グレイザックを主人と仰ぐ者
卒院式の翌日に帰ってきた領主と夫人とジャンドバルト。シャーリネーヴェはそのまま寮に残っている。
戻ってきたのも束の間、数日後、領主とその側近ザファムート、そして護衛騎士としてジャンドバルトが領主会議に出立して行った。
今回ジャンドバルトを同行させたのは、次期領主として他領や王族に顔を覚えてもらおうという魂胆である。
この領主会議の間にグレイザックは宣言通りもう一度、例の部屋に侵入した。
シャイリーネが城にいるため、前よりは慎重に。
アインズビルの内情が書いてあった手紙は消え、代わりに相手の手紙が届いていた。
勿論、中身を見るグレイザック。
そこにはただ一言。
『早く殺せ』と。
グレイザックは思わずその手紙を握りつぶしそうになった。
(………危ない)
ぐしゃりと握ってしまうと侵入したことが即バレる。
グレイザックは一度深呼吸をする。
少し長めに息を吐き、怒りを抑える。
もう一度、手紙を見る。
(この筆跡……)
何処かで見たことがある。
だが思い出せない。
グレイザックはとりあえず手紙を元の場所に戻し、部屋に帰った。
前と同じようにケネスとサムエルを同行させていたため、また3人で話をするのだが、グレイザックは先に学院時代の荷物を漁り始める。
ケネスはグレイザックの部屋に入ると、早々に人化した。
サムエルは素早くお茶と茶菓子を用意する。
「前も思ったが、このお茶美味いな」
ケネスがお茶をすすりながら、感想を述べる。
「私やグレイザック様、リディもお気に入りのお茶です」
サムエルが微笑む。
「何処のお茶なんだ?」
「アラウィリアです」
「アラウィリア?」
サムエルの答えにケネスは驚く。
学院時代からアブストールと親交があったのに、アラウィリアにこんな美味しいお茶があるのは初めて知った。
「リディが領主息女のグレティアーナ様と仲良くなり、譲ってもらっているのです」
サムエルが説明した。
「ほぉ。やるじゃないか」
ケネスはにやりとする。
主に迷惑をかけているばかりだと思っていたが、少しは役に立つこともしているらしい。
少し見直したケネスである。
「で、我が主、首尾は?」
もう早速一杯飲み干して、ケネスは尋ねた。
空になったところに、サムエルがおかわりを注ぐ。
「これだ。これ」
グレイザックはやっと目当ての物を見つけて、声を上げた。
そして、にやりと笑う。
「これだ。見たくないがな」
グレイザックは1枚の手紙を2人に見せた。
「………これは」
サムエルがすごい苦い顔をする。
「あの部屋で今回は相手からの手紙を発見した。何処かで見たことがある筆跡だと思ったのだが………これだ」
グレイザックは説明する。
「本当に……これですか」
サムエルの顔が歪む。
「ああ。この手紙、燃やさなくて良かった。サムエルがあの時止めていなければ、完全に燃やしていたからな」
グレイザックが苦笑する。
「………我が主、作戦を聞こう」
ケネスが真剣な顔になる。
「………」
グレイザックは一度目を伏せ、開けると神妙な顔つきで口を開いた。
「………サムエルとケネスだけに話す。よく、聞いてくれ」
グレイザックは作戦を話し始めた。
その話を聞いていけばいくほど、サムエルの顔がどんどん怖くなっていった。
相槌を打ったりしていたケネスもどんどん口数が減っていく。
「………ひとつだけ聞きます。本気、ですか?」
彼の作戦を聞いたあと、サムエルはそれだけ尋ねた。
「ああ」
グレイザックは答える。
「まあ敢えてこちらから接触しなくても追々あっちから接触してくるであろう。とりあえずは、内通者の始末だ」
「今のところ、ボロは出していませんから難しいですね」
サムエルが言う。
「ああ」
「………囮を使うのが1番だろう」
ケネスはちらりと隣のリディオノーレの部屋を見た。
その目線だけで、何を言いたいのか分かる。
「囮に関しては、リディも覚悟している」
グレイザックの言葉にサムエルが目を見開く。
ケネスは少し感心している顔を向けた。
「内通者がいることは伝えてある。それに関して、囮が必要ならなる、と本人が言った」
「………あの子は」
サムエルが少し呆れる。
「だが、それが1番手っ取り早い」
ケネスは鋭く言い放つ。
「ああ。リディはそれを分かっている」
グレイザックはそう答えて、少し息を吐く。
「どの頃合いであっちが仕掛けてくるかが分からんから、それだけ念頭において過ごしてくれ。当分は大丈夫だと思うが」
「何故、そう言い切れる?」
ケネスは尋ねる。
「俺もあいつも何処かに行く用事がないからだ。俺がいれば手出しはできん。もし事が起こるとすれば、グレティアーナとアブストールの結婚式だろう」
グレイザックは腕を組み、指先でトントンと腕を叩く。
「結婚式か。大勢が来るな」
ケネスの眉間に皺が寄る。
「そこで何かボロを出すか、事を起こしてくれれば話は早い」
グレイザックは唇の端を上げる。
「他人様の結婚式をぶち壊す真似は駄目ですよ」
サムエルも眉間に皺を寄せながら言う。
折角の晴れ舞台に人殺しがあるのはいただけない。
「だが、何かあるとしたらその時だな」
ケネスはそう言って考え込む。
「そうだ。逆に何かあってくれる方が証拠を掴める」
グレイザックは嘲った笑みを見せる。
「だから、当面は大丈夫だ」
グレイザックは安心させるように2人に言った。
サムエルとケネスは何も安心できない。
彼らの主人は、リディオノーレを守るために自分の人生を投げ打とうしているのだから。
どうしてそこまで出来るのか、と問いかけたい所なのだが、本人も恐らく分かっていない気持ちの部分だろう。
だから、何も尋ねない。
なら、彼らがグレイザックに出来ることは、グレイザックの憂いを拭うことだ。
「……我が主について行くだけだ」
ケネスは目を伏せて答えた。
主人の考えがそれなら従うまで。
「私も死ぬまでグレイザック様の側近です」
サムエルも頭を下げた。
2人のその答えにグレイザックは悲しい笑みを漏らした。
「すまない。礼を言う」
グレイザックは人生で初めてきちんと頭を下げた。
その行為に、2人は軽く息を呑んだ。
あの矜持の高いグレイザックが。
「信頼している。頼んだ」
グレイザックは弱々しく微笑んだのだった。




