side グレイザック
執務室でリディとサムエルと仕事をしていると、リディが「忙しいですね」と呟いた。
卒院式からすぐに領主会議に出立した領主に向けての台詞だと分かると、俺は顔を上げずに答えた。
「領主として1番大事な仕事だ。仕方ない」
それに。
「第一、義兄上はそれくらいしか仕事してないしな」
「辛辣ですね」
リディは苦笑する。
「実際そうだろうが」
俺は少し顔を上げて、彼女を見た。
「俺とお前が完成させた書類を義兄上は判を押すだけだ。随分と楽な仕事だろうが」
俺は息を吐く。
「……どうして師匠は何も言わないんですか?」
俺が文句を言わないなら、弟子であるリディも何も言えないのは知っている。
「腹違いの弟である俺を差別することなく接してくれた人だからな」
「………」
その言葉にリディは黙りこんだ。
気を遣わせる一言だったなと思い至り、軽口を叩くことにする。
「でも、次期領主はジャンドバルトだ。あいつの仕事ぶり次第では俺は口を出すぞ」
「なるほど。義理を感じているのは現領主だけであって、ジャンドバルト様は違うと」
リディの言葉に俺は頷いた。
当たり前である。
「勿論だ。ジャンドバルト次第で俺は城を出るかもしれんしな」
「!!!」
軽口のつもりで言ったのだが、その言葉にリディが目を見張って驚いた。
先日、ちょうど自分の未来の話をしていた所だったので、思わず口走ってしまった。
「冗談はやめて下さい」
サムエルが怖い顔でリディより先に突っ込んできた。睨んでいる。
「グレイザック様が出ていくときは私もついて行きます!!」
リディはリディで声を上げて、俺を睨みつける。
「何を馬鹿なことを」
俺はため息をつく。何を言っているんだ、こいつは。
「今の台詞は、グレイザック様が城を出たら私がジャンドバルト様の補佐をしろ、という風に聞こえました」
リディは俺を睨みつけたまま話す。
「そうだ。よく分かってるな」
「無理です。嫌です」
リディは怖い顔で拒否をする。
「何故だ」
自分の眉が自然と吊り上がった。
「逆に聞きます。何故そんな話をするんですか?」
「………何だ?お前は今、何を思っている?」
俺は鋭く彼女を見つめる。
何を察した?
「近い未来にグレイザック様が城を出るようなことが起こるということですよね?」
リディは俺を鋭く見つめ返してくる。
「そうじゃないとそんな話、出てこないでしょう?」
その問いに俺は、しまった、と思った。
元々察しと勘がいいリディオノーレ。
何か理由があって、俺が城を出る話をしたと察したようだ。
早々に話の方向性を変えた方が良さそうだと判断する。
「……俺は結婚したら出て行くぞ?」
俺は〝結婚″の単語を出した。
それなら諦めるしかないからだ。
リディは目を逸らすことなく、俺と数秒見つめ合い、負けたかのようにゆっくりと息を吐いた。
「それなら仕方ないですね。いつ結婚してもおかしくないですもんね」
リディが寂しそうに呟いた。
「……そうですね」
サムエルも静かに呟く。
「変な空気になってしまいましたね。お茶を淹れましょう」
サムエルが空気を和ませるように微笑んだ。
サムエルにアラウィリアのお茶を淹れてもらう。
このアラウィリアのお茶は俺たちの中でお気に入りである。
そのお茶を飲んで一度落ち着いたリディは、ゆっくりと口を開いた。
「でも、相手いませんよね?」
くすりと笑いながら俺に聞いてくる。
「女嫌いだからな」
当たり前だ。
「なのに、結婚できるのですか?」
「利があるならな」
俺もゆっくりとお茶を味わいながら答えた。
「グレイザック様の〝利″とは何なのですか?」
リディが尋ねてくる。
俺は少し考えてから口を開いた。
「例えばそいつと結婚すれば、金が入るとか。権力を手に入れられるとか。魔獣狩りにいつでも行けるとか。研究できる時間をくれるとか」
俺は、思いつく自分の利を述べてみる。
「何ですかそれ」
リディは苦笑する。
「魔力に差があれば子もできんしな」
俺は言葉を重ねる。
現状、未婚で自分と釣り合うのは他国の王女か大領地の娘か、それか今目の前にいるこの弟子だけである。
自分が妾になるなら少しだけ幅は広がるが。
「でも子どもは苦手なんですよね?」
リディは首を傾げる。
「俺が世話できると思うか?」
俺は逆に問いかける。
「………」
リディとサムエルは少し目を合わせた。
「想像つきません」
リディは苦笑いで答えた。
そりゃそうだろう。俺は内心で同意する。
自分でも子どもを世話している姿は思い浮かばない。
「いや、むしろ自分の子どもなら案外大丈夫かもしれませんよ」
サムエルは苦笑しながら口を挟んできた。
「どうだかな」
その言葉に俺は苦笑する。
「まあ相手次第だな。リディよりは先に結婚することになるだろうが」
むしろ、そうなる。
それしか方法がなさそうだから。
「分かんないですよ〜!もしかしたら、私の方が相手見つかるの早いかもしれませんよ?」
リディは笑いながら言う。
「そうだといいがな」
俺も笑って答えたが、感情が消えていた。
俺の弟子を害した奴を許すつもりはない。
そいつに復讐するため、好きでもない奴と結婚することになっても、俺は復讐を選ぶ。
俺がリディに抱いている感情が何かは全く分からないが、リディを守れるなら何だってやるつもりである。
それにリディの後見人が俺と知ってる上で攻撃してきたのなら、これはもうとことん追い詰めるしかない。
地の果てまで追いかけるつもりだし、それなら女を口説こうが寝ようが厭わないつもりの覚悟は持っている。
リディには言わないが。
だって、こいつは恐らく全力で止めてくるだろうから。
俺がリディの立場なら、この話を聞いたら全力で止める。
何だかんだで一緒にいる時間が長いため、思考が似てきて互いのことを何となく読めるようになってきた。
まあ、リディが単純なところもあるが。
俺はお茶をゆっくり飲み干してから、仕事を再開した。




