侵入
魔術学院の卒院式当日はかなり忙しい。
まず、朝早くから学院に到着する家族を出迎え、大人たちは各領地と交流したり、婚約者の家庭に挨拶したり、卒院式につける装飾品や髪型などを決める。
ジャンドバルトは在学中に結婚相手は見つからず、卒業後はとりあえずアインズビル騎士団に所属するとのことだ。
彼は次期領主なので領主補佐の仕事をしないといけないのだが、今はまだグレイザックがいるのでジャンドバルトの好きにさせるらしい。
そして、卒院式は生徒全員出席で、且つ成績優秀者の発表が行われる。
王族から直々にお褒めの言葉をもらえるのだ。
成績優秀者に名を連ねれば、色んな人に顔を覚えてもらえるので縁談が殺到する。
それを目当てに勉強を頑張る者もいるくらいだ。
玉の輿を狙うには、成績が優秀であればあるほど可能性がある。
近隣国の王族も訪れるため、王族の目に留まり気に入って貰えれば嫁げたり、召し抱えてもらったりの可能性もある。
だから、生徒全員異様に気合いの入る行事が卒院式なのだ。
「グレイザック様はやはり来れなかったのですね」
シャーリネーヴェは少し残念そうに言った。
「そうね。領主代理をつとめられるのは彼しかいないから」
シャイリーネは優しく微笑む。
シャーリネーヴェもジャンドバルトも婚約者がいないので、お互いをエスコートして会場に入ることになる。
「シャーリーはやっぱりグレイザックがいいのかしら?」
シャイリーネは単刀直入に尋ねた。
「………分かりません」
シャーリネーヴェの答えにシャイリーネは少し驚いた。
少し前までは、あれほどグレイザックに心酔していたのに。
「グレイザック様の隣に並ぶには力が足りません」
シャーリネーヴェは弱々しく微笑み、続ける。
「領主一族としてはグレイザック様と婚姻できるのが1番ですが、力に差がありすぎます。これでは、子どもが出来ません」
娘のその言葉にシャイリーネは静かに頷いた。
「そうね。ジャンドが次期当主なのは確定してるし、このままだとあなたは別へ嫁ぐことになるでしょう」
シャイリーネは現実を告げた。
その言葉にシャーリネーヴェは唇を引き結んだ。
「それか、あなたが卒院するまでに魔力を高めるか、のどちらかね」
シャイリーネは、可能性は低いが婚姻できる方法を1つ告げた。
「魔力を高める………」
シャーリネーヴェはぼそりと呟いた。
やり方は知っているが、死と隣り合わせだ。
「まだ時間はあるからよくよく考えなさい」
シャイリーネはそう言って、娘を軽く抱きしめたのだった。
卒院式の当夜、アインズビル城ではグレイザックが暗躍していた。
リディオノーレを睡眠魔法で寝かせると、サムエルとケネスを従え、目当ての部屋へと向かう。
「俺が許可するまで入ってくるなよ。何かあれば念話を飛ばせ」
グレイザックはそう言うと、音も立てずに目当ての部屋へと忍びこんだ。
この部屋の主は今、卒院式に出席しているために居ない。
「さあ、何処に隠してあるか……」
グレイザックは辺りを見回す。
必要最低限の物しか置いてない部屋だ。
机と椅子と本棚と寝台、鏡台もある。
ありきたりな場所には隠していないだろう。どうやって内通していたのか、その手段を知りたいグレイザック。
魔法の痕跡を探すが見つからない。
机の引き出しの裏や二重底になっていないか、椅子の裏、枕の中、本の間や思いつく限りは探ったが、見当たらない。
誰と内通していたかだけでいいから知りたいのだが。
「まあそんな簡単に見つかるわけないわな」
グレイザックは笑う。
「あと探していないのは鏡台か」
グレイザックは鏡台を見て、腕を組む。
隠せるようなところはない。
ないのだが、怪しいと言えばここが1番怪しい。
だが、見当がつかない。
「………」
グレイザックは鏡を触る。
固い。冷たい。当たり前だ。
彼はゆっくりと目を伏せた。
鏡に触れる指先に、手の平に、魔力を集中させる。
どれくらい時間が経ったかは分からないが、彼の指先がずぶり、と鏡の中に入った。
ゆっくりとゆっくりと手を入れ、腕が半分ほど入ったところで紙みたいなものを掴んで引き抜いた。
グレイザックは引き抜いた物を見る。
手紙だ。
早速開けて、中を見る。
グレイザックは唇の端を上げた。
笑ってしまいそうになるのを堪え、くく、と抑えた笑い声を漏らす。
アインズビルの情報が事細かに書いてある。
「定期報告か?」
グレイザックは中身を検めながら呟いた。
まさか、と思ったが鏡の中に隠すとは。
恐らく転移陣が張ってあり、手紙のやりとりをしているのだろうと推測した。
相手が向こう側で陣を起動したときに手紙が相手に渡るのだろう。
これでは誰と繋がっているのか全く分からない。
これまで尻尾を出さないほどの周到ぶりだから、勿論のこと名前などは載っていない。
グレイザックは手紙をとりあえず元に戻し、思考する。
手紙の相手までは恐らく落とせないだろう。
最終的に相手の領域に乗り込まないとこれは解決できないかもしれない。
この部屋の主もとかげの尻尾切りになるだろう。
グレイザックは舌打ちをした。
リディオノーレを敵地に送ることはできない。
『戻る』
思考を辞めたグレイザックは簡潔に念話を飛ばし、ケネスとサムエルと共に自室に戻った。
グレイザックは自室の椅子に深くもたれかかり、息を吐く。
「成果は?」
ケネスが尋ねる。
「手紙でやりとりはしているようだが、相手が分からん」
「予想は?」
ケネスは狼だというのに人間のような真剣な顔つきで尋ねる。
「ナックルンド王族の誰か」
グレイザックの言葉にサムエルは唇を噛んだ。
「ですが、証拠はないんですよね?」
サムエルは、3つお茶を用意し始める。
サムエルがお茶を準備し終えると、ケネスは何と人化した。
灰色の毛並みなので、髪の毛も必然的に灰色に。
男らしい精悍な顔つきに長身で、喧嘩に強そうな印象を誰もが持つ外観である。
「……いつぶりでしょうか」
サムエルは人化したケネスを見てそう口を開いた。
「いつぶりか。大分昔の話だな」
ケネスはそう答え、サムエルが淹れたお茶を飲む。
先程まで狼だったとは思えない普通に人間の動作だった。
「証拠はない。とりあえず領主会議中にもう一度入る」
グレイザックは答えた。
「そこで何か掴めたら良いが」
ケネスが呟く。
「掴めるまで入るぞ。ボロを出してくれると嬉しいが」
グレイザックはにやりと笑って、お茶をすすったのだった。




