけを閉じる所なんて流石である。両目とも閉じてしまうと閃光のあと使い物にならない。
グレイザックはまたにやりと笑うと今度は小刀を出した。
「オグメント」と唱え、増幅させる。
リディオノーレが鳥の魔獣狩りの際に使っていた技だ。
だが、増幅させて操る量が彼女の倍なのだが。
彼女もまた、その技の用意をしていた。
操れる数はたった10本だが。
彼女の元には10本の小刀が浮き、グレイザックの元にはその倍の小刀が浮く。
「集中しろよ。死ぬぞ」
グレイザックはにやりと笑って20本の小刀を操り始めた。
「ちぃっ」
リディオノーレは目を凝らし、集中する。
避けるか10本の小刀で受けるかしないと傷がつく。
「っ!」
頬スレスレに小刀が飛んできたが、彼女の衣装に施された物理攻撃防御の魔法陣に弾かれた。
「!!」
なんてすごい魔法陣を付与してくれているのか。
リディオノーレは思わず目を瞬いた。
「そう言えばそうだったな」
グレイザックは自分が付与した魔法陣に弾かれた小刀を見て、またにやりと笑った。
「容赦なくいくぞ」
グレイザックは小刀の速度を上げる。
ついていくのがやっとなリディオノーレ。
10本の小刀で同等の小刀しか相手できない。
残りの10本は全部リディオノーレの元に飛んでくるが、全て弾かれる。
弾かれるが、それでも執拗に狙ってくる。
「っっ」
何でこんなに操れるのか。
リディオノーレは歯噛みした。
実力に差がありすぎる。
ならば。
物理攻撃、魔法攻撃は彼女の衣装が防いでくれる。
なら、少し小刀に意識を集中させなくても大丈夫だろうと踏む。
右手はそのまま出来る限り杖を操り反対の手で懐をまさぐり、もう一本杖を出した。
「!!」
その行動には流石のグレイザックも目を見開く。
「……できるのか」
グレイザックが驚いたまま呟いた。
その呟きは小さすぎるので彼女には届かない。
リディオノーレは左手に握る馬の魔石の杖で「ヴァンビエ」と唱える。
利き手じゃない分、融通はきかないが、それでも風を起こす。
「ははっ!!!」
グレイザックは大きい笑い声を上げた。
本当になんて奴だ。規格外だろう。
両手で杖を操る奴なんて、見たことない。
自分くらいだ。
彼女の両手杖に皆が一斉に驚き、ざわめく。
「ど、どうなっているんだ」
ジャンドバルトは狼狽える。
両手で杖を操るなんて、出来る芸当なのか。
「待て待て。あれは何なんだ」
アブストールが頭を抱える。
両手に杖だと?
まさにグレイザックの弟子じゃないか。
「………私の目論見は充分達成しました……」
グレティアーナが呟く。
ここまでの芸当をすれば、否が応でもリディオノーレが規格外だと分かるだろう。
「これからが大変だぞ……」
アブストールは苦い顔で呟いた。
「母上………」
セラフィリオンは王妃の元に行き、呼びかける。
「何です、セラフィリオン」
王妃は師弟2人から目を離さない。
「あれは、人間に出来る芸当なのですか」
セラフィリオンは呆然としながら尋ねた。
「わたくしも初めて見たわ。………恐ろしい。けれど、あの魔力量、魔力操作、素晴らしいわ」
王妃は答える。
「アラウィリア領主よ。あれであの娘は入学前なのでしょう」
「そうでございます。ですから、規格外と」
領主は答える。
あんな芸当は初めて見たが。
もう考えるだけ無駄なので、領主は規格外の一言で完結させる。
「あの娘、欲しい」
王妃が呟いた。
「母上!!!」
セラフィリオンが焦った声を上げる。
「分かっています。粛清の一族など汚点です。ですから、師匠のグレイザックと共に召し上げ、王宮騎士団に入れても良いのでは?」
「………それなら良いのではないでしょうか」
セラフィリオンが答える。
王族の親子の会話に領主は鳥肌が立つ。
この話が出たことをグレイザックに必ず知らせねばならない。
怒りそうな予感しかしないが。
領主は心中でため息をついた。
「………げ、目立ちすぎでしょう……」
杖を両手で操るリディオノーレを見て、フェルバールはため息をつく。
「これは少しやりすぎですね……」
サムエルも苦い顔をする。
両手で杖を操る術は、王族のいる前ではあまり良いと言えない。
リディオノーレは皆がそれぞれ色んなことを思っていることなんて露知らず、左手で風を操り、雨雲を呼び寄せる。
今日が曇りで良かった、などと呑気に思っているリディオノーレだ。
だが、ぴしり、と何かが割れる音が聞こえた。
「?」
どこからだろうか。
リディオノーレはまさかと思い、杖を見る。
「!」
割れる。
馬も。象も。
力を込めすぎたのだろうか。
彼女は冷や汗をかく。
グレイザックの小刀を相手しながら、彼に向けて口パクで助けを求める。
『つ、え、が、割、れ、ま、す』
リディオノーレの唇を読んだグレイザックは、目を見開いた。
この乱戦の中で杖が割れたら反動が来る。
グレイザックは小刀を操りながら、その杖で魔法陣を描き出す。
なんて器用な人だろうか、とリディオノーレは感心した。
戦いながら、その杖で魔法陣を描くとは。
戦いをしたまま魔法陣を描き終えると、グレイザックは「オスブル」と唱えた。
因みに拡大は組み込み済みである。
上空一体が一瞬で闇に覆われた。
アブストールとグレティアーナの所まではそこそこ距離があったので、その2人は範囲外だった。
「ぅわ!」
リディオノーレは思わず声を出す。
何の魔法陣を描いていたかは分かっていたので、片目だけ瞑って準備していた。
操っていた小刀をゆっくりと地上に落とす。見えないので、きちんと落ちたかは分からないが。
「馬鹿野郎」
グレイザックが皆が見えないことをいいことに、闇の中、リディオノーレの元に飛んできた。
「何も目印がないこの暗闇で、よく分かりますね…」
リディオノーレは感心する。
「俺だからな」
グレイザックはそう答える。
直線距離のところにいたので、何となく分かっただけだが。
「俺は見えてないから、手を出せ」
リディオノーレは暗闇に慣らしておいた片目を開けて声がする方を見る。
ぼんやりとだが、手を出しているグレイザックが見え、その手を握った。
グレイザックはその手に沿って、肘、二の腕、肩と上がっていく。
首から頬、そして額へと。
額に手を当てて、熱を測る。
こんな最中でも彼女の体調を慮る行動に、リディオノーレは少し照れる。
暗闇で良かった、と思わず思ってしまった彼女である。
「……………ちっ」
グレイザックは舌打ちする。
「この馬鹿が」
グレイザックは低い声音で咎めると腕を引っ張る。
「来い」
「でも、まだ試合が」
リディオノーレは抵抗する。
「良い。少し熱がある。魔力枯渇で倒れる前にここらでやめておけ」
グレイザックは再度、彼女の腕を引っ張る。
「こっち来い。落ちるなよ」
グレイザックはぐいっと引っ張って、彼女を自分の前に乗せた。
頭をぐいと押して、自分の胸にもたれさせる。
「寝ておけ。もう、夕の鐘も鳴る」
グレイザックは彼女の視界を手で塞いだ。
まあ暗闇の中なので、元々何も見えないのだが。
「ルミーチェ」
グレイザックは静かに唱えた。
暗闇が一気に晴れる。
様子を見守っていた皆が一斉にざわめく。
リディオノーレが思わず身を乗り出そうとすると、グレイザックに額を押さえられ、もたれさせられる。
「じっとしてろ。じきに鳴る」
グレイザックの言葉通り、夕の鐘が鳴り響いた。




