キレたリディオノーレ
視察が終われば領主会議があるのだが、その会議の前に卒院式がある。
そのため、領主ライリルムントと夫人シャイリーネは多忙を極めていた。
長男、ジャンドバルトの卒院式である。
「私も行ってみたかったです!」
リディオノーレは唇を尖らせながらグレイザックに告げる。
「お前は否が応でも経験できるんだから良いだろうが」
グレイザックは呆れたように答える。
「領主たちがいない間、誰がアインズビルを取り締まる?俺とお前しかいないだろう」
グレイザックは呆れたように話を続け、彼女の額を弾く。
「執務ばっかりで飽きました……」
「お前、言うようになったな」
グレイザックは眉間に皺を寄せる。
リディオノーレは少し頬を膨らませながら、口を開く。
「今回の領主会議には行かないのですか?」
「行かん。やることがあるからな」
グレイザックが意地の悪い笑みを見せた。
これは完全に何か企んでいる顔である。
「私は何もしなくて大丈夫ですか?」
「良い」
「………何をする気なのですか?」
リディオノーレは恐る恐る尋ねた。
「気にせんで良い。お前は自分のことだけ気にしろ」
「……分かりました。手伝えることがあれば仰って下さい」
リディオノーレは素直に引き下がった。
卒院式当日、領主と夫人は早々に学院に向けて出立して行った。
いなくなった途端、グレイザックの仕事の量がいきなり増えた。
驚くくらい仕事のことを尋ねてくる者が多い。
あまりにもしょうもないことを尋ねてきたり、グレイザックにあれやこれやとお願いするものだから、リディオノーレはブチ切れた。
これではいつぞやのフェルバールとバルデミアンと同じである。
サムエルも恐らく辟易していたのだろう。
サムエルが噴火する前に今回はリディオノーレが噴火した。
「お願いですから、何でもかんでもやってもらえると思わないでくださいっ!!!」
リディオノーレは執務室に来た者に叫んだ。
今は領主代理のグレイザック。最後の決裁を行うのは彼だ。
そして、書類を最後に仕上げて提出するのはリディオノーレの仕事だ。
ザファムートは領主側近のため、卒院式に一緒に向かっているため、全ての執務がこの師弟2人にのしかかっている。
今日手伝いにやってきていたフェルバールは、リディオノーレが叫ぶのを見て苦笑した。
「もうちょっとマシな報告書をあげられないんですか!仕事が増えるだけなんですけど!」
キレた。完全にキレたリディオノーレ。
「今までどうしてたんですか!有り得ないんですけど!もしかして、グレイザック様にこの書類を渡してグレイザック様が添削してから提出してたってことですか!?」
リディオノーレはグレイザックも睨みつける。
まさかの飛び火にグレイザックは眉間に皺を寄せる。
「指導するより自分でやった方が早いからな」
グレイザックはそんな答えを返す。
その答えにリディオノーレのこめかみに青筋が浮かぶ。
なかなかの怒りっぷりである。
「ちょっとこれ酷すぎます。グレイザック様も後進を育てないといつまでもこれでは駄目ですよ」
リディオノーレの言葉にサムエルが背後でうんうんと頷いている。
「全ての報告書、まず私に持ってきてください。グレイザック様が何でもかんでもやってくれてたからって、頼らないで下さいよ。これは職務怠慢です。他の人にも必ず伝えて出直してきて下さい。これはやり直しです」
リディオノーレは書類を叩き返した。
まさかリディオノーレに怒られると思っていなかったのか、書類を持ってきた人物は目を瞬いた。
「やり直しです。私はグレイザック様みたいに何でもかんでもやりませんよ」
リディオノーレはそう言って睨みつけ、追い返したのだった。
少し静けさを取り戻し、筆が滑る音と印鑑を押す音、紙をめくる音だけが響く。
昼の鐘が鳴るまで来訪者はあれから誰1人としていなかった。
昼の鐘が鳴り、サムエルとフェルバールが昼食の準備に動き出す。
その2人が居なくなったのを見計らい、リディオノーレはツカツカとグレイザックの執務机に近付き、腰に手を当てて彼を見下ろした。
「何だ」
グレイザックは仕事の手を止めないまま、尋ねる。
「師匠!いい加減、何でもかんでも自分でやるのはやめてくださいっ!!」
リディオノーレは叫ぶ。
その叫びにグレイザックはやっと手を止めて、彼女を見上げた。
「何回も言うが、俺がやった方が早いから仕方ない」
「でもそのせいで、皆さん仕事できてないじゃないですか!」
「そんなものは知らん」
「二度手間だって分かってますよね?」
「だが、俺が指導しなければいけない理由はない」
「……っ!」
ああ言えばこう言う。
「お前も指導せんで良い。お前の仕事が増えるだろうが」
「……それ、私のためを思って言ってます?」
リディオノーレは少し睨みつける。
優しさの方向性が違う。
「師匠が優しいの知ってますが、これは優しさではなく職務怠慢を助長させてます。師匠のためなら、私は仕事が増えても構いません」
自分が頑張ればこれからグレイザックの仕事が減るなら、やるしかない。
「……好きにしろ。但し、お前の仕事が滞ると怒るぞ」
「分かりました」
リディオノーレは真剣な顔で頷くと机に戻った。
昼食後からは執務室への訪問者は廊下に列を成し、リディオノーレは必死にそれを捌いていた。
フェルバールも問答無用で手伝わされる。
「計算まできちんとやってきて下さい。やり直し」
リディオノーレは突き返す。
人が入れ替わる隙を狙って、彼女は自分の仕事も進める。
「リディ、少し休んでは?」
サムエルが心配そうに進言する。
「大丈夫です。師匠の仕事を減らさないと」
本当にその一心で彼女は執務をこなす。
その必死さが伝わったのか書類を持ってくる人たちも少しずつ意識が変わり始めた。
その様子を見て、グレイザックは内心で感心した。
この状況だけでも十分、アインズビルに利点があったと言えるだろう。
(だが、あまりにも仕事の出来が皆悪い。あいつは、いつからこのアインズビルにいたか……。もしかしたらこれは………)
グレイザックは少し考えこみ始めた。
何かが引っ掛かる。
その何かは分からないが。
グレイザックはとりあえず気になることを書き留めておき、仕事に集中した。




